豪華な昼食と午後のレースの始まり
「お疲れ様。お弁当や差し入れがテントに届いているから、昼食はテントで食べてね。午後からのレースも観戦するならまた案内するから、勝手な行動は取らないようにお願いするよ」
混合戦の表彰式も終わり、舞台の上を片付け始めてすぐにエルさんが迎えに来てくれたので、また少人数に分かれた俺達は護衛の冒険者の人達に取り囲まれてテントへ戻って行った。
「うわあ、なんだか凄い事になってる!」
到着したテントの中に置かれた大きなテーブルの上は、積み上がったお弁当以外にも大量の差し入れが置かれていた。
しかも、テーブルの数が出てきた時よりも多くなっているから、差し入れをテーブルに載せきれなかったみたいだ。
「はい、これが差し入れしてくれた人達のリストだよ。代表して、ケンに渡しておくね」
笑顔のエルさんが渡してくれたリストには、どこの店から誰あてに届いた差し入れなのかが、俺、ハスフェル、ギイ、と言った具合に、宛先ごとに綺麗に整理して書かれていた。
今までもそうだったんだけど、どうやら街の人達が俺達に差し入れをしたい場合、個人、もしくは何人かでお金を出してお店や屋台に依頼をして差し入れをしてもらう方式になっているらしく、個人で差し入れを直接持ち込む事は出来ない仕様になっているらしい。
成る程。確かに今までの差し入れって、全てお店や屋台からだったもんな。
もちろん、ちゃんとそういったルールを心得ている街の人達は、勝手に個人で差し入れを持ち込むような事はしないんだって。
たまに、そういった事を知らない観光客の人が差し入れを持ち込む事も無いわけではないが、その場合はスタッフさんがちゃんと説明をして、持ち帰ってもらう決まりになっているんだって。
ううん、なんと言うか色々と徹底されているんだね。早駆け祭り、すげー。
ちなみに差し入れの量と数は俺が一番多かったんだけど、ハスフェル達はもちろん、今回初参加の人達宛の差し入れもかなりあって、食べる前にリストをそれぞれ確認してもらい、大喜びな皆と笑顔で頷き合ったのだった。
うん、これはレースが終わったら改めてお礼行脚に行かないとな。
「じゃあ、まずは貰った差し入れを各自の収納袋に好きなだけ収納してもらうのがいいな。全部食べ残しになるのも勿体無いからさ」
「そうですね。では先に好きなだけ取らせていただきますね」
山盛りの差し入れを見た俺の言葉に、収納袋を取り出したアーケル君が笑顔でそう言って頷く。それを見た皆も笑顔で頷き合い、まずはそれぞれ収納袋を手に、好きなだけ差し入れの料理を収納し始めた。
新人コンビやレニスさん達も、嬉しそうに話をしながら色々と大量に収納していたよ。
一通り収納し終えたところで、どう見ても三人前くらいはありそうな大きなお弁当が配られて食事の時間となった。
もちろん、まだまだ差し入れの料理もあるので、俺以外の全員が当然のように追加を取っていたよ。
だから、お前らの食事量、どう考えてもおかしいと思うぞ。
嬉々として山盛りの追加を取る彼らを見て、思いっきり内心で突っ込んだ俺だったよ。
「さて、そろそろ午後のレースが始まる時間かな?」
食後の緑茶を飲んでまったりしながらそう呟く。
「確かにそろそろ出たほうがいいかもしれませんね」
「ゴール前に人が集まり始めているみたいだな」
テントの垂れ幕の隙間から外を見たランドルさんとボルヴィスさんがそう言ってこっちを振り返る。
「じゃあ片付けて行くとするか。ええと、残った差し入れは全部俺が収納していいかな? もう皆、取った?」
「はあい、大丈夫です」
「たっぷり頂きました!」
皆、それぞれの収納袋を示してそう言ってくれたので、片付けをスライム達にも手伝ってもらいながら、とりあえず残った分は全部、鞄に入ったサクラに収納してもらった。
「午後のレースを見るなら、そろそろ出てきてね〜」
綺麗にテーブルの上を片付けたタイミングで、テントの外からエルさんの声が聞こえて皆立ち上がった。
「はあい、今行きま〜す!」
笑ったアーケル君が大声でそう返事をして、また数名ずつに分かれた俺達は護衛役の冒険者の人達に取り囲まれつつ特別観覧席へ向かったのだった。
「さあ、ここからはいよいよ賭け券が発売されている一周戦と二周戦が始まりますよ〜〜! 皆様、賭け券の購入はお済みですか? 贔屓の選手に賭けるもよし、一番人気に賭けるもよし! どうぞ好きなだけ賭けてくださ〜い! 賭け券の販売は、レースが始まる前までですからね〜〜! 購入忘れの無いようにお願いしますよ〜〜〜!」
舞台の上では、司会者の人がマイクを手に賭け券の購入を勧めている。
まあ、これは祭りを主催している各ギルドの大きな収入になるんだから、そりゃあ張り切って勧めるよな。
その徹底っぷりに密かに感心しつつ、またさっきと同じ配置で席に着く俺達。
舞台前に集まってきている人達は、午前中よりもさらに多くなっている。
俺達は特別観覧席でのんびりジュースなんか飲みながら観戦出来るけど、舞台前は当然全員が立ち見だし、その混雑具合はちょっとした満員電車レベル。
小柄なクライン族の人達が踏み台を用意するのは、群衆に埋もれてしまうであろう彼らの安全を確保するって意味でも当然なのだろう。
まあ、今は少なくとも見える範囲には誰もいないけどね。
そんな事を考えながら、スタートラインに集まってきた一周戦の参加者の人達を、俺はのんびりと眺めていたのだった。
一周戦以上は、舞台前のスタートラインがそのままゴールになる。
まずは最初の一周戦だ。
「あ、マシューさん発見。頑張れ〜〜!」
なんとなく知り合いが出ているのを見て嬉しくなり、クーヘンと笑顔で頷き合って声援を送ったよ。
「さあ、ただ今をもちまして一周戦の賭け券の販売を終了させていただきます! では、間も無く一周戦のスタートとなります! 皆様、スタートラインにご注目ください!」
その時、舞台の上にいた司会者さんが大きな声でそう言って、舞台前のスタートラインを大きな身振りで示した。
どっと会場から大歓声と共に贔屓の選手を呼ぶ声が上がる。
俺達も張り切ってマシューさんに声援を送ったよ。
馬に乗った参加者の人達が、次々にスタッフさんに連れられてきてスタートラインに並ぶ。
一気に静まり返る会場。
スタートの合図の銅鑼の音が大きく響いた直後、一斉に走り出す馬達。
おお、早い早い。
マシューさんは、先頭集団の真ん中辺りにいる。
「うん、良い位置だな」
いきなり先頭に躍り出るのではなく、冷静にレースを見る事の出来る位置についた感じだ。
司会者の人が中継してくれるレースの様子を聞きながら、俺達も固唾を飲んでゴール前に選手達が戻って来るのを今か今かと待っていたのだった。
そうそう、早駆け祭りはレースを楽しむのがメインなんだからこうでなくっちゃね!
ようやく心置きなくレースを楽しめるようになった俺は、先頭で駆け込んできたマシューさんを見て、クーヘンと手を取り合って思いっきり声を上げたのだった。