祝勝会での一幕
「ケン殿! 三連覇ならず。本当に残念でしたね」
「いや、しかし本当に見事な戦いでした。あの僅差は、本当に誰が勝ってもおかしくない状況でしたからなあ」
「今回の勝利は、文字通り勝利の女神に強奪されましたな。いやあ、残念でしたなあ」
「あはは、本当にそうですねえ。確かに強奪されたって表現がぴったりな気がします。いやあ、それにしても俺の勝利を信じて賭け券を買ってくださった皆様には、本当に申し訳ない気持ちで一杯です」
ホテルハンプールで開催された祝勝会に参加している俺は、先ほどからここハンプールの商工会の役員の名札をつけた偉い人達に取り囲まれて、営業時代を思い出してひたすら愛想笑いを顔に貼り付け続けているところだ。
俺を取り囲んで笑っているやや年配の男性達の言葉に、俺は誤魔化すように笑ってそう言い、手にしていた白ビールを飲み干す。
側にいた俺の父親くらいの年齢の役員さんの一人が、空になった俺のグラスに即座に追加の冷えた白ビールを注いでくれた。
どうやら俺が冷えたビールが好きだって事は、ホテルのスタッフの方々はもちろん、この場にいるほぼ関係者全員に知れ渡っているらしく、例のラベルの白と黒の地ビールをはじめ、乾杯用に用意された色々なビール各種は全て冷えた物が用意されているのだ。もちろん、用意されているお酒はビールだけじゃあなくてワインや高級ウイスキーなど様々な種類があり、お酒好きなハスフェル達は大喜びでガバガバ水みたいに飲んでいるよ。
しかも、それを見て興味を示した何人もの人が冷えたビールを飲んでみたがり、その結果、冷えたビールが大人気となっているみたいだ。
ホテルのスタッフさん達が、手早く冷えたビールの減った分を確認しては追加を出して回ってくれているよ。
よしよし、街の居酒屋でも冷えたビールが今後出てくれるようになれば、毎回自前で瓶ごと冷やす必要がなくなるからそれはそれで有り難いよ。ハンプールだけじゃあなくて他の街でも是非とも流行って欲しいものだね。
あちこちで冷えたビールで乾杯する声を聞きながらそんな事を考えて笑った俺も、追加でもらったビールを役員さん達と祭りの成功を祝して乾杯してから、半分ほどぐいっと一息に飲んだ。
はあ、やっぱり冷えたビールは美味しいよな。
俺の周りの役員さん達の会話は、どうやらどの人の賭け券を買ったかで盛り上がっているみたいだ。
「確かに、ケン殿の三連覇を信じて単勝を買っていた人は多かったでしょうから、今頃泣いている人は多いかもしれませんねえ。実を申しますと、私もケン殿の、単勝の賭け券を少々購入しておったのですよ。いや、残念です」
「おや、貴方もでしたか? 私と妻もそうだったんですが、まあ、こればかりは文句を言うても仕方ありますまい。賭け券とはそういうものですからな。それに実を申しますと、この春成人となった息子がケン殿の大ファンでしてね。ようやく賭け券が買えるようになったと言って喜んでケン殿の単勝の賭け券を相当購入しておりましたので、帰って今月の小遣いが壊滅した息子を慰める仕事が残っております。こちらの方が大変そうです。追加の小遣いをやるべきかどうか、妻と相談せねばなりませんなあ」
「うわあ、それは申し訳ない! 俺からも謝っていたとお伝えください!」
漏れ聞こえた会話に、思わず横から入ってしまう。
さすがに成人年齢になってようやく買えた初めての賭け券が壊滅だと、それは懐的にも精神的にもダメージが大きそうだ。
「あ、そうだ。俺のファンだって言ってくださるのなら、せめてこれだけでも贈らせてください!」
不意に思いついた俺がそう言って取り出したのは、ブラシをしている時に落ちたのを見つけて拾っておいたマックスのヒゲだ。
「おお、これはもしや騎獣であるマックスのヒゲですか? さすがに長いですねえ」
ヒゲを渡した役員の男性が、驚いたようにそう言ってまじまじとマックスのヒゲを見る。
まあ、驚くのも無理はなかろう。普通こんな大きくて長いヒゲはないからね。
仮にペットの犬を飼っていたとしても、抜けるヒゲはせいぜい手のひらくらい。長くても数十センチだ。
これは今のマックスから抜けたヒゲだから、長さもかなりあるし根本辺りは相当太くて人の指くらいの太さはあるよ。
ちなみに、ニニ達のヒゲも抜けているのに気がついたらこっそり集めている。最近では俺がヒゲを集めているのに気がついたらしいアクア達が、はい、落ちてたから拾っておいたよ〜〜! とか言って得意そうに渡してくれたりもしている。もちろん、全部有り難く受け取って収納しているよ。
魔獣であるマックスやニニ達から抜けた毛やヒゲはもちろんそのまま残るんだけど、ジェムモンスターの従魔達の場合はちょっと違う。
体毛やヒゲなんかが自然に抜けた場合、大体二十四時間、つまりほぼ一日くらいで全部消滅してしまう。
ブラシをした時なんかは、さすがに一気に多く出るからスライム達にまとめて処分してもらっているけど、あれだって放置しておけば一日経てば消滅してしまうんだよ。
素材として残るのは、あくまでもジェムモンスターを倒した際に出るアイテムのみなんだよな。
なのでお空部隊の面々から抜けた羽なんかも、だいたいそれくらいで消滅している。
最初の頃、それを知らずに抜けた羽を綺麗だと思って置いておいたらいつの間にか無くなっていて、どこへやったのかと探し回った事が何度かあるよ。
その後、ハスフェル達にジェムモンスターの従魔から抜けた毛や羽がどうなるかを教えてもらって納得したのは、もうかなり前の話だ。
「たくさんありますのでお気になさらず。息子さんに、また次は頑張るので応援よろしくとお伝えください」
大感激している役員さんにそう言いながら笑って手を振りその場を離れた俺は、ビールのつまみになりそうなものを探しに料理が並ぶテーブルへ向かった。
「あの、ケンさん。ちょっとよろしいでしょうか?」
背後から聞こえたアルバンさんの声に、驚いて振り返る。
「ええ、どうかしましたか?」
不思議そうにそう尋ねると、真顔のアルバンさんがすぐ側にいてもっと驚く。
「今、今彼に渡したあのヒゲ。まだありますか?」
「ええ、ありますよ。あ、アルバンさんも要ります?」
そう言いながらもう一本取り出して渡すと、何故か両手で受け取ったアルバンさんがプルプルと震え始めた。
「こ、こんなものがあるなんて。そうか。魔獣のヒゲは残るのか……もう少し、もう少し早く知りたかった……せめてレースの前に知っていれば、お守りとして絶対に売れたのに……」
マックスのヒゲを握りしめてまだプルプルと震えながら小さな声でそう呟くアルバンさんを見て、俺は無言でそっと離れたのだった。
うん、触らぬ神に祟りなし。だよな。あれ? ちょっと違うかも……?