釣り三昧!
「よし、目指せ大物だな!」
「おお〜〜〜!」
俺の掛け声に全員の声が返り、ほぼ全員が同時に竿を振る。
毛鉤が綺麗な弧を描いて泥の池に落ちるのを見てから、俺はゆっくりと竿を引いた。
こっちの世界の釣竿にはいわゆる糸を巻き上げるリールが無いので、竿によって糸の長さは決まっている。
なので、毛鉤を動かすにはそれなりの技術がいるんだよな。
もちろん、俺は以前の世界で釣りを何度もやっているので、この辺りは得意な方だと思う。
鼻歌まじりに竿を操り、そうやって何度か毛鉤を引いて跳ねさせていると不意に泥の池が波打った。
「お! よし、掛かった!」
ぐいっと一気に引く感覚がきて、慌てて竿を握り直す。
「うわあ、どれだけ引くんだよ!」
予想以上の強い引きに、アクア船の上で慌てて座り足を踏ん張る。
「ご主人、体はサクラが守ってるから、落ちる心配はしなくていいからね〜〜!」
得意そうな声が聞こえた直後、ビヨンと伸びたサクラが俺の下半身をしっかりとホールドしてくれた。
「おう、ありがとうな。じゃあ遠慮なく!」
グイグイと引っ張られて大きくしなる釣り竿を見て、俺は息を吸い込んでグッと竿を引いた。
ここからは魚との根比べだ。
しかも驚いた事に、ググッと糸が引かれるのに合わせてゆっくりとアクア船が動き、俺が引く時にはさりげなく息を合わせて下がってくれる。これはかなり有利だぞ。
しかもどんどん下がっていくので、泥の池からかなり離れてしまった。
「なあ、これって湖まで引いたらどうなるんだ?」
思わず足元のアクア船に向かってそう聞いてしまう。
「えっとどうだろう? 泥の池とこっちの湖の間はしっかりとした岩みたいな硬い岩盤の境目があるから、そこでお魚が引っ掛かっちゃうかもね」
「そっか、それじゃあ湖まで引き込むのは無しか。となると、そろそろ本気で勝負だな」
強弱をつけながらグイグイと引かれる竿を操りつつそう呟くと、船の中に転がったままだったアルファとゼータがビヨンと伸びて俺の腕に絡まった。
「泥の中にいる間は手出しが出来ないけど、泥の上まで引き上げてくれたらアルファとゼータが回収するからね〜〜!」
「頑張って引き上げてくださ〜〜い!」
張り切った声でそう言ったアルファとゼータは、なんと俺が持っている釣り竿をスルスルと登っていったのだ。
だけど、ほとんど重さは変わらない。
しかも、釣竿全体を包み込むみたいにしてくれたもんだから、はっきり言って釣竿が折れる心配がほぼ無くなったよ。
「よし、じゃあ一度跳ねさせるから、確保よろしく!」
「任せてください!」
「泥の上に出してくださ〜い!」
アルファとゼータの張り切った声を聞いて笑った俺は、タイミングを見計らってグイッと力一杯釣竿を引いた。
「よし、デカいのきた!」
かなりの抵抗を感じたが気にせず一気に竿を振り上げると、かなりの大きな魚がバチャンと大きな水音を立てて泥の中から飛び出してきた。
シルエットはトラウトっぽい。
「捕まえた〜〜〜!」
アルファとゼータの声が重なった直後、ブワッと竿から離れて広がった二匹が泥の池に落ちたトラウトを包み込んだ。
そのまま、魚を包んだ状態で跳ね飛んでアクア船まで一気に戻ってきた。
「一番ゲット!」
包み込んでいる間に一瞬で泥を綺麗にしてくれたので、慌てて竿を置いて針を外そうとしたんだけど、あっという間に外されていて俺はする事がなかった。文字通り引っ掛けただけ。これにはちょっと笑ったね。
「おお、これは見事なトラウトだな。ええと、これはバター焼きかな? だけど、泥の池から出てきた魚だから、実は泥臭かったりするんだろうか?」
ややピンクがかったトラウトは、とても綺麗に見えるけど、今までいた場所を考えてそう呟く。
「大丈夫だよ〜〜」
「ちゃんと中まで綺麗にしました〜〜!」
得意そうなアルファとゼータの言葉に思わず吹き出す。
「おお、見事なトラウトを釣り上げたな。それはバター焼きにすると美味いぞ」
笑ったハスフェルの言葉に、思わず俺もサムズアップする。
「よし、料理は任せろ。これくらいの魚なら俺でも捌ける!」
「おお、そりゃあ素晴らしい。ぜひよろしく頼むよ。お! こっちにも来たぞ!」
ハスフェルの竿がググッと引かれるのを見て、俺も笑ってもう一回竿を振って毛鉤を投げ入れたのだった。
ちなみに、あれだけ大きなトラウトがヒットしたのに、毛鉤はほぼ無傷だった。
もしかしたら、壊れ防止的な術が発動しているのかもしれない。知らんけど。
その後もあちこちでヒットしては、俺と同じようにスライム達が跳ねた魚を確保している。
釣り上げた魚はほぼトラウトばかりなんだけど、大きさはかなり大小があるみたいだ。
こっちのチームでは、ハスフェルがさっき釣り上げた1メートルクラスの大きなトラウトが最大クラスだ。
俺は最初に一匹釣ったきりで、全然ヒットがない。ちょっと涙目だよ。
向こう岸ではボルヴィスさんにもかなりの大物がかかっていたから、今のところ勝負は五分五分って感じだ。
めげずに何度も投げ直していると突然ヒットが来て、さっきとは比べ物にならないくらいの強い引きに慌てて竿を握り直して足を踏ん張った。
ググッと大きくしなる釣竿には、アルファとゼータが巻き付いてくれているので折れる心配はないはずなんだけど、頭で分かっていても折れるかもって思えるくらいの強い引きだ。
「これは、これはちょっと冗談抜きでかなりの大物と見た!」
スライム達が支えていてくれても、ちょっと油断したら体ごと持っていかれそうになるくらいの強い引きに驚きつつ、スライム達と息を合わせて何度も竿を引く。
しかし、先ほどと違って全く弱る様子がない。
いい加減腕が痺れ始めた頃になって、ようやく少しずつだけど引きが弱くなってきた。
「もういいかな。よし、跳ねさせるからあとは任せた!」
「お任せください!」
「しっかり確保しま〜す!」
張り切ったその声に頷き、タイミングを合わせて一気に竿を振り上げる。
「ヒエエ〜〜〜!」
驚きのあまり変な声が出たけど仕方ないよな。
何しろ泥の池から飛び跳ねたシルエットは大きく開いた背ビレと、前方に突き出す長く尖った角。
紛う事なきカジキのそれだったんだからさ。
「大物きた〜〜〜〜!」
俺の歓喜の叫びに、あちこちから歓声が上がった。
「「確保しま〜〜す!」」
張り切ったアルファとゼータの声が重なり、一気に広がって泥の海に落ちる寸前のカジキを包み込む。
先ほどと同じように跳ね飛んで戻ってきた巨大カジキを見て、俺は歓喜の雄叫びを上げたのだった。
これは冗談抜きで数百キロクラスだ。角の先まで入れると俺の身長より遥かに大きい。
「おお、凄いのを釣ったな。これはギルドへ持っていくと高く買ってくれるぞ。後で角だけ記念に返してもらえるから、別荘にでも飾っておけ」
笑ったハスフェルにそう言われて、俺も笑って拳を振り上げたのだった。