五周戦スタート!
「はい、それでは準備も終わったようですよ。いよいよ最後の五周戦が始まりますよ! 皆様、スタートラインにご注目くださ〜〜い!」
司会者さんの声が聞こえ、スタートラインに並んだ俺達は揃ってぐっと前のめりになる。
ちなみに、新人コンビのシェルタン君がウサギに立ったまま乗っているのを見て、あちこちから驚きの声が上がっていた。
シェルタン君は、恐らくわざとなんだろうけどここへ来るまでピッピの背の上に立ったまま、ごくゆっくりとしかピッピを進ませていないんだよな。なので、会場に集まった観客の皆さんは、まだ彼が全力疾走するところを一度も見ていないんだよ。
絶対にすぐに振り落とされるぞ。とか、いや、郊外へ出る時に走っているのを見た事があるけど、意外に安定していたぞ! 等々、好き勝手に言う人達の声が聞こえてきてシェルタン君は密かに笑いを堪えていたよ。
そして、スタートの合図の銅鑼が力一杯叩かれて大きな音が響き渡る。
弾かれたようにマックスが走り出し、俺はもう手綱を握りしめて必死になってマックスにしがみつくようにして体を伏せた。
速い速い。
周りの景色を認識するまもないくらいだ。
これ、お客さん達はちゃんと俺達が見えているんだろうか?
ちょっと心配になるレベルの速さだよ。
何しろ前回までは馬が一緒に走っていたので、俺達だけがあまり速過ぎてもレースとして面白くなかろう。って事で、ある程度事前に打ち合わせをしていて、一周目と二周目は馬達に合わせて俺達は流して走り、三周目の後半で一気に加速していたんだよ。
だけど、今回は全員が魔獣やジェムモンスターに乗る魔獣使いとその仲間達。って事は、逆に言えば誰に遠慮する事もなく自由に走れるって事なんだよ。
なので今回、事前に決めていたのは卑怯な真似はせずにもう好きに走ろうって事だけ。
マックス達は、五周ぐらいならずっと全力疾走でも大丈夫だって言っていたし、新人さん達の騎獣達も、全員揃ってやる気満々だったからね。
「さあ、ついに始まりました五周戦! 一斉に綺麗なスタートを切った魔獣使い達は、どうやらものすごいスピードのまま一団となって走っているようです。でもって途中経過の報告ですが、速すぎて順位が目視では確認出来ないって、泣きの連絡が順位確認係のスタッフ達から次々に入ってま〜〜す。もしも順位が見えた人がいれば、お近くのスタッフに教えてくださいね〜〜!」
相変わらずな司会者さんの解説が聞こえて思わず笑っちゃったよ。
『なあ、速すぎて順位が見えないって言われてるぞ』
俺は、少し考えてハスフェル達にこっそり念話でそう知らせた。
『ああ、そう言ってるな。じゃあ、ケンはゆっくり走ってくれても構わないぞ』
『絶対嫌だね!』
笑ってそう答え、さらに加速する。
一周するのは本当にあっという間だったよ。
「さあ、戻ってきました一周目! 先頭は誰でしょうか! ってか、こんな速さで本当に五周走れるんでしょうか?」
若干心配そうな司会者さんの声を聞きつつ、俺達はそのまま一気に舞台の前を駆け抜けていく。
「すみません! 本当に全然順位が見えませんでした! とにかく誰も遅れずに走っている事だけは分かりましたね!」
半ばヤケクソな司会者さんの解説に、俺だけじゃなくハスフェル達も鞍上で爆笑していたよ。
そのあとは、走りながらお互いに密かに位置取りをして順位が時折入れ替わったりはしたが、誰一人脱落しないままで二周目、三周目とレースが進んでいった。
若干スピードが落ちて余裕が出来たので、俺はこっそり首を回らせて順位を確認してみた。
ピッピに乗ったシェルタン君は俺達の走りにほぼ遅れずにしっかりと食らいついてきているし、ムジカ君の乗るミューもランドルさんが乗るビスケットと並んで、すぐ横を遅れる事なく走っている。
ボルヴィスさんとアルクスさん、それからクーヘンもほぼ一列のまま競り合うようにして走っている。
一応先頭にいるのが俺とハスフェルとギイ、すぐ後ろをオンハルトの爺さんとリナさん一家がほぼくっついた状態で走っている。
集団の中にレニスさんの姿が見えなくて一瞬驚いたんだけど、なんと彼女が乗る一号は、街道の外側を俺達から少し離れて走っている。
道は円形なんだから当然内側のほうが有利なんだけど、あえて彼女は外に膨らむ事で走りやすさを優先したみたいだ。
それなのに遅れる事なく走っているのはかなり凄いと思うぞ。
結局、誰一人脱落しないまま四周目も終えてとうとう最終の五周目に突入した。
五周目に入った途端にマックスがさらに加速する。
「頼むぞマックス!」
さらに体を伏せてもうほぼ張り付いているような状態になった俺は、小さくそう呟いてぐっと手綱を握りしめた。
「もちろんです!」
マックスがそう答えて赤橋が見えた瞬間、まだ更に加速したよ。
「ああ、もうちょっと頑張ってくれって!」
「無理〜〜!」
新人コンビの悲鳴のような声が一気に遠ざかっていく。
「おおっと、ここで順位に変化があった模様です! シェルタンとムジカが二人揃って集団から遅れた模様。先頭のケンとハスフェル、ギイの三人が一気に加速して体半分先に出た模様です! さあ、誰が一位で戻ってくるんだ!」
司会者さんの大声が響いたけど、俺はもう必死になってマックスにしがみついていて後ろを振り返る余裕なんて無い。
「さあ、先頭集団が戻ってきた! 一位は誰だ!」
「行け〜〜マックス!」
司会者さんの叫び声の中、伏せたまま大声で叫ぶ俺。
そのまま更に加速した俺達は、団体のままでもつれるようにしてゴールに飛び込んで行ったのだった。