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戦線放棄と特製クラブハウスサンド

「じゃあ、とりあえずは、まず街を出よう」

 ハスフェルの言葉に、俺たちは揃って人混みをかき分けるようにして街の外に出た。


 驚いた事に、ハンプールの港のある新市街には城壁が無かったのだ。もちろん、一応街の境界線代わりの木製の柵のようなものはあるが、家が増えて手狭になったら外へ拡張するのだと言うから、本当に仮の柵みたいだ。

 一応、街道沿いに兵隊達が詰めている建物は有り、各種ギルドカードの確認や、街へ入る際のお金の徴収をしているが、はっきり言って勝手に入ろうと思えば入り放題だ。逆に言えば、街を出るのも完全に自由。

 解放具合で言えば、東アポンよりも上だろう。

 正直言って、ちょっと治安面で心配になる程の解放っぷりだった。

「心配はいらん。この街は商人ギルドがしっかりしていて、ギルド直轄の自警団があるんだ。はっきり言って、そこらの下手な軍人よりもずっと優秀だぞ。特に、きちんと手続きを取って商人ギルドに加入しておくと、始業して数年間は色々と優遇措置があったりするんだ。だから、以前話したように、ここハンプールは新しく商売を始める者に優しい街なんだよ」

 密かに心配する俺に、ハスフェルが笑いながらそう教えてくれた。

 クーヘンも、笑って頷いている。

「そっか、じゃあ安心だな」

 何しろ、物が物だから特に安全面が心配だったが、どうやら大丈夫みたいでちょっと安心したよ。



「それで、どこへ向かってるんだ?」

 今の俺達は、街道を離れて森の中に入り、なんとなくできた獣道みたいな小さな道を一列になって進んでいるところだ。

「この森を抜けた先に良い狩り場がある。地脈の吹き出し口も幾つかあるから、従魔達に交代で狩りに行ってもらって、俺達は頑張ってジェム集めだよ」

「了解、ってか、どんなジェムモンスターがいるんだ?」

 クーヘンの希望は、レアな高額になるジェムじゃなくて、一般の人達が日常生活に使えるような、安価で使いやすいジェムだ。

 ハスフェルを見ると、彼はニンマリと悪そうに笑った。

「まあ、すぐに分かる。きっと楽しいと思うぞ」

「嫌な予感しかないのは、俺の気のせいじゃないよな!」

 態とらしくため息を吐いてそう言ってやると、ハスフェルとギイの二人揃って人の悪そうな笑みになった。

「大丈夫だよ。初心者向けだ」



 しばらく走り続け、ようやく少し開けた林のような場所に出た。

 この辺りは、低木の茂みがあちこちにあって、案外見通しが悪い。

 見ると、その低木の茂みの葉は、俺の手のひらよりも大きな葉で、風も無いのに妙に不自然に、右に左に動いている。

「目的地に到着だよ。ほら降りた」

 ハスフェルが軽々とシリウスの背から降り、仕方がないので俺もマックスの背から飛び降りた。

 全員が地面に降り立ったところで、マックスとシリウス、それからファルコとラプトル達がまずは狩りに出掛けた。

「で、ここには何が出るんだ?」

 猫族達の首輪を当然のように外すスライム達を見ながら、俺はあの茂みが何故だか気になって仕方がなかった。

「グリーンキャタピラーと言ってな……」

 ハスフェルに皆まで言わせず、俺は力一杯叫んだ。

「無理無理無理無理ー! 絶対無理だって! キャタピラーって! キャタピラーって、芋虫じゃんか!」

 もしかしなくても、あの葉っぱが妙に動いていたのは、大量の芋虫が葉っぱを食ってるせいだったんだよ。

 そんなの、絶対無理。


 本気で嫌がる俺に、二人が呆気にとられている。

「いや、本当ごめん。俺、大抵の事は平気なんだけど、芋虫だけは駄目なんだよ。ちょっと子供の時のトラウマでさ」

「ああ、言ってなかったね。以前も、ケンはゴールドバタフライの幼虫のところへ連れて行った時、こんな感じで全く戦力にならなかったんだよ」

「何だそれは、旅をしていたら、芋虫や毛虫くらいいくらでもいるぞ」

「いや、一匹な二匹程度なら平気だよ。払えば済む。だけどさ、この……群れなして出てくるのは無理、本気で無理。ごめん、今日の俺は空気だと思ってください」

 無言で顔を見合わせた二人は、シャムエル様とも顔を見合わせて無言で首を振った。

「分かった、じゃあケンは少し離れて俺達に昼飯の用意を頼むよ。せっかく来たんだから、ちょっとは働いておかないとな。クーヘンはまさかとは思うが、芋虫が駄目だなんて言わないよな?」

 真顔のギイにそう言われて、クーヘンも横目で俺を見て笑っている。

「もちろん私は平気ですよ。まあ、好きかと言われたらちょっと考えますけど、ここまで苦手ではありませんね」

「じゃあ、この後ブルーレースバタフライのいる場所へ連れて行ってやるよ、まさかとは思うが、蝶は大丈夫だよな?」

「あ、それなら大丈夫。蝶って事は羽根も?」

「もちろん。羽根は高く売れるから壊すなよ」

「じゃあ、午後からは俺も頑張るから、ここはお任せします」

 サクラを確保した俺は、そう言ってそそくさと退散して、林の近くの草地に大小のテーブルと椅子を取り出した。

「うん、あっちは見ない見ない」

 言い聞かせるように呟いて小さく首を振った。



「ええと、せっかく皆が働いている時に料理するんだから、何かちょっと手間を掛けた、美味そうなものを作ってやろう。何がいいかな?」

 腕を組んで考えた俺は、思いついて手を打った。

「よし、クラブハウスサンドにしよう」

 メニューが決まれば、待ち構えているサクラに頼んで調理道具と材料を取り出していく。

「鶏肉は、モモ肉が残ってるから、これを使うか、じゃあフライパンでカリッと焼けばいいな」

 コンロを二つ取り出して並べて、それぞれにフライパンを乗せて軽く油を入れて、火をつける前に皮の方を下にして塩胡椒をした鶏肉を並べる。

 コンロに火をつけてまずは鶏肉を焼いていく。

 その間に、食パンを一本取り出して、一枚だけ見本に八枚切りくらいに切って残りはサクラに切ってもらう。

 あっと言う間に切ってくれたので、オーブンをセットして火をつけてパンを焼いていく。焼きあがったパンは、サクラに預かってもらえるから熱々のままだ。

 パンの様子を見ながら鶏肉を焼き、これも焼きあがったらお皿に取ってサクラに預けて、また新しいのを焼いていく。

 大量の薄切りパンと、全部で十枚の鶏肉を焼いた所でフライパンの火とオーブンの火を止める。

「サクラ、トマトと洗ったレタス、それから作り置きのベーコンエッグも10個出してくれるか」

 小さい方の机に材料をまとめておき、手早く作っていく。


 焼いたパンにマヨネーズを軽く塗り、ケチャップも一緒に塗っておく。ベーコンエッグを乗せてここにもケチャップ。マヨを塗った薄切りパンを一枚乗せて、反対側にもマヨを塗る。そこに、レタスと輪切りのトマト、そして熱々の鶏肉を並べて三枚目のマスタードを塗ったパンを乗せて、最後に軽く上から押さえたら出来上がり。

 よしよし、これはバイトしていたトンカツ屋の裏メニューだったんだよな。がっつり肉が食えるけど、案外ヘルシーでお気に入りのレシピだ。もっとヘルシーにしようと思ったら、鶏肉をムネ肉かササミにして、茹でて割いて鶏ハムにして使えば更にカロリーダウンだ。


 久々に作ったけど、やっぱり美味そう。


 背後から聞こえる、ドタンバタンと三人と従魔達が暴れまくる物音を聞き流して、俺は嬉々としてクラブハウスサンドを全部で10セット作っていったのだった。

 それからヤカンに水を入れて火にかけて、濃いめのコーヒーをパーコレーターで作り、砂糖入りアイスコーヒーと、砂糖無しのブラックアイスコーヒーを作っておいてやる。



 大量の氷を作ってピッチャーを冷やしていると、笑う声が聞こえて三人がこっちへ戻って来た。

「やりましたよ。一面どころか二面クリアしましたよ」

「ケンの従魔達も張り切ってくれたからな。ご主人がいなくてもバッチリだったぞ」

「お疲れさん、飲み物は暑いかと思って冷たいコーヒーにしたけどどうする? 熱いのが良ければ別に出すよ、どっちが良い?」

 飲み物用の透明な氷を取り出しながらそう聞くと、三人は目を輝かせて声を揃えて返事をした。

「冷たいのをお願いします!」

 差し出された各自のカップに氷をたっぷりと入れてやり、俺も席に着いた。

「そっちのピッチャーが砂糖入りな。甘いのが好きな人は赤い取っ手のピッチャーのを飲んでくれよな」

 嬉しそうにクーヘンが甘いコーヒーを入れ、ハスフェルとギイはブラックをカップに注いだ。


 まずは、1セットずつ、四つの斜め三角に切ったクラブハウスサンドを出してやる。

「はいどうぞ。こっちは野菜のスープな」

 温めておいた野菜のスープも、お椀に入れて出してやる。

「おお、これは美味そうだな。前回のBLTサンドとはちょっとまた違うな」

「こっちは鶏肉が入ってるんだよ。ボリュームは多分こっちの方があると思うぞ。まあ、足りない人はこっちのを食ってくれよな」

 残りの半分を同じように四つに切って真ん中に大きなお皿に乗せて並べておく。これは残れば、作り置きチームに追加だな。


 シャムエル様は、ちょっとだけ切ってやった新作クラブハウスサンドを、アイスコーヒーと一緒に大喜びで食べていたし、皆も大満足のようだ。

 よしよし、じゃあ今度はムネ肉の鶏ハムで作っておいてやろう。


 予想通り、三人は二人前ずつ食ってたよ。しかし、相変わらず皆よく食うね。

 苦笑いした俺は、一人だけ一人前の残り一切れのクラブハウスサンドに噛り付いたのだった。

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