水浸しの運動場とスライム達の新技
「じゃあ、運動場へお願いします! ってああ、ちょっとまださすがに無理かなあ……」
嬉々として駆け出しそうな勢いだったエルさんが、不意に何か思い出したらしく困ったように小さくそう呟いて腕を組んだ。
「ん? 何か問題がありますか?」
試乗用のムービングログは皆が提供してくれればそれなりの台数になるから、さっきのスタッフさん達も全員乗ってもらえるだろう。それなのに、何が問題だ?
不思議そうな俺の質問に、組んでいた腕を解いたエルさんは俺を見上げながら困ったように首を振った。
「ほら、あの長雨の後だからねえ。運動場はいくら水捌けがいいとは言ってもまだまだ水浸しだからさ。そこであんなものを動かしたら、乗る人もムービングログも泥まみれになるのは間違いないだろう?」
エルさんのその説明に納得して頷く。
確かに、あの長雨のあとだから、広い運動場は間違いなく水浸しになっているだろう。
しかも今日も雨は止んだとは言っても晴れたわけではないので、運動場の地面の水もちょっと減った程度で乾いたとは言い難い状態だろう。
街の中の道路は全部綺麗な石畳だったから、地面はまだ若干濡れていたけどムービングログを動かしても特に問題は無かった。
だけど、運動場のような土の地面が剥き出しになっているところは絶対にまだ入っては駄目だと思う。
それに、そんな地面にムービングログを置いて乗り降りしたら……。
いくらスライム達がすぐに綺麗にしてくれるとは言っても、俺だってムービングログが泥まみれになるのは出来れば遠慮したい。
俺とエルさんが顔を見合わせて困っていると、鞄からアクアがするりと出てきて俺の腕を触手で軽く叩いた。
「ご主人、それならアクア達がお手伝い出来るよ。濡れた地面の水を取って、いつものような乾いた地面にすればいんだよね?」
「え? そんな事出来る?」
「出来るよ!」
「出来ます出来ます!」
「アルファもお手伝いしま〜す!」
「ゼータもお手伝いしま〜す!」
俺の言葉に、鞄から次々にスライム達が転がり出てきてそれはそれは得意そうにそう言って、揃ってこっちに向かってビヨンと伸び上がった。
俺にはわかるぞ。あれはドヤ顔だ。
「ん? スライム達が出てきて、どうしたんだい?」
不思議そうなエルさんの言葉に、俺は満面の笑みになった。
「運動場へ行きましょう。スライム達が運動場の水くらい全部取ってくれるそうですよ」
「ええ、そんな事出来るのかい?」
俺の説明に、スライム達がエルさんの方を向いて揃って飛び跳ねたりビヨンと伸びたりし始める。
うん、ドヤ顔は分かったから落ち着こうな。
笑ってアクアをポンポンと叩いてやった俺だったよ。
目を輝かせたエルさんやスタッフさんを引き連れて、全員揃って裏庭にある運動場へ向かった。
ここは、リナさんがまだ魔獣使いとして目覚めていなかった頃、彼女の頑なな考えを解く為にスライムトランポリンをした場所だよ。
「懐かしいわ。ここでの事、本当に嬉しかった……」
運動場を見回したリナさんのごく小さな呟きに、アルデアさんとアーケル君は揃ってうっすらと涙ぐんでいる。
それから、二人は不思議そうに自分達を見ているオリゴー君とカルン君に、ここであったスライムトランポリンの一件を早口で説明していた。
当然オリゴー君とカルン君も揃って涙目になっていたから、やっぱり草原エルフは涙もろいみたいだ。
あれ? おかしいなあ……俺の視界も、今日の空みたいに何だか曇り始めたんだけど……。
「じゃあ、行ってくるね〜〜〜!」
俺達が以前ここであった事をそれぞれ思い出してしんみりしていると、張り切ったアクアの声が聞こえた直後、他の皆が連れているスライム達まで揃って跳ね飛んで運動場中に散らばっていった。
そして、直径一メートルくらいのサイズにグッと大きくなり、次々に地面の水分を吸い込み始めた。
コロコロと転がって運動場の中を動きながら、地面の水分をどんどん吸い上げていく直径一メートルサイズのスライム達。しかも、足跡などが残って凸凹になっていた部分まで綺麗にしてくれる気遣いっぷり。
いつもながらうちのスライム達は本当に優秀だねえ。
「あはは、こりゃあ最高だ!」
それを見て笑ったエルさんの言葉に、またスライム達が伸び上がっている。
中には触手を伸ばしてこっちに手を振る子達まで出る始末だ。俺には分かるぞ。あれはドヤ顔だ。
「いやあ驚いたね。これはまたスライムの新たな有効性が発表されたわけだ。いやあ、本当に素晴らしい!」
笑いながら拍手をするエルさんの横で、試乗会に参加するスタッフさん達も一緒になって拍手している。
またしてもドヤ顔で伸び上がるアクア達を見て、もう俺達は遠慮なく大爆笑していたのだった。
そして、あっという間に水浸しだった運動場は、スライム達の手により見慣れた乾いた運動場に戻っていた。
「終わったよ〜〜〜!」
「もうこれで、濡れる心配はしなくていいよ〜〜!」
「砂汚れは、アクア達が後ほど全部綺麗にしま〜〜す!」
「お任せくださ〜〜い!」
跳ね飛んで戻ってきたスライム達を口を大きく広げた鞄で受け止めてやる。
もちろん、そのまま一瞬で小さくなってカバンの中に収まるスライム達。
「ご苦労様。そこで休んでいてくれよな」
笑って鞄をポンポンと叩いてから俺は取り出したムービングログに飛び乗ってそのままエルさん達のすぐ目の前まで行って止まった。
それを見たハスフェル達やリナさん達も、次々にムービングログを取り出して飛び乗りこっちへ来てくれた。
「ううん、相当な価格だって聞いているムービングログがこんなにあったら、全然有り難みがないじゃあないか。どうしてくれるんだよ」
ずらっと並んだムービングログを前に、呆れたような声でエルさんがそう言い、またしてもその場は大爆笑になったのだった。
2025年3月14日、アース・スターノベル様より発売となりました「もふもふとむくむくと異世界漂流生活」第十巻の表紙です。
ついにもふむくも二桁の大台に突入です!
改めまして、どうぞよろしくお願いしますm(_ _)m
今回も引き続き、れんた様が表紙と挿絵を最高に素敵に可愛らしく描いてくださいました。
連載開始当初からの目的地であったバイゼンに、ようやくの到着です!
到着早々色々と騒ぎが起こります。
そして貴重な女性キャラも登場しますよ!
その貴重な女性キャラを描いた今回の口絵も大爆笑させていただきましたので、どうぞお楽しみに!
「もふもふとむくむくと異世界漂流生活〜おいしいごはん、かみさま、かぞく付き〜」
コミックアース・スター様にて、コミックス第四巻が2025年3月12日に発売となりました!
もちろん今回も作画はエイタツ様。
ハスフェルに続きギイも、それからフランマもコミックスに登場です!
いつもながら最高に可愛いもふもふむくむく達と、美味しい食事!
そして、地下洞窟と恐竜達とテイム!
盛り沢山なもふむくコミックス第四巻を、どうぞよろしくお願いします!