別注品とナイフコレクション
「おお、どれも凄いぞ。ううん、買うならどれにするかねえ」
壁面に取り付けられた木箱の中を覗き込みながら、思わず嬉しくなってそう呟く。
自分を落ち着かせる為に一つ大きく深呼吸をした俺は、改めて木箱の中を覗き込んだのだった。
キラーマンティスの鎌の素材で短剣を別注するのだと言った新人コンビと一緒に、ハスフェルとギイ、それからオンハルトの爺さんまで一緒に別室に行ってしまったので、一人取り残された俺は小さなため息を一つ吐いて壁面に近寄っていった。
そこにはバイゼンの街でも見たのと同じような、ガラス、じゃあなくて多分何かの蝶の翅を加工して作ったと思われる透明な蓋がついた薄い木箱が壁面に取り付けられていて、木箱の中には鞘を外した状態の抜き身のナイフが何本も展示されていたのだ。
もちろん、木箱の蓋は勝手に開けられないようになっているのでガラス越しではあるが、間近で見るその刃の見事な輝きに思わず息を呑む。
バイゼンのナイフ専門店でアーケル君や店主の親父さんの話を聞き、せっかくだから俺も集めてみようか、くらいの簡単な気持ちで何本ものナイフを買い、装備一新の際には、キラーマンティスの鎌とディノニクスの鉤爪の素材でナイフも作ってもらったんだよ。
ちなみに今、俺の胸元に装備しているのは、その時に作ってもらったディノニクスの鉤爪が素材のナイフだ。
これ、もう切れ味がいいなんてもんじゃあないレベルに凄くて、ちょっと果物を食べる時とかに使おうと思っていたけど、正直言って使うのが怖くなるくらいの切れ味なのだ。
実を言うと、大きな激うまリンゴを切ろうとして、もう少しで手を切りそうになって慌てたのは絶対にナイショの話だ。
「おや、ナイフですか?」
その時、背後からランドルさんの声が聞こえて振り返ると、ランドルさんと一緒に店内を見ていたボルヴィスさんとアルクスさんもいて、一緒に興味津々でこっちを見ていた。
「ああ。冬のバイゼンにいた間に、俺も何本かナイフを買ったんですよね。せっかくだからコレクションしてみようかと思って。それで、ここにあるのもどれも良さそうだから、何か買ってもいいかと思っていたところです」
「ああ、アーケル君は確かナイフをコレクションしているって言っていましたね。俺も、コレクションってほどではありませんが、ナイフはそれなりに持っていますよ。武器の中では小さくて値段も手軽なものが多いですからコレクションする冒険者は多いですね」
納得したようなランドルさんがそう言って自分の胸元を叩く。
彼の剣帯も、胸元に俺が持っているのと同じくらいの大きさのナイフが装着されている。
「ちなみに、今俺が装備しているのは、バイゼンで作ってもらったディノニクスの鉤爪のナイフですよ」
ちょっと得意そうにそう言って、俺も胸元を叩く。
「おお、ディノニクスの鉤爪でナイフを作るとはなんと贅沢な話ですねえ。普通は短剣にしますよ」
苦笑いするボルヴィスさんの言葉に、アルクスさんも何度も頷く。
そこからは、俺よりもはるかにこういったものに詳しい三人の解説を聞き、本気で買うナイフを選び始めた俺だったよ。
一応、購入候補は五本まで絞ったので、オンハルトの爺さんが出てきたらどれが良いか相談するつもりだ。
「では、よろしくお願いします!」
「うわあ、楽しみだ!」
しばらくすると、奥の部屋の扉が開き超テンションの高いシェルタン君とムジカ君が出てきた。
ハスフェル達三人も笑顔なので、商談は上手くいったみたいだ。
「ご注文、確かに賜りました。では、完成をお待ちください」
「「はい! 楽しみにしています!」」
揃ったご機嫌の返事に、バッカスさんも嬉しそうな笑顔でうんうんと頷いていたよ。
「お? ナイフか。もしかして何か買うのか?」
壁面のナイフに気がついたらしいハスフェルの言葉に、俺は満面の笑みで頷きオンハルトの爺さんを見た。
「ちょっと相談してもいいかな。一応購入候補は五本までは絞れたんだけど、どれがいいか決められないんだ」
ランドルさん達の意見もバラバラなので、恐らくここからはもう好みの問題だと思われるが、念の為専門家の意見は聞いておくべきだよな。
「ほう、どれだ?」
笑顔のオンハルトの爺さんが来てくれたので、俺は嬉しくなってランドルさん達から聞いた話も織り交ぜつつ、選んだ購入候補のナイフを説明したのだった。
その結果……ハスフェル達まで乱入してきて更なる混迷を極める事となった俺のナイフ選びは、結局購入候補の五本全部買えばいいんじゃね? って開き直った俺の決定で幕を閉じたのだった。
これ、オンハルトの爺さん達に相談する意味、あったのかなあ……。