ちょっと不安な夜と俺の癒し
「はあ、もう無理〜〜」
「やっとホテルに着いたよ〜〜〜」
「いやあ……今日の時点でこれなら、明日のレースがどれくらいの大騒ぎになるのか、もう今から怖いよ」
減ったとはいえ、かなりの人達が集まってきてホテルまで戻る間に疲労困憊になった草原エルフ三兄弟が、揃って情けない声でそう言って床にしゃがみ込んだ。
一応、ここは通常のホテルの正面玄関ではなく、そことは別の扉から入った広いロビーみたいな場所で、なんでもここからは特別区画なので一般の人は入ってこられない場所らしい。
それを聞いたとたんの、この有様である。
「まあ、確かに疲れたな」
「だな、移動するだけで疲れるなんて、逆にある意味貴重な体験だぞ」
苦笑いしたハスフェルの呟きに、面白がるような顔のギイがそう言って肩をすくめている。
リナさん達やランドルさん達をはじめ新人さん達は、もう揃って声も出ないくらいの疲労困憊っぷりだ。
「はあ。それじゃあこのまま俺の部屋に行って、何か食ってから解散しよう。一旦部屋に戻ったら、恐らく全員夕食も食わずに撃沈だろう?」
苦笑いした俺がそう提案すると、それでお願いしますって声が全員から返ってきた。
だよな、冗談抜きで俺もマジでヘトヘトだよ。
って事で、そのまま全員揃って一番広い俺の部屋に集合となり、しばらく休憩した後に少し早めの夕食となった。
メニューは俺の手持ちの作り置きや差し入れの料理だけじゃあなく、皆が持ち寄ってくれた様々な屋台料理をはじめ、せっかくだからとハスフェルとギイが頼んでくれたホテルのデリバリーも追加されて、なんだかもの凄く豪華な夕食になったのだった。
「じゃあ、明日の健闘を祈って、カンパ〜〜イ!」
なんとなく最初の乾杯だけはいつものように俺が言い、あとはもう好きに取って食べてもらったよ。
まあ、腹が膨れればそれなりに皆も復活してきたみたいで、明日の五周戦、誰が勝つかって話で大いに盛り上がったよ。
ううん、どう考えても俺の三連覇のハードルが爆上がりしている気がする。
冷静に考えても、前回俺と同じく一位だったハスフェルの乗るシリウスは、自他共に認めるマックスのライバルだし、ギイの乗るデネブやオンハルトの爺さんが乗るエラフィだってマジで強敵だ。
もちろん、クーヘンが乗るチョコやランドルさんが乗るビスケットだってそうだし、新しく参加する人達の乗る騎獣達も決して軽視出来ない子達ばかりだよ。
冷えたビールを飲みながら、明日のレースを考えて遠い目になった俺だったよ。
冗談抜きで、俺の三連覇のハードルがアッカー城壁並みの高さになっている気がするよ。
さすがに今夜は皆心得ていたみたいで、誰一人飲みすぎて撃沈する事もなく、いつもより少し早めの解散となった。
「はあ、いよいよ明日はレース本番だぞ。どうなるんだろうなあ。もう不安しかないよ」
おやすみを言って部屋に戻る皆を見送り、スライム達が綺麗に片付けてくれたテーブルを見た俺は、装備はそのままに大きなため息を吐いて、すでにベッドで待ち構えているセーブルの上に遠慮なくもたれかかった。
普段ならマックスとニニがベッド役をしてくれるんだけど、ホテルの部屋に魔獣は連れて入れないので、マックス達はホテルの厩舎だ。
なのでホテルに泊まる時は、基本セーブルが俺のベッド兼枕役を務めてくれる。
それはそれで寝心地がいいんだけど、今はマックスが側にいない事が何故かたまらなく不安だった。
しかも、もう寝ようかと思っていたんだけど、何故か全く眠くならない。
しばらく無言で豪華な天井を見上げていたんだけど、一つため息を吐いた俺は腹筋だけで一気に起き上がった。
「おや、どうされたんですか?」
突然起き上がった俺を見たセーブルが、ちょっと心配そうな声でそう言って俺を見る。
「うん、ちょっとマックスの様子を見てくる。ええと、ああ、一緒に行ってくれるんだな。じゃあ、皆はここにいてくれていいよ」
椅子の背に留まっていたファルコと、慌てたように起き上がった中型犬サイズくらいになったセーブルが護衛役で来てくれた。
俺はまだ防具をつけたままだったので、一応剣は装備してから二匹だけを連れて、心配そうな従魔達に見送られて部屋を出て行った。
足早に階段を降りて、もはや通い慣れた感のある裏口を通って厩舎へ向かう。
しかし、到着した厩舎は小さな明かりが灯されているだけで薄暗く、当然だけど勝手に入れないように厩舎の扉は施錠されている。
それを見て苦笑いした俺が厩舎の横にあるスタッフさん達のいる事務所に顔を出すと、夜勤なのだろうスタッフさんが数名、座って事務仕事をしているだけだった。
「おや、こんな時間にどうされたんですか?」
「何かありましたか?」
こんな時間に突然現れた俺を見て、慌てたように全員立ち上がって駆け寄って来てくれる。
「ああ、遅くにすみません。ちょっとマックスの顔が見たくなっちゃって。こんな時間ですが構いませんか?」
「もちろん、いつでも従魔に会っていただけますよ。どうぞ」
誤魔化すようにそう言って笑うと、笑顔のスタッフさんが大きく頷いてすぐに厩舎の鍵を開けてくれた。明かりも追加されて一気に厩舎の中が明るくなる。
「おや、こんな時間にどうされたんですか?」
厩舎に俺が入ってきたのにすぐに気づいたマックスが、慌てたように起き上がってさっきのスタッフさんと全く同じ事を言って俺を見て首を傾げる。
その、ちょっと首を傾げる仕草は可愛すぎるぞ! と、脳内で突っ込んだ俺は間違っていない。断言!
「うん、ちょっと会いたくなっただけだよ。はあ、やっぱりここが落ち着く……」
誤魔化すようにそう言って両手を広げてマックスの首元に抱きつくと、嬉しそうにワンと鳴いたマックスは俺の体に鼻先を擦り付けてきた。
はあ、やっぱりこのむくむくは最高だよ。
「いよいよ明日ですね。絶対に勝ちましょうね!」
「そうだな。いよいよだな……」
「ご主人、大丈夫ですか?」
尻尾扇風機状態になったこれ以上ないくらいのご機嫌なマックスの言葉に、そう答えたきり無言でむくむくを満喫していると、小さく鼻で鳴いたマックスに心配そうにそう言われてしまっただけでなく、集まってきたニニ達リンクスファミリーにまで取り囲まれてしまう。
どうやら、俺がちょっと凹んでいたのはマックス達に筒抜けだったみたいだ。
「ご主人大好き! 私達が何があっても一緒だからね!」
「そうだにゃ! マニがいるから大丈夫なのだにゃ!」
「ご主人、私もいますよ」
ニニだけでなく、マニとカッツェにまで心配そうにそう言われてしまい、苦笑いした俺は、愛しいもふもふ達も順番に抱きしめて、その柔らかな毛並みを満喫していった。
そしてそのままニニに抱きついて寝落ちしそうになり、慌てたスタッフさんに起こされる羽目になったのだった。
「ああ、失礼しました。じゃあ戻るよ。ありがとうな」
苦笑いしてスタッフさんに謝り、もう一回順番にマックスやニニ達を抱きしめた俺は、そのまま部屋に戻って、今度は装備を脱いでちゃんと寝る支度をしてから、大型犬サイズになったセーブルの上にもたれかかった。
集まってきた猫族軍団が俺の周りを取り囲み、さらにウサギトリオが背中側にくっつく。
タロンとフランマが並んで腕の中に潜り込んできて抱き枕役を務めてくれる。
「いつもありがとうな。おやすみ」
笑った俺は一つ欠伸をしてから目を閉じて、あっという間に眠の海へ落っこちていったのだった。
ううん、もふもふとむくむくの癒し効果、凄い。