こっちの世界での魚の食べ方について
「うわあ、これはまた凄いのを釣りましたね!」
満面の笑みで拍手をするアーケル君にそう言われて、俺はちょっとドヤ顔になって胸を張った。
「ソードフィッシュはギルドで買い上げてくれるが、聞くところによると肉は美味いらしいぞ。ケンなら料理出来るんじゃあないか?」
笑ったギイの言葉に思わず考える。
俺的にはカジキマグロなら刺身一択なんだけど、こっちの世界では刺身自体見た事が無い。
『なあ、ちょっと質問なんだけど、刺身って知ってるか?』
以前の世界の話にもなるので、ここはトークルーム全開で聞いてみる。
『刺身? 知らんな。どんな食べ方だ?』
『俺も知らんなあ』
ハスフェルとギイの不思議そうな答えが返ってくる。
『生の魚を切り身にして、醤油を付けて食べるんだ』
『生で? 火を通さずにって事か?』
『そんな事して大丈夫か?』
驚く二人の声に、思わずシャムエル様を探す俺。
「何それ?」
いつの間にか俺の膝の上に座っていたシャムエル様に不思議そうに聞かれて、苦笑いする俺。
以前にも思ったけど、シャムエル様の俺の世界に対する情報収集の方法がマジで謎だよ。お風呂を知らなかったし、スキーも知らなかった。そしてまさかのお刺身を知らない案件だ。
『俺の元いた世界では、普通に食べられていた調理の方法の一つだよ。お酢で味付けをして握ったご飯と合わせると寿司っていう別の料理になるし、熱々のご飯の上にいろんな魚の切り身や貝柱の刺身なんかを盛り合わせた、海鮮丼、なんてのもあるぞ』
『なんだよそれ。美味そう!』
『ぜひ作ってくれ〜〜!』
『俺も食いたい!』
『私は食べませんが、見てみたいです!』
ハスフェルとギイの叫びの直後、笑ったオンハルトの爺さんとベリーの叫ぶ声まで聞こえて吹き出した俺だったよ。
「ええと、一応確認だけど、捌いた魚を生で食っても大丈夫だよな?」
実はこの世界の生の魚には寄生虫がウヨウヨいるとか、そもそも生では食えない仕様だったりすると困るので一応シャムエル様に確認しておく。
「ううん、ちょと待ってね。その辺りの事って、ケンの元いた世界を参考にしてそのまま持ってきているから、問題ないと思うけど、一応確認しておくね」
ちっこい腕を組んで考えていたシャムエル様がそう言い、いきなり消えてしまった。
「じゃあ、こっちは返事待ちだな」
苦笑いしてから、釣ったカジキはサクラに収納しておいてもらって、釣り竿を握り直す。
「まだ釣れるかな?」
なんとなくだけど、泥の池の水分が釣りを始めた頃よりも減ってきている気がする。
まあ、まだまだ全体には泥っぽいんだけど、おそらくどんどん水分が減り続けているんだろう。
少し考えて、なんとなく水分が多そうなところを狙って毛鉤を投げ入れたよ。
結局、夕方まで釣りを楽しみ、泥の池が固まり出したところで釣り大会は終了となった。
結果は俺が釣ったあの超大物のカジキが一番だってのは満場一致だったので、釣り勝負は俺達湖側チームの勝ちになった。
ちなみに釣果は、湖チームが、俺が釣ったあの超巨大カジキと最初に釣った70センチクラスのトラウト、それからハスフェルが釣ったのが1メートル超えのトラウトと、50センチ前後のトラウトが三匹。
それからギイが、小さいのは30センチから大きいのは1メートルを余裕で越すトラウトまで全部で五匹。
オンハルトの爺さんも大小合わせて三匹釣っていた。
アーケル君は、やや小さめで60センチくらいまでのトラウトを全部で十匹釣っていたから、こちらも大したもんだ。
陸側チームは、全体にはこっちよりもやや少なめだったし小さめだったけど、全員にそれなりの釣果があったらしく、勝負には負けたけど笑顔で楽しかったと言ってくれたので、良かったよ。
それで相談の結果、全員魚料理が食べてみたいって事だったので、俺が釣ったあの巨大なカジキは一旦おいておき、普通のトラウトで料理をしてみる事にしたよ。
まだシャムエル様は戻って来ていないので生食をして良いかが分からない。なので、今夜の夕食は普通に火を通して料理をするよ。
撤収して湖のほとりへ戻った俺達は、まずはスライム達に手伝ってもらって各自のテントを設置していった。
ちなみに俺達が釣りを楽しんでいる間、マックス達は周囲を護衛してくれていたんだけど、交代で狩りに出ていたらしい。
皆、大満足そうにしているから、こちらもかなりの収穫があったみたいだ。
「さてと、じゃあまずは一匹捌いてみるか。一応俺がするから見て覚えてくれよな」
大きめで刃が厚めのナイフを取り出した俺は、30センチくらいのやや小さめのトラウトを一匹取り出してまな板の上に置いた。
スライム達が興味津々で、小さくなってテーブルの上に集まってくる。
「まず、このエラは食べられないから全部取るよ。内臓もな」
豪快に指でエラを引き剥がし、ナイフを腹側にブッ刺してまずは内臓を取り出す。
側にいたサクラに綺麗にしてもらってから、ナイフを水平にして三枚に下ろしていった。
俺的には骨付きでも大丈夫なんだけど、俺以外のほぼ全員が基本的にナイフとフォークで食べているので、食べやすさを優先してこっちになったよ。
一応、骨付きは置いておいて、生食OKだったら背骨についた身はスプーンでこそげて軍艦巻きにしてみようかと思っている。
生食が駄目なら、そのままカリッと焼いて酒のアテだな。
あとは皮を引っ張って剥けば終了だ。
「ここまでやってくれれば、いろんな料理に使えるからさ。どうだ?」
刺身にするなら、この後に背中側と腹側に切り分けるけど、切り身で焼くならそのままぶつ切りで大丈夫だからな。
「お任せくださ〜い!」
「もう覚えました〜〜〜!」
得意そうなアクアとサクラの声の直後、バットに並べていた1メートル以下のトラウトにスライム達が跳ね飛んで集まってきて張り付いた。
そのままモゴモゴと動いて、あっという間に綺麗な三枚おろしが出来上がった。
「エラと内臓、それから皮は食べていいぞ。この背骨はちょっとおいておいてくれるか」
「了解で〜す。では、これはサクラが収納しておくね!」
足元の大きな木箱にお頭付きの背骨を入れると、中に入ったサクラがあっという間に収納してくれた。
スライム達が捌いてくれた切り身で、まずは定番の塩焼きとバター醤油焼き辺りを作ってみるつもりだ。
「あ、でもフライパンだと塩焼きは難しいなあ。串に刺して焚き火で焼いてみるか」
やや大きめのトラウトを見ながらそう呟き、とりあえずトークルームを全開にしてハスフェルを呼んでみる。
『なあ、ちょっと質問だけど、焚き火で串に刺した魚を焼いたりするのはアリか?』
一応、こっちの世界でも木は燃えるので、焚き火そのものはあるらしい。
でも、料理に使うというよりは火を炊いてジェムモンスターや魔獣、野生動物を追い払って野営地に近寄らせないって目的が主らしい。
『川魚ならたまにやる奴がいるな』
『焼くなら、火を用意するぞ』
『おう、じゃあ準備するからお願いしていいか』
どうやら、焼き魚はありみたいなので笑って頷き、長めの串を準備して切り身にぶっ刺して粗塩を振り始めたのだった。