ハンプールの街と居酒屋での大騒ぎ
外環から続く街道を通って新市街に到着した俺達は、そのまま一旦宿泊所へ戻る事にした。外で夕食を食べるには、まだちょっと早い時間だったからだ。
「どうする、言ってたように、一度ジェムの整理をするか?」
従魔達から降りて、手綱を引きながらのんびりとクーヘンと話をしながら歩いて宿泊所の前へ到着した時、丁度、隣のギルドの建物からエルさんが出てきたところで、帰ってきた俺達に気付いて手を振りながら駆け寄って来た。
「ああ、おかえり。丁度良かった。クーヘンに伝言だ。リードの店から、設計図が描けたから一度確認して欲しいって連絡があったよ。それからこれもクーヘンに、たった今商業ギルドから届いたばかりの手紙だよ。部屋に届けておいてやろうと思って、持って出たところだったんだ」
笑顔でそう言ったエルさんは、丸めた筒状の紙をクーヘンに渡した。
「じゃ、確かに渡したからね。ああ、青銀貨の準備も出来ているから、いつでも取りに来ておくれ。家の契約をするのなら、私で良ければ立ち会うよ」
「おお、それは有り難いです。明日、家主と会いますので、もしその場で契約するのなら、ここへ来ればよろしいですか?」
嬉しそうなクーヘンに、エルさんも笑顔で頷いた。
「ああ、構わないよ。いつでも呼んでくれれば部屋を貸すから、そこで契約してしまえばいい。商業ギルドへは、もう話を通してあるのかい?」
「はい、家主のマーサさんと一緒に行って頂いて、既に登録を済ませて、開業届けを提出して来ました」
「ああ、それなら大丈夫だね。じゃあ、私からも口添えしておくよ」
「感謝します」
そう言って深々と頭を下げるクーヘンに、エルさんは首を振った。
「優秀な冒険者が店を出すなんて、この街にとっては有り難い事だからね。それと、ちょっと質問なんだけど、ここに店を出したらもう冒険者は廃業かい?」
何か言いたげなその言葉に、クーヘンは苦笑いしながら首を振った。
「いえ、冒険者を辞めるつもりはありませんよ。ジェムの補充も必要ですしね」
それを聞いたエルさんは、それは嬉しそうに笑った。
「そうこなくっちゃね。もしも何か困った事があれば、いつでも遠慮無く相談しておくれ。まあ、貴方には必要無さそうだけど、資金面を含めて、最大限の協力を約束するからね」
「ありがとうございます」
「ああ、それじゃあ、疲れているところを引き止めて悪かったね」
笑ってそう言ったエルさんは、俺達にも笑顔で手を振ってギルドの建物に戻って行った。
そのまま一旦宿泊所の各部屋に戻ったが、やっぱり俺の部屋に何故だか全員が集合した。
まず部屋に戻った俺は、大活躍だったベリーとフランマに果物を大量に取り出しておいてやった。
これだけあれば、モモンガのアヴィとフラールも一緒に食べても足りるだろう。
「じゃあ、ゆっくり休んでくれよな」
笑ってベリーにそう言って、アクアが開けてくれた扉から入って来た三人と従魔達を振り返った。
「フラール。果物出したから食べて行けよ」
俺の言葉に、クーヘンの腕に掴まっていたモモンガのフラールが、嬉しそうにこっちに飛んで来た。
見事に木箱に掴まったフラールを見て、皆も笑顔になった。
「やっぱり冷たいのが良いよな」
残っていた冷たいアイスコーヒーを作った氷と一緒に出してやり、それぞれ座ったのを見て、俺はさっきから気になっていた事をクーヘンに聞いてみた。
「なあ、さっきの手紙って何だったんだ?」
すると、クーヘンは持って来ていた鞄から、先程の筒を取り出した。
「私の兄へ、東アポンにいた時に商業ギルドに頼んで手紙を出していたんです。家の買取資金が貯まったので、正式に契約をしてハンプールに店を出す予定だから、以前言っていたように、彼に協力をお願いしたいのだとね」
「え、それじゃあ……」
「はい。それはもう大喜びで、早速連絡して来てくれましたよ。先ほど部屋に戻って確認しましたが、近いうちに皆でこっちへ出て来てくれるそうです。家の改築が終わるまでは、兄一家は宿住まいになるでしょうけどね。一緒に開店準備出来るなら、心強いです」
「あれ、来るのはお兄さん夫婦だけじゃ無いんだ?」
「はい、兄夫婦には、もう大きくなりましたが双子の娘と息子がいて、どちらもとても良い子で真面目な働き者なんです。甥の方は、細工師としての腕はまだまだですが、丁寧で良い物を作りますよ。姪の方は、とても明るくて人付き合いが上手いので接客に向いていますね。日常の店番は彼らに任せるつもりです」
嬉しそうにそう話すクーヘンに、俺は感心しきりだった。
「なんか、聞けば聞くほど感心するよ。本当に、開店準備万端だったんだな」
俺の言葉に、クーヘンは笑って小さく首を振った。
「準備万端だったのは、正直言って資金面以外ですよ。私は正直言ってかなりの時間が掛かると思っていましたからね。貴方達のお陰で、その最大の問題があっさりと解決出来たんです。本当にどれだけ感謝しても足りませんよ」
顔を見合わせた俺とハスフェルとギイは、照れたように笑った。
夕食は、ハスフェルお勧めの居酒屋みたいな店に揃って出かけた。
もちろん、従魔達も全員集合である。
しかし、周りの人達の反応が、もう見事なくらいに変わっていた。
最初はあれだけ怖がっていたのに、もう誰も俺達を見ても怖がらない。
いや、それどころか笑って手を振る人が何人もいて、その全員が揃って同じ事を言うのだ。
「早駆け祭り頑張って。期待しているからね」と。
居酒屋でも状況は似たようなものだった。
あちこちから話し掛けれられ、何度も見知らぬ誰かと勝利を願って乾杯をした。何なら前祝いか景気付けだと言って、一杯奢ったり、注文したご馳走を、奢りだから食えと言って俺達のテーブルに運ばせてくれる人が続出した。
大酒呑みの三人は大喜びしていたが、飲めるとは言ってもはっきり言ってそれほど酒に強く無い俺は、持っているコップで乾杯して誤魔化したよ。
途中から、さすがにアルコールの限界量を感じて、これ以上は無理だと判断した俺は、奢ってもらった俺の分はちゃんと気持ちだけ受け取って断って、それでもと言われた人の分は、他の奴らに飲んでもらいました。
だんだんと、居酒屋全体が大宴会の様相を呈して来た為、後半の俺は、もうほとんど水ばっかり飲んでいたよ。
「はあ、ちょっと飯食って帰るつもりだったのに、何、飲み比べ大会みたいな事になってるんだよ」
ため息を吐いた俺の呟きに、さすがに顔を赤くした三人が揃って大笑いしている。
いくら酒に強いと言っても、もうこれは完全なる酔っ払い達だ。
ご機嫌な三人と一緒に宿へ戻る途中も、あちこちから声がかかり、中には俺達全員に握手を求める人までいる始末だ。
どうやら、早駆け祭りの三周のチーム戦に出るってだけで、ここハンプールの街では、これくらい人気者になるのは当然の事らしい。
そりゃああの馬鹿共だって、周り中からこんな調子で持ち上げられたら勘違いして調子に乗るだろうな。
レースが終わった後、どうなるのか、もう楽しみでしょうがないよ。
ああ、早く祭り当日になれば良いのに!