大混雑と三周戦のスタート!
「おおい、そろそろ移動するよ〜〜」
ギイが取り出したバトル系のカードゲームで、ハスフェルとギイの対決を皆で見学して盛り上がっていると、軽いノックの音の後に笑ったエルさんが、そう言って扉を開けて部屋を覗き込んで来た。
「おう、ちょっと待ってくれるか。よし、これでどうだ!」
顔も上げずにそう言ったギイが、何やら強そうな絵が描かれたカードを取り出して並べた。
「ふふふ、引っかかったな。じゃあ、これで終了だな。お疲れさん。このカードは有り難く貰っておくよ」
にんまりと笑ったハスフェルがそう言い、他とは全く違う真っ赤なカードを一枚だけ出して先ほどギイが並べたカードの上に置いた。
「ちょっ! お前、そこでそれを出すのは反則だぞ!」
慌てたギイの叫びに、俺以外の全員がどっと笑う。
どうやらあの赤いカードは、いわば総取りの無敵カードみたいなものらしく、このゲームは対決に勝つと相手のカードを没収出来る仕組みらしい。
基本のルールは理解したけど、細かいカードのレア度なんかを知らない俺を見て、笑ったランドルさんが詳しく教えてくれた。
なんでも、先ほどギイが出したカードは言ってみればかなりのレア度を誇るすごく強いカードらしい。しかも、もう今ではそう簡単には手に入らないレベルの貴重なレアカード。
手に入れるには、こういったカードゲームの愛好家達の間で不定期に行われるオークションで競り落とすしか方法がなく、しかも落とすとなるととんでもない金額になるらしい。
ううん。こっちの世界でもそう言うのがあるんだ。
元いた世界の大人気だったいろんなモンスターが描かれたカードゲームや、超レアカードをめぐる盗難事件や転売騒ぎがニュースになっていたのを思い出してしまい、笑いが止まらない俺だったよ。
子供の頃には父さんや母さんにモンスターのカードを買ってもらって、俺もそれなりに近所の友達と一緒に遊んだりした覚えもあるけど、ゲーム自体それほど強くなかった俺は、どちらかと言うと皆と一緒に遊ぶのが楽しかったタイプだったんだよな。
なので、必死になってレアカードを集めていた友達からは珍しがられていたんだっけ。
懐かしい記憶を思い出した俺は、レアカードを取られて凹んでいるギイの背中を笑って思いっきり叩いてやった。
「ほら、三周戦を見に行くんだから、そろそろ復活してくれよ」
「うるさい! うああ、俺のレアカードが〜〜〜!」
いつもの元気は何処へやら。顔を覆って半泣きになっているギイを見て、皆も揃って苦笑いしていたのだった。
「さあ、いよいよ三周戦だな。うわあ、凄い人出だぞ」
ギイがようやく復活したところで全員揃って厩舎へ行き、俺はすでに鞍を装着してるマックスの首に抱きついた。
「いよいよだな。よろしく頼むぞ」
「はい、絶対に勝ちましょうね!」
尻尾扇風機状態なマックスの言葉に、笑ってもう一回力一杯抱きついた俺だったよ。
ホテルを出た途端にまたしても凄い大歓声が上がる。
昨日よりも大人数になった護衛の人達に文字通り取り囲まれた状態で、そのまま会場入りする。
もう俺達全員、虚無の目になって機械的に手を振っていたのだった。
大歓声によるデバフ攻撃再び。午後までに、減った分回復するかなあ……。
ひとまずいつものテントに逃げ込み一休みした俺達は、マックス達をテントに残してまたいくつかの組に別れ、護衛の人達に守られてこっそり特別観覧席へ向かった。
一段高くなっている特別観覧席から見るゴール前の会場は、昨日以上のもの凄い人の多さで、もう完全に朝の通勤時間のラッシュアワー状態。多分、手にした鞄を離しても落ちないレベル。
小柄な女性や子供、クライン族の人達なんかは、あんなところにいても大丈夫か心配になるレベルだよ。
「ううん、この人の多さは久しぶりに見るな。これ、街中の人が全員出て来ているんじゃあないかってくらいの混雑ぶりだなあ」
苦笑いするハスフェルの言葉に、ギイ達も困ったように笑っている。
「皆様、どうぞ落ち着いて少しだけお下がりください! ゴール前が、ちょっと問題になるくらいの人の多さとなっており危険な状態になっております!」
その時、舞台上に上がった司会者の人が大きな声でそう言って、司会者さんと一緒に出てきた船舶ギルドのギルドマスターのシルトさんが手にしていた小さな銅鑼を思いっきり叩いた。
大きな音が響き渡り、賑やかだった会場が静かになる。
「皆様、もう一度申し上げます。どうぞ落ち着いて、ゆっくりと少しだけお下がりください! ゴール前が、ちょっと問題になるくらいの人の多さとなっており、大変危険な状態です!」
手を挙げた司会者さんの言葉に、ざわめいた会場がまるで生き物のようにゆっくりと動き始めた。
大丈夫かとハラハラしながら見守っていたんだけど特に大きな混雑もなく無事に人々が動いて、しばらくして、会場前は、まあやや混んでいるくらいの人の多さで落ち着いたみたいだ。
「皆様、ご協力ありがとうございます。お祭りを楽しんでいただくのはもちろんですが、どうぞお怪我などなさらぬよう、お互いに気をつけて参りましょう!」
笑顔の司会者さんの言葉に、会場からは大きな拍手があがったのだった。
どうやら、会場横にあった関係者以外立ち入り禁止になっていた一部のスペースを観客用として急遽開放したらしく、下がった人達はそっちへ移動したらしい。
気が付けばもう会場の見える範囲は、人、人、人で埋め尽くされていたよ。
「さあ、お待たせいたしました〜〜間も無く三周戦が始まりますよ。って事は、三周戦の賭け券の販売も間もなく終了ですからね〜〜! 贔屓の選手の賭け券の買い逃しは、無いようにしてくださ〜〜い!」
「大丈夫で〜〜す!」
相変わらず絶好調な司会者さんの言葉に、観客の皆が笑顔でそう答えて手にした賭け券を振り回している。
「はあい、大変よく出来ました! でも、落とすともう絶対に拾えませんから、大事な賭け券はちゃんとしまっておいてくださいね〜〜〜!」
それを見た司会者さんの大声に、会場からは大きな笑い声と元気な返事が返ってきていたのだった。
ううん、皆、ノリが良くていいねえ。
そんな事を考えていると、やや緊張気味な様子の三周戦の参加者の皆がそれぞれの馬に乗ったままスタートラインに集まってきた。
スタートラインに馬を止めたウッディさんとフェルトさんも、緊張してはいるみたいだけどとてもいい笑顔だ。よし、いい感じだ。
スタートラインに綺麗に並んだ参加者達を見て、ざわめいていた会場が一気に静まりかえる。
俺達も、拳を握って無言のままスタートラインに並んだ参加者の人達を見つめていた。
スタートの合図の銅鑼が大きく鳴り響いて、放たれた矢の如く一斉に走り出す馬達。
それを見て静まり返っていた会場から一気に大歓声が響いて、三周戦が始まったのだった。