それぞれのヘラクレスオオカブトの剣
「ありがとうございました!」
「いやあ、本当に至福の時間を過ごさせていただきましたぞ!」
満面の笑みのバッカスさんやジェイドさん達にそう言われて、ようやくいつもの装備に戻った俺は苦笑いしつつ頷いた。
「満足していただけたみたいで俺も嬉しいです。この剣を受け取った時、俺も本当に体が震えるくらいに感動しましたからね」
そう言って笑った俺は、腰に装備したヘラクレスオオカブトの剣をそっと撫でた。
何も分からないままに突然この世界へ来て、初めての剣をシャムエル様から貰い、初めて見る様々なジェムモンスターと何度も戦った。
例の大発生でシャムエル様に体を貸した時に、その俺にとって初めての剣と防具は無惨な有様になってしまった。
代わりに貰ったミスリルの剣と防具をそのまま装備して旅を再出発し、その後ハスフェル達に教えてもらって予備の剣を買ったりはしたけど、結局、剣で戦える相手ならほぼミスリルの剣一本で戦ってきた。
そしてようやく到着したバイゼンで、念願のヘラクレスオオカブトの剣を剣匠フュンフさんに打ってもらい、貯めた素材で装備も一新した。
おかげで防御力も攻撃力も抜群に上がったから、ジェムモンスター狩りに行っても今の所怖い思いをほぼした事がないくらいだ。
何しろ恐竜の尻尾だって、なんの抵抗も無く切れるんだからさ。
装備の有り難みを実感する俺だったよ。
うん、装備には絶対にしっかりお金をかけるべきだよな。
そこまで思って、俺はハスフェル達を振り返った。
「ん? どうかしたか?」
「ええと、確かハスフェルもヘラクレスオオカブトの剣をフュンフさんに頼んでいたよな? 結局、あれってどうなったんだ?」
確か、俺が剣を受け取った時にハスフェルもフュンフさんにヘラクレスオオカブトの素材を渡して頼んでいたはずだ。俺の残りの鉱石もそのまま残してきたもんな。
「おう、早速錬成にはかかってくれたんだが、結局あの岩食い騒動でほぼ全ての作業が中断したからな。急がないからと伝えて、仕上げまで全て任せてきたよ。時間があれば夏の早駆け祭りが終わった頃に、一度バイゼンへ行って仕上がり具合を聞いてきてみてもいいし、駄目なら冬までお預けだな。だが、それでも俺は構わないよ」
笑ったハスフェルの言葉にランドルさんも笑顔で頷いている。
そうだよな。仕上がりを待つのもまた楽しいよな。
「そっか、岩食い騒動の後、ほとんどの職人さんが被害箇所の再建工事に従事していたし、確かフュンフさんは、あの後に飛び地へも行ったはずだもんな」
「ああ、俺の方から言ったんだよ。仕上がりは急がないから、好きなだけ素材を確保してきてくれってな」
苦笑いするハスフェルに、俺は笑ってサムズアップしておいた。
きっと今頃、大張り切りで素材を確保しまくっているんだろうな。ギルドに託した、大容量の収納袋がきっと大活躍しているだろう。
そんな事を考えていて、ふとギイの装備している剣が目に入った。
『なあ。ギイが持っているその剣って、バッカスさん達に見せても大丈夫か?』
『ああ、別に構わないぞ。ここの連中なら信頼出来るからな』
笑ったギイが、バッカスさんの目の前に自分が装備していた剣を鞘ごと外してゆっくりと差し出した。
「ケンのヘラクレスオオカブトの剣よりも古いものだが、まあこれも良き剣ですよ。よければ勉強だと思って見てください。もちろん、抜いていただいても構いませんよ」
「おお、これまた見事な拵の剣ですな。では、遠慮なく拝見させていただきます」
慌てたように居住まいを正したバッカスさんがギイの剣を受け取るのを見て、アイゼンさん達も慌てたようにその隣に並んだ。
鞘のままの剣をじっくりと眺めた四人が頷き合い、バッカスさんがゆっくりと剣を抜く。
ジェイドさんも、横に来て真顔でその様子を見つめていた。
「おお、これはまた素晴らしい一振りだ。バランスも完璧だ……しかも、この銘は……!」
うっとりと剣を見つめていたバッカスさん達全員の悲鳴が、部屋中に響いたのはその直後だった。
まあ、ギイの剣を打ったお方も有名な剣匠らしいから、そりゃあああなるよな。
完全に観客気分で、俺は大興奮するバッカスさんやジェイドさん達を眺めていたのだった。