バッカスさんの店にて
「おお、来たのか」
のんびりと店の前でそんな話をしていると、店頭ワゴンの追加の道具らしき物を抱えたバッカスさんがちょうどお店から出て来て、俺達に気が付いて笑顔で手を振ってくれた。
「おう、噂のケンさんを連れて来たぞ」
右手を上げたランドルさんが、笑ってそう言い俺の背中をグッと押す。
ワゴンの横に抱えていた木箱を置いたバッカスさんは、目を見開いて俺を見て、何か叫びかけて慌てて口を自分の両手で塞いだ。
しばらくして、ようやく手を離したバッカスさんは、そりゃあもうキラッキラの目で俺を見てから口を開いた。
「い、今腰に装備しておられるそれが、剣匠フュンフ殿が打たれたのだというヘラクレスオオカブトの剣ですね! それに、装備を全て新しくなされたと聞いてはおりましたが、本当になんと見事な装備の数々でしょう。ああ、本当に素晴らしい。どれ一つとっても見ているだけでため息がもれそうだ。いやあ、さすがはバイゼンの職人達だ……」
キラッキラな目で頬を紅潮させながら、更にはうっとりするような口調でそう言われて、俺はもう笑うしかない。
猫にまたたび、職人に新作装備ってか?
「ああ、失礼しました。どうぞ入ってください」
ようやく我に返ったらしいバッカスさんが、慌てたようにそう言い店を示す。
「あの、俺はミスリル合金の武器の在庫を見せていただきたいんです」
「俺も! 俺もお願いします! 予算は確保出来たので、俺もミスリル合金の剣が欲しいんです!」
シェルタン君とムジカ君の叫びに、レニスさん達が驚いている。
「ケンさんや皆さんのおかげで、資金に相当の余裕が出来たんです。なので、せっかくだから装備を一新したくて。職人工房の武器は良いって噂を冒険者ギルドで何度も聞いていたので、憧れだったんです」
嬉しそうなシェルタン君の言葉に、ムジカ君も嬉しそうに何度も頷いている。
「おお。それは嬉しい事を言ってくださる。もちろんミスリル合金なら出来合いの剣が何本もございますぞ。どうぞ気が済むまで選んでください。もちろん、お待ちいただけるのであれば別注も喜んでお聞きしますぞ」
バッカスさんの言葉に、揃って拍手をする二人。
「あ、それなら……」
不意に思いついたらしいムジカ君が、ぺしぺしとシェルタン君の腕を叩く。
「なんだよ、痛いって」
文句を言いつつも、ムジカ君に手招きされて顔を寄せるシェルタン君。
「あ、確かにそれはいい考えかも!」
何やら相談して、満面の笑みで何度も頷いている。
「じゃあ、一度に全員がお店に入るのは無理そうだから、交代で入らせてもらいましょう。ケンさん達やムジカ君達がお店を見ている間、私達はそっちのお店でお茶にしていますから、貴方達はしっかり自分の武器を見てきなさいね」
笑ったリナさんの言葉にアルデアさんとアーケル君達も頷き、マールとリンピオ、それからレニスさんを連れてこっちに手を振ると、すぐ近くにあるカフェのようなお店に入って行った。
もちろん、ちゃんとそのカフェにはお店専用の広い厩舎があったみたいで、それぞれ自分の従魔達を全員連れて行った。おかげで、俺達が連れている従魔の数はかなり減ったよ。まあ、それでもたくさんいるんだけどね。
「じゃあ、俺達も入ろう。ええと、マックス達は裏庭かな」
一応、ここの厩舎はかなり大きいんだけど、さすがに全部は小さくなっていても無理っぽい。元々、厩舎の奥にはバッカスさん達やお客さんが連れてきたと思しき複数の馬がいるからね。
相談の結果、マックスやシリウス、それからニニ達、小さくなれない魔獣は裏庭へ行ってもらい、他の子達は大きさを調整して厩舎で待っていてもらう事にした。
お空部隊は、ファルコも含めて全員が厩舎の上側にある太い梁に留まって寛いでいる。
「じゃあ、そこにいてくれよな」
笑った俺は、従魔達を厩舎に残してスライム達が入った鞄を持ってバッカスさんのお店に入って行った。
店内の家庭用品コーナーにはそれなりに人がいたけど、冒険者御用達の武器コーナーは、数名いる程度で今は案外空いているみたいだ。
聞くところによると、武器コーナーが混んでいるかどうかは本当に予想出来ないらしく、かなり波があるんだって。
何しろ忙しい時には、接客どころか会計するのも大変なくらいの人数が押し寄せるんだけど、今のように、何故か店内に数名程度の時もあるらしい。まあ、これは時間的な部分もあるのかもしれない。
「ちょうどよかった、じゃあ見せてもらいますね!」
目を輝かせたシェルタン君とムジカ君が武器の在庫に駆け寄るのを見て、嬉しそうなオンハルトの爺さんとハスフェルとギイが二人の後について武器コーナーへ向かっていった。
まあ、彼らにおまかせすれば新人コンビの武器選びはバッチリだろう。
そしてランドルさんと一緒に入って来たボルヴィスさんとアルクスさんは、別注カウンターの壁面に描かれた価格表や、今ある素材の在庫一覧を見て、何やら真剣な様子で顔を寄せて相談を始めた。
もしかしたら、彼らも何か別注の武器を作るつもりなのかもしれない。
しばらくして、まずは自分で武器を選んでいたムジカ君とシェルタン君が、ハスフェルとギイ、それからオンハルトの爺さんと何やら嬉しそうに顔を寄せて話を始めた。
彼らの手には、それぞれ数本ずつの剣がある。
カウンター横のテーブルにそれを置き、駆け寄ったバッカスさんも加わってそれはそれは真剣な様子で選び始めた。
こっち方面では全くの役立たずな俺は、真剣に武器を選ぶ彼らを邪魔しないように端の方に寄って、感心したように見つめていたのだった。
ううん、二人がどんな武器を選んだのか、後で見せてもらおうっと。
「じゃあ、剣はこれでお願いします! あと、急ぎませんので別注で短剣を打っていただきたいんです! 素材はこれを使ってください!」
「あの、俺も短剣の別注をお願いします! 素材はこれで!」
張り切ったムジカ君の言葉に続き、シェルタン君の声も聞こえて、驚いた俺は思わず二人に駆け寄る。
彼らの手元にあるのは、先日従魔達が張り切って狩りまくったキラーマンティスの素材の鎌だ。
キラーマンティスの素材は、俺はナイフにしてもらったけど剣にもなるって聞いた覚えがある。リナさんの夫のアルデアさんが装備しているのが、確かキラーマンティスの素材で作った剣だったはずだ。
「複数持っているのなら、良い物を選んでやる故ここに出しなさい。何、そんなにたくさんあるのか。ではちょっと奥の場所を借りようか」
笑ったオンハルトの爺さんの言葉にバッカスさんが頷き、新人コンビと三人がバッカスさんの案内でカウンターの奥へ向かう。
ランドルさんいわく、自分で確保している手持ちの素材を人に見られたくない冒険者は案外多いらしく、特に素材持ち込みの場合、商談の際には別室でする事も多いので、店にはそれ専用の部屋をちゃんと用意してあるんだって。
感心して頷いた俺は、壁面に飾ってある何本ものナイフコレクションに気がつき、割と本気で何か買う気になっていたのだった。