街へ帰る
「ほう、ダークカラーオオサンショウウオの大発生にしては、数が多いな」
あの巨大なジェムを一瞬で収納したハスフェルの言葉に、ギイも苦笑いして頷いている。
ベリーは平然としているが、大繁殖に詳しいハスフェル達が多いと言うのなら、そうなんだろう。やっぱりこれも、半分はクーヘンに引き取ってもらおう。
「なあ、俺が死にかけたブラウングラスホッパー程じゃないけど、やっぱりこの数は多いんだ?」
俺の質問に、ハスフェルは頷いてこれまた巨大なジェムを取り出した。
「あ、これは見覚えがあるぞ。俺達が喰われかけたあの巨大なオオサンショウウオのジェムだよな」
取り出したジェムを見た俺がそう言って笑うと、頷いたハスフェルは、何故か俺にそのジェムを渡してくれた。
「ケンと初めて会った時、お前らは、このダークブラウンオオサンショウウオに追いかけられていただろう? あれは、川の水源の一つである泉の地下の、地脈の異常な過剰供給から発した突発的な大繁殖で、一気にジェムが溢れて付近が亜種化したジェムモンスターで一杯になったんだ。折しも川上で降った雨の影響で一気に水嵩が増して、大繁殖したダークブラウンオオサンショウウオが川にあふれて流れ出したんだよ」
「うわあ、あれってもしかしてハスフェルが退治してくれたのか?」
「そうだ。まあ、術を使って一気に駆逐したんだが、大した数じゃなかったぞ、確か亜種を入れても二万程度だった筈だ。ダークカラーオオサンショウウオの大繁殖は大抵がそれくらいだ。あの時、付近にいた水トカゲ達に手伝ってもらってジェムを集めていたら、術を使って戦う音が遠くで聞こえてな。どうやら、群れからはぐれたジェムモンスターが、運の悪い旅人を襲っていると気付いて急いで駆けつけたら、お前らが喰われる寸前だったって訳だよ」
割と本気で、あの時命の危険に晒されていた事を今更ながらに聞かされて、俺は受け取ったジェムを見て遠い目になった。
「それは、お前さんにやるよ。まあさっきのジェムよりは安いがな」
からかうようなハスフェルの言葉に顔をしかめた俺は、素早く鞄に入ってくれたアクアに、その大きなジェムを飲み込んでもらった。
「喰われかけ記念のジェム二個目だ。じゃあ、これも売らずに持っていよう」
思わず呟いた俺の言葉に、堪える間も無くハスフェルが吹き出す。そのまま咽せている彼を見て、呆気に取られたクーヘンが俺を見た。
「二個目って……もう一つもそんな危険なジェムモンスターだったんですか?」
本気で怖がるクーヘンを見て、俺は笑って顔の前で手を振った。
「いや、こっちじゃ無くて、一個目は樹海での話だよ」
安心したように頷いたクーヘンは、空を見上げて、それから深呼吸をして俺を見た。
「私もそれなりに長い間世界を旅をして来て、ある程度の知識はあると自負していました。ですが、皆様に出会って、私は、自分がいかに狭い世界と知識の中で過ごしていたのか思い知らされました。世界は本当に広いですね。家を持ち開業はしますが、これからも旅を止めるつもりはありません。知らない世界を少しでもこの目で見て、この手で触れて、僅かなりとも知りたいと思います」
いつの間にか俺の肩に戻っていたシャムエル様は、そんなクーヘンを優しい眼差しで見つめていた。
『彼に、良い旅を。って伝えてくれる?』
念話でシャムエル様に頼まれた俺は、笑ってクーヘンに拳を差し出した。
「これからも良い旅を」
目を瞬いたクーヘンは、嬉しそうに笑って俺の拳に自分の拳を突き合わせた。
「それじゃあ、一旦街へ戻るか。今から戻れば、陽のあるうちに街へ戻れるぞ」
ハスフェルの言葉に、皆、それぞれの従魔に飛び乗った。
「帰ったら、一度預かってる全部のジェムの整理をしないとな。もう大変な数になってるからな」
マックスの背中に飛び乗り、小さくなった従魔達が素早く定位置に戻るのを見ていた俺は、そう言って笑った。
「そうですね。家の改築工事が終わるまでは、申し訳ありませんが、ジェムはもうしばらく預かっていてください」
申し訳無さそうなクーヘンに頷いてやりながら、ふと心配になって俺はハスフェルに念話で話し掛けた。
『なあ、ちょっと気になったんだけど、俺が預かってるクーヘンの分の大量のジェムって、開業したらあの家に置くんだよな? 安全面で大丈夫なのか? 押し入り強盗とか、空き巣なんかに在庫を狙われたら、目も当てられないぞ』
どう考えても、普通の収納袋で持ち歩ける量では無いので、棚を作ると言っていたが、ジェムは確かに地下に山積みにするしか無いだろう。
まあ広い倉庫だったから大丈夫だとは思うが、物理的な大きさを考えると、正直言ってあの地下室でも全部入るかどうか心配になってきた。
だけど、家や店のセキュリティなんて皆無だろうから、安全管理ってどうするんだろう?
まさか、そんな考えそのものがこの世界には無い……なんて事もあるのか?
心配する俺に、ハスフェルはシリウスの背の上で振り返って自慢気に大きく頷いた。
『ああ、ちゃんと考えてるから安心しろ。これは、家と店の改築工事が済んでからまとめて説明するよ』
笑って親指を立てた拳を突き出されて、安心した俺も親指を立てて見せた。
うんうん、頼もしい仲間がいるって心強いな。
そのまま俺達はそれぞれ騎獣を走らせて、街へ戻ることにした。
「街まで競争!」
そう叫んだハスフェルとギイがシリウスとデネブを一気に加速させる。
「狡いぞ!」
慌てて叫んだ俺も、一気にマックスを加速させて後を追った。左側をニニが、右側のクーヘンの乗ったチョコがそれぞれ遅れる事なくピタリと後をついて来る。
ものすごい勢いで加速した俺達は、文字通りあっと言う間に旧市街に繋がる街道のすぐ側まで到着してしまった。
「何だよこいつら。めっちゃ早っ! これ、こいつらが本気でレースを走ったら、絶対誰もついて来られないよな」
呆れたように俺がそう呟くと、クーヘンも苦笑いしながら頷いている。
「確かにそうですね。ちょっと見せ所を考えて、前半の二周は、ある程度は力を抑えて周りの速度に合わせて走るべきでしょうね」
「そうだよな。ちょっとこれも後で皆で相談だな」
顔を見合わせた俺とクーヘンは、二人揃って遠い目になるのだった。
レースに出る騎獣が速すぎて困るって、一体何の冗談だよってな。