スタート前の時間
「よし! 取り返したぞ!」
拳を握ってガッツポーズを取るギイの叫びに、見学していた俺達は揃って吹き出しつつギイの健闘を讃えて拍手を送ったのだった。
豪華な昼食の弁当を食べ終えた俺達は、さすがに飲む事も出来ずに時間を持て余してしまい、結局またしてもゲームで遊んでいた。
最初はギイが用意したすごろくゲームをチーム戦で遊んでいたんだけど、午前中のカードゲームでのリベンジ戦をギイがハスフェルに申し入れ、それなら、ギイから取ったあのカードも使ってゲームをするとハスフェルが言って受けたところで、一対一のタイマン勝負が始まったんだよ。
そりゃあもう、予想以上のもの凄い激戦になった。
しかも、実は二人ともあれ以外にも結構な数のレアカードを持っていたらしく、見学しているランドルさんやアーケル君達が揃ってカードが出るたびに驚きの声を上げていたほどだった。
結局、最後は半ば力押しでギイが攻めきり、午前中に取られたあのレアカードだけでなく、他にも色々と強奪して満面の笑みになっていたのだった。
ハスフェルの方は、そんなギイを見て苦笑いしつつもかなり悔しそうだったので、きっとそのうちにまたリベンジのリベンジ戦があるのだろう。
そう思って聞いてみたところ、何とこの二人の間でのカードの対決とやり取りはもうかなり前から何度も行われている恒例の対決らしく、取られたらまた取り返すさ。と言って二人揃って笑っていた。
成る程。ある意味長命の貴重な仲間でもある彼らにとって、これはもうお約束的ないつもの戦いなのだろう。
納得して頷きつつ、こういうコレクションも面白そうだな。なんてのんびり考えていた俺だったよ。
「お待たせ。そろそろ準備してね〜〜」
ハスフェル達やランドルさん達に、こういったゲームのお店が何処にあるのかを教えてもらっていたところでテントの垂れ幕を外から叩いたエルさんの声が聞こえた。
「ああ、もうそろそろ時間か。じゃあ行くとするか」
笑ったハスフェルがそう言って立ち上がり、ボードゲームをしていたアーケル君達も揃って立ち上がる。
俺は、駆け寄ってきたマックスの大きな頭を抱きしめて、その額に俺の額を当てる。
「いよいよだな、目指せ三連覇だぞ」
「はい、頑張りますのでご主人は絶対に落ちないようにしがみついていてくださいね!」
尻尾扇風機状態なマックスのやる気満々な言葉に、もう笑うしかない俺だったよ。
とりあえず散らかしていたゲームは全て片付け、全員の準備が整ったところで揃って頷き合う。
「じゃあ、誰が勝っても恨みっこ無しって事で、よろしくな!」
誰が言い出したわけでもないが、全員揃って円陣を組んで中央で手を重ね合う。
「おう!」
俺の言葉に全員の声が重なり、一気に手を離す。
それから笑顔でハイタッチをし合ってから、それぞれの騎獣の手綱を引いてテントの外へ出ていった。
当然、テントから出た途端にもう今まで聞いた事がないくらいの大歓声に包まれる。
もの凄い大歓声と共に、あちこちから俺達の名前だけでなく、マックス達騎獣の名前を呼ぶ声も聞こえる。
開き直った俺達はもう堂々とその場でそれぞれの騎獣に飛びのり、ゆっくりと列をなしてスタート位置まで行進していったのだった。
「うああ、緊張してきた!」
「言うな。俺もだ」
「俺も俺も。喉がカラカラになってきたよ」
ここまでは余裕な顔で鞍上から観客の人達に向かって手を振ったりしていた草原エルフ三兄弟だったけど、スタートラインの後ろに到着した途端に揃って大きなため息を吐いてそう言いながら空を見上げていた。
三周戦からの移動組の俺達は、まあこの大歓声も三度目なのでそれなりに慣れてきたけど、初参加組は全員揃って緊張のあまり無言になっている。
ようやく復活した草原エルフ三兄弟だけど、彼ら以外はまだ固まっているよ。
「大丈夫だから、とりあえず息はしてくれよな。ほら、皆が見てるぞ」
一応ここは先輩の余裕を見せるところだよな。
笑った俺がゆっくりとマックスを進ませて、無言のまま固まっている新人コンビとレニスさんの側へ行った。
「だ、大丈夫です」
「だ、大丈夫です」
「へ、平気です」
全く大丈夫でも平気でもない答えが返ってきて、小さく吹き出した俺は手を伸ばして新人コンビの腕を思い切り叩き、レニスさんの背中も軽く叩いてやった。それからリンピオ達の背中も力一杯叩いてやる。
「はい、深呼吸〜〜吸って〜〜吐く〜〜吸って〜〜吐く〜〜!」
そう言いながら笑って一緒に深呼吸をしてやると、真顔のボルヴィスさん達やリナさん一家まで一緒になって深呼吸していた。
「あ、ありがとうございます。ちょっと息が出来るようになりました」
リンピオの言葉に、皆も苦笑いしつつ頷いている。
顔面蒼白だった新人コンビやレニスさん達の顔色も若干だけど戻ってきているので、俺はもう一回笑って彼らの腕や背中を叩いてやった。
「はい、皆様お待たせいたしました〜〜! 間も無く五周戦が始まりますのでご注目ください! 賭け券の販売も間も無く終了ですからね〜〜! どうぞ買い逃しの無いようにしてくださいよ〜〜! 皆様、贔屓の選手の賭け券、買っていますよね〜〜?」
舞台に上がった司会者さんの相変わらずの大きな声に、当然のように返事をする観客の皆さん。
なんと言うか、コンサートみたいな一体感が半端ない。
「あとはもう走るだけだな。それじゃあ行こうか!」
笑った俺が、少し大きめの声でそう言い拳を振り上げて見せると皆も笑顔でそれに続く。
当然、ものすごい大歓声が沸き上がり、会場のボルテージは最高値まで一気に跳ね上がったのだった。
「さあ、いよいよ五周戦の始まりだ。絶対に負けないぞ!」
小さくそう呟いてから一つ深呼吸をした俺は、スタッフさんの指示に従ってゆっくりとマックスを進ませてスタートラインに着いたのだった。