ジェムの結晶化
「お疲れさん。皆、お腹はいっぱいになったのか?」
二面目をクリアーして大満足で身繕いしているニニを撫でてやると、嬉しそうに目を細めて声の無いニャーをされた。
「何だよそれ、本当に可愛いなあお前は」
そう言って笑って、ニニの首に抱きついてやる。
ニニが嬉しそうに、物凄く大きな音で喉を鳴らし始めたので、笑った俺は抱きしめて埋もれたまま、もう一度力一杯抱きついてやった。
「ご主人、私もー!」
「そうよ。ニニだけなんて、狡いですー!」
レッドグラスサーバルキャットのソレイユと、レッドクロージャガーのフォールが、大きな身体のままでそう叫んで俺達に飛びついて来た。
「こらお前ら、待て待て!今の自分の身体の大きさを考えろって!」
予想通り、二匹揃って舐めようと俺の顔にその大きな顔を寄せて来たので、慌てて顔を腕で守ってそう叫ぶ。
たとえ軽くであっても、巨大化した状態であの舌に舐められたら、絶対肉がもげるって!
言葉が通じて良かったと割と本気で思ったのは、巨大化した二匹に思いっきり押し倒された後の事だった。
俺の叫びに我に返った二匹が、舐める直前で驚いたように止まってくれたからだった。
「あはは、割と本気で怖かったぞ。頼むからそれをするなら小さくなってからにしてくれよな」
戸惑うように俺を見下ろしたまま固まっている二匹にそう言った俺は、苦笑いしながら起き上がって順番にその大きな顔を抱きしめてやった。
おお、小さい時と、また手触りが違うぞ。うん、これはこれで良い感じだ。
「怖がらせるつもりは無かったの。ごめんなさい、ご主人」
「本当にごめんね。以後気を付けます」
しょんぼりと揃って謝って来たので、もう一度抱きしめてその額にキスしてやった。
「大丈夫だよ。お前達に害意が無いのは分かってるよ。俺の方こそ、ヘタレでごめんな」
俺の言葉に、嬉しそうに目を細めて喉を鳴らした二匹が、今度は額を俺に擦り付けて来た。倒れそうになるのを必死で堪えて踏ん張り、笑ったニニが背中を支えてくれたので、何とか二匹を受け止めてやった。
「おやおや、仲が良くて結構な事ですね」
ベリーの笑う声に、俺はフォールを抱きしめていた腕を緩めて振り返った。
「どこへ行っていたんだ? 狩りの間はいなかったよな?」
俺の声に、それぞれの従魔を撫でていた三人も振り返る。
「ええ、ダークグリーンオオサンショウウオの大繁殖が起きそうになっていたので、対処しておきましたよ。ちょっと大変でしたが、ジェムを全て集めて来ましたので誰にお渡しすれば良いですか? また半分ずつでよろしいですか?」
あまりに平然と言われたのでうっかり返事をしそうになって、慌ててもう一度振り返る。
頷いたベリーが、右手に持って差し出しているのは、バスケットボールどころか大型犬くらいはありそうな巨大なジェムだった。俺なら絶対片手では持てないぞ。
しかし、差し出されたそれは完全な透明ではなく、冷凍庫の氷みたいに下側の部分に白っぽい塊が見える。
「あれ? そんなジェムは初めて見るな。中が白くなってる。不純物が混じったとかそんなのか?」
思わずそう聞いたくらいに、そのジェムは今までとは違って何やら異質な感じがした。
同じく振り返ってこっちを見ていたハスフェル達が、それを見て慌てたように駆け寄って来た。
「白いジェム……ほう、この大きさで、ここまでの白い結晶が出るのは珍しい」
嫌そうなハスフェルの言葉に、隣ではギイも同じように顔をしかめている、
「今回のダークグリーンオオサンショウウオの、亜種のジェムの約半分程が白いジェムでしたね。これは行ったのが私で良かったです。このまま気が付かなければ、いずれ大変な事になる所でしたよ」
「感謝するよ、ベリー。俺達二人でも、知らずに行けば無傷では済まなかっただろうな」
「本当だな、心から感謝するよ。しかし、亜種の約半分が結晶化しているという事は、恐らく地脈が整ってから一度も出られなかったんだろうな。これは酷い」
真顔の二人の言葉に、後ろで彼らの会話を聞いていた俺とクーヘンは、ただただ驚くしか無かった。
あの彼らが、二人掛かりでも無傷では済まないって、いったいどんなジェムモンスターなんだよ。
『うわあ、亜種が結晶化していたなんて、これはちょっとまずいね。後で、他にも出ていないか各地の主立った繁殖場所の確認をしておくよ』
わざわざ念話で俺に教えてくれたシャムエル様は、ハスフェルの肩に飛び移って彼らと何やら真剣な様子で話を始めた。
ギイとベリーも顔を寄せて一緒に話をしているが、どうやら念話で話をしているらしく、今の俺の耳でも会話が漏れてこない。
うう、これまた嫌な予感しかしないぞ。
「なあ、ジェムの結晶化って何か知ってるか?」
黙っていると間が持たないので、何か会話がしたくて、とにかく隣にいるクーヘンに話し掛けた。
「ええ一応は……でも、私も結晶化したジェムは初めて見ました」
半ば呆然とそう呟いたクーヘンは、一度深呼吸をして俺を見上げた。
「通常のジェムは、完全な透明で濁りや不純物はほとんど含まれていません。その為、常に力が一定で安定した燃料として使えるんです」
確かに、今まで集めたどのジェムも、はっきり言ってとても綺麗な透明の水晶みたいな塊だった。形や大きさに違いはあったが、あんな風に中に白い塊が出ているのは、俺も初めての事だ。
頷いた俺は、ベリーが持ってる巨大な白い塊の出たジェムを見た。
「じゃあ、あれは何が問題なんだ?」
「それは……申し訳ありませんが、私も、何故ジェムがあんな風になるのかは詳しくは知りません。ただ、結晶化したジェムを持つジェムモンスターは、同種のジェムモンスターよりもはるかに獰猛で危険だと聞きます。特に、強い亜種が結晶化すると、その威力は手練れの冒険者であっても非常に危険なんだとか」
「じゃあ、知らずに普通の冒険者が出会ったりしたら、大変な事になるんじゃないか? ハスフェル達でも無傷で済まないのなら、大抵の冒険者は怪我どころか……はっきり言って生きてないだろう」
「そうですね、恐らくそうなると思います」
身震いして腕を抱えるようにしたクーヘンは、大きなため息を吐いた。
「しかし、ケンタウロスとは凄いのですね。その結晶化したジェムモンスターをまるでそこらに生えていた雑草を刈ったかのように、簡単に倒して来たと仰いましたね」
「まあ、ベリーだからな」
「そうですね。ベリーですものね」
やや投げやりな俺の言葉に、笑ったクーヘンもそう言って若干遠い目になった。
まあ、どうやらフランマも一緒に行っていたみたいだから、実際にはベリーとフランマの二人で倒して来たって事なんだろう。フランマも、火の魔法の凄い使い手だって言ってたもんな。
うちのパーティーは戦力過剰だと思っていたけど、こんな事があるのなら、過剰戦力も時には必要なんだなって思ってしまった。
でもまあ、もしも誰かが怪我でもしていたら、大変な事になるところだったから、後で、大活躍のベリーとフランマには、しっかりとそれぞれ希望の果物を山盛り出してあげておこう。
どうやら話が終わったようで、ハスフェルが、ベリーの持っていた結晶化したのだと言う白濁したジェムを受け取った。
「なあケン。俺でもここまでの大きさの結晶化したジェムは持っていないんだ、一つ貰っても構わないか?」
嬉しそうなハスフェルの言葉に、慌てた俺はベリーを見た。
「全然構わないけどその前に! ダークグリーンオオサンショウウオの大繁殖を止めたって言ってたよな……ちなみに、集めたジェムが幾つ有るか聞いてもいいか?」
俺の脳裏に浮かんだのは、既に幾つ有るのかすっかり忘れるレベルの、ブラウングラスホッパーのジェムの事だった。
大繁殖って言ったら、あのレベルなのか? それはさすがにちょっと多過ぎるぞ。
「大丈夫ですよ、未然に防ぎましたから、ブラウングラスホッパー程の数にはなっていません。大した事はありませんよ。普通のジェムが8,264,839個、亜種のジェムが3,357,135個ですね。これの亜種には、残念ながら素材はありませんでしたね。それでどうしますか? 半分ずつでよろしいですか?」
ホッとしたのも束の間、平然と告げられたその言葉に、俺達は揃って気が遠くなるのだった。
「それのどこが、大した事ないんだよ!」
拳を握って力一杯叫んだ俺は、間違ってないよな?