お礼参りとサイン色紙の額縁選び
「いやあ、本当に残念でしたね。せっかく買った賭け券が紙切れになってしまいましたよ」
「うう、本当に申し訳ない! 次は頑張りますので、また応援よろしくお願いします!」
「いやいや、賭けってのはそういうものですからお気になさらず」
順番に差し入れをしてくれたお店や屋台をリストを見ながらお礼を言いに回っているんだけど、どこの店でも、残念だったな、次は頑張れと当たり前のように言われてしまい、ひたすらに恐縮する俺だった。
しかも驚く事に、からかうように賭け券が紙屑になったと言われる事はあるが、誰も負けた俺を責めない。
謝ると逆に、賭けってのはそう言うものだから気にするなと笑われる始末だ。
なんと言うか、改めて早駆け祭りの凄さを思い知った気がするよ。
途中、同じようにリスト片手にお礼に回っているリナさん一家や、レニスさんと新人コンビ、ボルヴィスさんとアルクスさんとランドルさんの三人や、マールとリンピオともすれ違い、お互いに苦笑いして手を振り合っていたよ。
一応、各自挨拶回りが済めば冒険者ギルドに集合する予定だ。
「あ、額縁屋さん発見。ちょっと見て行ってもいいか」
一通りの挨拶回りが終わったところで、俺はそう言って見つけた一軒のお店に駆け寄る。
「なんだ?」
「額縁屋で何を買うんだ?」
「別荘に絵でも買うのか?」
驚くハスフェルとギイとオンハルトの爺さんの言葉に、俺は笑って自分で収納していたあのヴェナートさんのサイン色紙を取り出して見せた。
「これ、クーヘンのお店に置いてもらう分なんだけどさ。このまま渡すより、フレームがあった方が見栄えもするだろうし、汚れなくて良いかと思ってさ。だから、売っていそうなお店を探していたんだ」
「ああ、成る程。それならランドルの分も買っておいてやれ。彼の分はバッカスの店に置くと言っていたからな」
「じゃあ、良さそうなのがあればまとめて買おう。俺の分も、別荘に飾っておいても良いかなって思ってるんだよな」
「まあ、せっかくのサインなんだから、確かにただ持っているより、屋敷に飾っておく方がいいかもな」
笑った俺の言葉に、ハスフェル達が納得したように頷いている。
「次の舞台は、どうなるんだろうなあ。新人があれだけ増えると、配役が大変そうだ」
思わずそう呟くと、ハスフェル達も頷きつつ大爆笑していた。
「失礼しま〜す」
ハスフェルが従魔達を見てくれると言うので、俺は一人でお店に入ろうとしたら、笑ったオンハルトの爺さんが一緒に入ってきてくれたよ。
「おやおや、もしや魔獣使いのケンさんと、オンハルトさんかい? うちのお店に来てくれるとは嬉しいねえ。何かお探しかい?」
店主さんらしい年配の女性が店の奥にいて、俺達に気付いて笑顔でそう言ってくれた。
「あの、これの入るフレームを探しているんですが、何かありますか?」
そう言って、さっきのサイン色紙を取り出して見せる。
「ああ、そのサイズなら、こっちの棚にあるのが全部そうだよ。種類があるから好きに選んどくれ」
店の一角を指差してくれる。確かに、そこに並んでいるのはちょうどこれが入りそうな大きさのフレームや額縁だ。
いかにもって感じのかなりゴージャスなのから枠だけのシンプルなものまで、色もデザインもかなり種類がありそうだ。
「ええと、どれがいいと思う?」
正直言って、俺が選んだら一番シンプルな茶色の枠のやつになるんだけど、ここはこっち方面も専門家なオンハルトの爺さんの意見を聞くべきだよな。
「ふむ、どれもなかなかに良い細工だ。せっかくだから豪華なのにしてやれ」
俺が考えている事なんてお見通しだったみたいで笑ってそう言ったオンハルトの爺さんは、少し考えていくつか取り出して並べてくれた。
「ええ、ちょっとどれも派手過ぎじゃね?」
油絵が入っていそうな、金色のめっちゃゴージャスな額縁が並んで、思わずそう言ってしまう。
「ヴェナートのサインならば、これくらいは当然だろうさ」
笑ったその言葉に、奥にいた年配の女性の店主さんがもの凄い勢いで顔を上げた。
「オンハルトさん、今なんて言った? ヴェナート様のサインだって?」
キラッキラに目を輝かせる店主さんに、俺は若干ドン引きしつつ持ったままだったサイン色紙を見せた。
さっきは軽く出しただけだったから、サイン面が反対向きになっていて誰のサインか見えなかったみたいだ。
「おお〜〜これは素晴らしい。しかも、もしや印刷ではなく……これは直筆ですか?」
サイン色紙にすがり付くみたいに顔を寄せた店主さんに真顔で聞かれて、こっちの方が驚く。
「え、サインに印刷とかもあるんだ」
驚きつつも、サイン色紙を改めて見てみる。
「多分、書いてあるんだと思いますけど……」
「拝見させていただいてもよろしいでしょうか」
真顔になった店主さんは、いきなり白手袋を取り出して身に付けながらそう言って俺を見た。
なんというか、その真顔が怖いっす。
「ええ、どうぞ」
思いっきり素手で触ってごめんよ。内心で謝りつつ、手にしたサイン色紙をカウンターの上に置く。
「拝見させていただきます」
それはそれは真剣な様子でそう言い、これ以上ないくらいに丁寧にサイン色紙を手にする。
息を止めて正面から見て、横から、斜めから、下からと、冗談抜きで四方八方から眺め倒し、改めて正面から見てから大きく頷く。
「これは素晴らしい。ヴェナート様の直筆のサインに間違いありません。しかも、とても丁寧に書かれている。さすがですね」
満足そうにそう言われて、乾いた笑いをこぼす俺だったよ。
「じゃあ、どれにしようかなあ……」
即座に、店主さんに無言で一番豪華な額縁を差し出されてしまい、もう諦めてそれを貰う事にする。まあ、店に飾るのなら確かにこれくらい豪華だと目立っていいかもしれない。
お願いしてバッカスさんのお店用にも同じのをもう一つ用意してもらい、少し考えて俺の別荘用にはもうちょっとシンプルなのを選んだ。
「ありがとうございました。大変良いものを見せていただきました」
まとめて額縁を受け取り、満面の笑みでそう言う店主さんに見送られて店を後にしたよ。
「これ、もしかしてクーヘンの店とバッカスさんの店に置いたら、ファンの人達がサイン見たさに店に押し寄せてきたりする?」
「いやあ、それはないだろう」
笑ったハスフェルの言葉に、ギイとオンハルトの爺さんも笑って首を振っている。
「だよな。じゃあ、ギルドでこれを額に入れてからクーヘンの店へ持って行こう」
「そうだな。ああ、ちょうどランドル達も戻って来たみたいだぞ」
ちょうど冒険者ギルドの前で、ランドルさん達と合流したので、そのまま一緒に中に入る。
「以前バイゼンで貰った、あのサイン色紙を入れる額を買ってきたんですよ。ランドルさんの分は、バッカスさんのお店に飾ってもらうんですよね? よかったら使ってください」
ギルドの奥にある自由に使えるテーブルが空いていたので、とりあえずそこに座る。
「ああ、ありがとうございます。代金はお支払いします。実を言うと、あれをどうやって店に飾ってもらおうか考えていたんですよ。おやおや、随分と派手な額縁ですねえ」
笑ったランドルさんは、そう言いつつも嬉しそうに額縁を受け取り、早速収納袋から取り出して額縁に入れていたよ。
俺もそれぞれの額にサイン色紙を入れてから改めて収納しておき、後はもう、皆が戻ってくるまでのんびりと一杯やりながら過ごしたのだった。
いや、まさかあんな事になるなんてさ……。