表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
193/2068

契約の前に……

「では、行ってまいりますので、皆さんはギルドで待っていて下さい」

 宿泊所の前でチョコに乗ったクーヘンは、他の従魔達を俺達に預けてマーサさんを迎えに行った。

 クーヘンがチョコに乗って速足で駆けて行くと、あちこちから歓声が上がっている。

 もう、俺達が早駆け祭りに参加する事は、すっかり周知の事実になってしまったようで、あの、ここへ来てすぐの頃の、好奇心全開の大注目とはまた別の意味での大注目に変わっていた。

 だけど、とにかく無闇に怖がられなくなったのは大きな変化だよな。主に俺の精神的に、かなり気が楽になったよ。


 走り去るクーヘンを見送った俺達は、とりあえずそのまま隣のギルドの建物に向かった。


 当然だが、今日も従魔達は全員付いて来ている。ベリーとフランマは留守番だけど、もしかしたら勝手に何処かで話を聞いてるかもな。


 ギルドの建物の中に入ると、やっぱり大注目だった。

 しかも、その殆ど全員が満面の笑みである。全員から武器を向けられるよりも、ある意味怖いっす。


「ああ、来たね。あれ? クーヘンは? 一緒じゃないのかい?」

 カウンターからエルさんが手を振っている。

「クーヘンは、マーサさんを迎えに行きました。言っていたように、ここで家の契約をしたいそうです」

「了解だ、じゃあ上の部屋を用意しておくよ」

 エルさんが、後ろにいた人に何か指示してこっちを振り返った。

「昨夜は大騒ぎだったらしいな。二日酔いになっていない辺りはさすがだね」

 その言葉に、三人揃って吹き出した。

「いやいや、皆さっき起きた所ですって。全員凄い二日酔いで、朝から粥しか食っていませんよ」

 笑って手を振った俺に、エルさんも豪快に大笑いしている。

「じゃあ、二日酔いの君達に、目が覚めそうなものを後で見せてやるから先に部屋へ行こうか」

 ニンマリと笑ったエルさんは、数枚の紙を持って二階へ上がる階段へ向かった。



 初日に来た時には、周りを見る余裕があまり無かったが、ここのカウンターの横には、二階へ上がる吹き抜けになった階段があるのだ。階段を上ったところにある広い二階の踊り場は、吹き抜け部分から一階の広いカウンターを見下ろせるようになっている。その踊り場には正面奥の壁に四部屋。左右それぞれの壁にも三部屋ずつあって、多少の差はあれ、だいたい小会議室くらいの部屋が並んでいた。

 契約や、大口の買い取りなどの際に使う部屋なんだろう。確か、初日にジェムの買い取りをしたのもこの左手前側の部屋だった。

 その部屋にだけは、買い取り専門相談室、と表示がしてあった事に今更気が付いた。


「ここを使ってくれていいよ。広いから従魔達も入れるだろう?」

 笑ったエルさんが、正面奥側の中側の扉を開く。

 入ったそこはかなり広い部屋で、真ん中手前側には会議机よりふた回りくらいは大きな机と椅子が全部で十脚、机を囲むように並べられていた。

 助手の人が全員にお茶を入れてくれたので、お礼を言って並んで座って頂く。

 机を挟んで向かい側に座ったエルさんは、大人しく部屋の端に並んで座ってる従魔達を眺めている。



「いやあ、それにしても壮観な眺めだね。一頭だけでもどの子も凄いのに、これだけいると、何だか当たり前の光景に思えるんだから、慣れって怖いな」

「俺にとっては、どの子も可愛い奴なんですけれどね」

 苦笑いしながら、寄って来て膝に乗ったタロンを撫でてやる。

「思っていたんだけど、その子は何のジェムモンスターなんだい?」

「普通の猫に見えるでしょう?」

 顔を上げて意味深な台詞と共に、ニンマリと笑ってやると、エルさんは目を輝かせて身を乗り出した。

「もしかしてとんでもないジェムモンスターなのかい?」

 もう一度笑った俺は、タロンを抱きしめてエルさんに見えるように抱き上げてやった。

「実はこの子は俺のペットです。猫です。紛う事なきオッドアイの白猫です!」

 それを聞いたハスフェルとギイが、横でほぼ同時に吹き出して大笑いしている。エルさんも、ちょっと遅れて吹き出し、部屋は大爆笑になった。


「ただの……ただのペット……まさかの……ペット」

 笑いながら、何度もそう呟いている。


 ケット・シーだけどね。


 って言いたかったけど、頑張って我慢したよ!




 それから、順番に従魔達を紹介してやり、タロン以外の猫族軍団は、エルさんの許可をもらって首輪を外して全員巨大化して見せた。

「おお、会議室にレッドクロージャガーが四頭もいる……こいつらが本気になれば、私などカケラも残らないな」

 苦笑いしているエルさんだったが、思っていた程には怖がっていないようだ。さすがはギルドマスターだね

「冒険者時代に、一度だけ、レッドカラーじゃないが、もう少し小柄なクロージャガーと森で出会った事がある。正直言って、今思い出しても足が震えるよ」

「よく生きてましたね」

 思わずそう尋ねると、笑って肩を竦めている。

「腹が一杯だったんだろうさ。ちょっとからかうみたいに追いかけて来ただけで、威嚇用の道具で大きな音を立てたら、嫌がってすぐに戻って行ったからな。もう、本当にあの時は生きた心地がしなかったよ」

 思い出して身震いしたエルさんは、巨大化したまま床に転がって寛いでいる猫族軍団を、飽きもせずに眺めていた。



「お待たせしました」

 ノックの音がしてクーヘンとマーサさんが入って来た。

 平然と入って来たクーヘンと違い、奥で巨大化した猫族軍団を見たマーサさんの足が止まる。

「ああ、すみません。お前達、もう良いから小さくなってくれるか」

 慌てた俺の言葉を聞いて、いきなりマーサさんが叫んだ。

「ケンさん、何を言ってるんだい。そんな勿体無い事しないでおくれ。お願いだから、そのままでいておくれ!」

 俺だけでなく、そんな事を言われた猫族軍団も驚いたようで、一斉にマーサさんを振り返る。

「ねえ、お願いだよ。ちょっとだけ、ちょっとだけその子達に触らせてもらっても良いかい?」

 キラッキラに目を輝かせてそんな事を聞いてくる。まあ、以前マーサさんの家でこいつらを紹介した時は、猫サイズのままだったからな。このサイズを見たらこうなるか。

 うん、好奇心に年齢は関係なさそうだ。



「マーサさんが触ってみたいんだって、構わないか?」

 ソレイユの所へ行って、首元を撫でながら聞いてやると、嬉しそうに喉を鳴らしながらそっと俺の腕をごく軽く舐めた。

「毛を毟ったり、耳や尻尾を引っ張られでもしない限り別に構わないわよ。クーヘンの大先輩なんでしょう?」

 横を見ると、他の子達も嬉しそうに喉を鳴らして頷いている。

「ありがとうな」

 ソレイユの鼻先にキスしてやり、マーサさんを振り返った。

「どの子が良いですか? 毛を毟ったり、耳や尻尾を引っ張ったりしないでくださいね。それなら触っても構わないみたいですよ」

「そんな失礼な事はしないよ。じゃあ、この子に触らせてもらって良いかい?」

 一番前にいたレッドクロージャガーのフォールを見ているので、念の為横へ行って首元を押さえてやる。

 目を細めて喉を鳴らす、巨大なフォールを、マーサさんは震える手で頭や首回り、それから背中を優しく何度も何度も撫でていた。

「あの、ケンさん。私も触らせてもらっても構わないかい?」

 さっきのマーサさんに負けないくらいに目を輝かせたエルさんの言葉に、笑った俺が頷くと、エルさんはソレイユの鼻先をそっと撫でて、嫌がられていない事を確認してから首回りや背中を撫でていた。

 二人共、満面の笑みで、いつまでも撫でている。


「あれ、絶対ここへ来た目的を忘れてるよな」

「まあ良いじゃないか。構わないから気がすむまで触らせてやれ。クーヘン、お茶を飲むなら湯が沸いてるぞ」

 ギイが平然とそう言ってコンロにかけていたやかんを指差す。さっき、水を追加して沸かし直した所だから、沸きたてだ。

 笑ったクーヘンが、もう一度改めて全員分のお茶を入れてくれたので、そこでようやくおさわり会は終了になった。




「ああ、すまなかったね。ついつい夢中になっちまったよ。それじゃあ先に契約をしてしまおう。昨夜一晩考えたんだけれど、即金で払えるって言っていたね。本当かい?」

 お茶を飲んでいたマーサさんが、カップを置いて真顔で隣に座るクーヘンを見た。

「彼の支払い能力は、ギルドが保証するよ。あの家だろう? 元の価格でも余裕で即金で支払えるよ。これが青銀貨だ」

 半透明のケースに入れられたそれは、CDよりも一回り大きいくらいの円盤状になっていて、名前の通りの青っぽい銀色に輝いていた。

「あれが青銀貨なのか?」

 ハスフェルに尋ねると、彼は笑って頷いた。

「あのサイズの青銀貨は久し振りに見たな。エルはもう完全にクーヘンの事を信用してくれたみたいだな」

 嬉しそうなその言葉に、詳しく尋ねると教えてくれたのだが、ギルドが保証する金額に応じて、青銀貨の大きさが全部で5段階あるらしく、あのサイズは、最高クラスの一つ下のランクを保証するもので、一括で金貨にして五十万枚までの支払い能力を保証するものらしい。

 五十億って数字が妥当なのかは、俺にはわからないけれど、ハスフェル達が何も言わない所を見ると、大丈夫なんだろう。

 逆に、青銀貨を受け取ったクーヘンの方が慌てていた。

「あの、ギルドマスター。さすがにこれは無茶なのでは?」

「だって、まだ有るんだろう?」

「そりゃあ、持っていますが……」

「これでも、人を見る目はあるつもりだからね」

 大きく頷いたマーサさんがギルドマスターに何か耳打ちし、二人は揃って大きく頷いたのだった。

「じゃあもう本契約してしまおう。元値は金貨にして十万枚、だったんだけどね。即金でくれるなら五万で良いよ」


 おお、家が半額になった!


 目を見開く俺達を置いて、クーヘンは慌てたように必死になって首を振った。

「駄目ですよ。そんなに下げたら原価じゃないですか。それなら、せめて八万にしましょう」

「売る方が五万で良いって言ってるんだから、それで納めろ」

「駄目ですよ。原価売価じゃ貴女が損するだけです」

「構わないよ。不良物件が売れて即金が入る方がありがたい」

「だからそれなら八万にしてください」

「そんな事言ったら、もっと下げるよ!」

「勘弁してくださいー!」

 どこかで聞いた事のあるような会話を聞いて、俺達はまた揃って大笑いになったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ