旧市街の外環と広告宣伝活動
「なあ、せっかくだから、そのレースが行われる旧市街の城壁を見てみたいんだけどな」
単なる思いつきだったのだが、まだ明るいし、その早駆け祭りの行われる場所を見ておいても良いかと思ったからだ。
「ああ、そうか。朝は早々に街道から離れたから、旧市街の横の道を通っていないんだな」
今更のように思い出したギイがそう言って笑い、俺たちはそのまま大注目を浴びながら街道の端をゆっくりと歩く程度の速さで進んでいったのだった。
「ほら、あれがハンプールの旧市街だ。ここからでも城壁が丸いのが分かるだろう?」
ハスフェルが指差す先には、丸みを帯びた、ちょうど幅のあるリングを地面に置いた時みたいな、なんとも不思議な光景が広がっていた。
「うわあ、話には聞いていたけど、本当に真ん丸なんだな」
呆れたような俺の声に、三人は揃って笑っていた。
「ここが、早駆け祭りが行われる道で、通称外環」
どこかで聞いたような名前だが、ここは異世界なので偶然の一致だって事にしておく。
「外環って事は、内環も有るのか?」
俺の面白がるような言葉に、ハスフェルとギイは顔を見合わせた。
「城壁のすぐ内側にも生活道路はあるが、改めて考えてみたら、城壁通りと名前が付いているだけだな」
首を傾げている二人と俺を見て、クーヘンが笑いながら教えてくれた。
「外環の名前の由来は、正式名称である城壁外環状道路からです。長いので、いつの間にか皆が外環と呼び始めて定着してしまったんですよ。ですが、城壁の外側は街道になっていますので、城壁内部の道と管理が違います。城壁内はハンプールの管轄ですが、外環は軍の管轄なんですよ」
「へえ、そう言えば、軍の大事な仕事の一つに街道の管理と整備があるって言ってたな」
のんびりとそんな話をしながら、俺達は外環まで辿り着いた。
「道幅も広いな。これ、上下三車線ずつくらいはあるぞ」
思わずそんな事を呟いて、ちょっと自分に笑ってしまった。
この時の俺達は、全員が従魔に乗ったままのんびりと外環の道を、周りの歩く速さに合わせて進んでいたのだ。
すると、突然見知らぬ男性に話し掛けられた。
「なあ、あんた達。皆、もの凄えのに乗ってるんだな。これで早駆け祭りに参加してくれたら、最高なんだけどな」
人懐っこそうに、大きな声でそう言って笑っているのは、どうやら行商人らしく、荷物を積んだ小型の荷馬車の御者台から話し掛けて来たのだ。
どうやら、従魔達を怖がる様子も無く、それどころか目を輝かせて、完全に横を向いてマックス達を見ている。
「うん。気持ちはわかるけど、とりあえず前を向こうな」
思わずそう答えると、ハスフェル達が揃って笑いだした。
「だってそうだろう? これだけの人出なんだから、事故でも起こしたら大変じゃないか」
俺も笑いながらそう言ってやると、荷馬車の男性もひとしきり笑った後、荷馬車を引いているやや小型の馬を指差した。
「こいつとはもう長い付き合いでしてね。そこらの人間よりも賢いんですよ。人通りの多い道でも、誰かにぶつかった事などただの一度もございません。ご心配には及びませんよ」
「へえ、そうなんだ。お前、賢いのか」
何となく面白くて、馬に話しかけてやる。
「だって、私が面倒見てやらないと、この人ったら、人通りの多い道でもお構い無しに、すぐよそ見ばっかりするんですもの。危なっかしいったらありゃしないわ」
まるで、長年連れ添った熟年夫婦の奥さんのような台詞だが、これを言ったのは、驚いた事にその荷馬車を引いている馬だったのだ。
その言葉に呆気に取られているのは俺だけだったみたいで、他の三人は知らん顔だ。
黙って考える。
どう見ても、目の前の荷馬車を引いているのは普通の小さめの馬だ。しかもハスフェル達には聞こえている様子が無い。
って事は、これは俺側の問題だろう。
心当たりは一つしか無かった。
『シャムエル様、これってどういう事だ? 馬の言葉が聞こえてるんだけどなあ?』
念話で、態とらしく低い声でゆっくりと言ってやる。
横目で俺の右肩の定位置に座るシャムエル様を見ると、面白いくらいに慌てている。
「ええと、どうやら不都合があるみたいだね。これは駄目! って事で、第二段階まで戻しておくね!」
焦ったようにそう言うと、いきなり俺の顔によじ登って来た。
「痛い! 痛いって! 爪を立てるな!」
あまりの痛さにそう叫んで両手を手綱から離し、俺の顔に爪を立ててしがみ付くシャムエル様を捕まえる。
「おお、このもふもふ……堪らんぞ」
しかし、爪を外したシャムエル様の腹毛のふわふわさに撃沈した俺は、笑って両手で抱いたシャムエル様の小さな体に顔を擦り付けた。
すると、小さな手で目蓋を叩かれた。
「丁度良いや。このまま口元に持って行ってくれる」
当然のように言われて何だか納得出来なかったが、断ったら自分が痛い思いをするんだから、そのまま言われた通りに口元へ持って行った。
唇を叩かれて、何も言われなかったので肩に戻してやると、耳も叩かれたが、その間中、シャムエル様がいつものように、特に何か言っていた様子は無かった。
「はい、これでいいよ。第二段階まで戻したからね」
『何も言ってなかったけど、いいのか?』
念話で尋ねると、笑ったシャムエル様は胸を張った。
『第三段階まで解放はしてあるよ。それを今は塞いでいる状態かな。まあ、今後また何かあった時のために、能力そのものは残してあるんだよ」
『おお、成る程。ご配慮感謝します』
わざと丁寧に言ってやると、シャムエル様は大喜びで笑いながら、何度も俺の頬を叩いていた。
そんな一見無言のやり取りをしていた俺達を置いて、ハスフェル達はちゃっかり宣伝活動に精を出していた。
何しろ、荷馬車の男性が早駆け祭りの話を出した途端、周りにいた大勢の人達が、一斉にこっちを振り返って見たのだ。
「もちろん参加するぞ」
そんな周りの様子に知らん顔で、平然とハスフェルが答える。
周りが面白いくらいに騒めく。
「何周に出るんだ? まさか二周じゃ無いよな。俺の知り合いが二周に出るんだよ。お前らみたいなのに出られたら、勝負にならないじゃ無いか」
別の男性の叫ぶような声に、今度はギイが態とらしく笑って顔の前で手を振った。
「大丈夫だよ。そいつには頑張れって伝えてやってくれ。俺達が出るのは、三周のチーム戦だよ」
丁度、シャムエル様との話を終えて黙って聞いていた俺は、その時に起こった周りのどよめきと拍手に驚きを隠せなかった。
とにかく、皆大喜びしているのだ。
「よっしゃー! 強力な対抗馬が来たぞ! しかも四人もだ。こりゃあ面白くなるぞ」
「なあ、俺はあんたらに賭けるよ。四人の名前とチーム名を教えてくれよ!」
別の男性の叫ぶ声に、殆どの人が頷いている。
なにこれ、面白え!
「俺はギイ、こっちの銀髪のがハスフェル。俺達二人で金銀コンビってチーム名を登録したぞ」
「そりゃあぴったりのチーム名だな」
感心したような別の人の声に、周りは笑いに包まれる。
「で、この黒髪のがケン。そっちのクライン族のがクーヘンだよ」
「我ら魔獣使いのチーム名は、愉快な仲間達、です! どうぞよろしく!」
クーヘンの芝居がかった仕草と言葉に、また笑い声が起こる。
「明後日には、全レース参加チームのリストがギルドから発表されるからな。買うから絶対勝ってくれよな!」
「おう任せろ! だけど言っておくぞ。俺達の中の誰が一位を取るかは俺達だって知らないぞ。手加減無しの真剣勝負をとくとご覧あれ」
ギイの、これまた芝居染みた言葉に、拍手と大歓声が一斉に沸き起こる。
しかも、あれだけ広かった道は、いつのまにか大勢の人で埋め尽くされていた。
「頼むぞ!絶対勝ってくれよな!」
「そうだそうだ。あんな馬鹿どもを好き放題にのさばらせておくなんて、もう我慢の限界なんだよ!」
周りから、何人もの人が、そう叫んでいる。
「馬鹿どもって、もしかしなくてもあいつらの事だよな?」
遠慮して小さな声でハスフェルにそう尋ねると、苦笑いしたまま大きく頷かれた。
「それじゃあレース当日をお楽しみに!」
ギイの声に、もう一度外環は大きな拍手に包まれたのだった。