お祭り初日の朝
ぺしぺし……。
「おう、今日は起きるぞ!」
小さなシャムエル様の手で額を叩かれた俺は、すでに目を覚ましていた事もあって即座にそう言って目を開いた。
「うわあ、びっくりした! ええ、ケンが起こされる前から起きているなんて、何があったの? もしかして、緊張して眠れなかった?」
本気で驚いたらしいシャムエル様の言葉に続き、モーニングコール担当だった従魔達も揃って驚きの声をあげている。
「たまに起きたからって、そこまで驚かれるほどか? ってか、どうしてお前ら全員揃って巨大化しているんだよ!」
腹筋だけで起き上がり、部屋を見まわしたところで思わず突っ込む。
部屋のベッドではなくスライムベッドの上で俺の枕役を務めてくれていたセーブルと、抱き枕役だったフランマ以外の全員が何故か巨大化してスライムベッドを取り囲んでいるんだから、これは突っ込むべきところだろう。
「ええ、せっかく優しくご主人を皆で起こしてあげようと思ったのに〜〜」
巨大化したヤミーが、そう言いながら長くて太い尻尾で俺の頬を軽く叩いてスルッと逃げていく。
「ああ、この長い尻尾も良きかな良きかな」
笑いながらそう言って、逃げる尻尾を追いかける。
「と見せかけて、本体を捕まえれば自然と尻尾は付いてくるんで〜〜す!」
両手を広げて巨大化したヤミーの背中に飛びついた俺は、笑いながらそう言ってそのままヤミーを床に押し倒す。
もちろん、これはヤミーが俺が飛びついたタイミングに合わせて床に転んでくれたおかげだよ。
「おお、これも良きもふもふ〜〜〜!」
腹側に抱きついて、ニニとは全く違うもっこもこなヤミーの腹毛の海を堪能する。
「ご主人捕まえた〜〜〜!」
嬉しそうなヤミーがそう言い、両前脚を使って俺を抱きしめるみたいにして捕まえる。
「からの〜〜〜キックキックキック!」
ごくごく軽いヤミーの後ろ脚による猫キックが俺の腹に炸裂する。
「うわあ、やられた〜〜〜」
笑いながらそう言って抱きついていた手を離すと、もう一度ごく軽く蹴られて仰向けに倒れ込む。
「ご主人確保〜〜〜!」
次に飛びついてきたのは、同じく巨大化したティグとマロン。
左右から飛びつかれてまたしてももふもふの海に沈む。
冷静に考えたら、これって完全に獲物扱いだけど、まあ自分の従魔を怖がる必要は全くないので気にしないでおく。
その後も、次から次へと飛びかかってくる巨大化した従魔達と思いっきりスキンシップを楽しんでいると、念話が届いた。
『おおい、そろそろ起きてくれよ〜〜』
『朝飯の時間だぞ〜〜〜』
一応、今日は全員で食事にしようって言っていたから、慌てて起き上がる。
『おう、おはよう。もう起きていて従魔達と戯れていたよ。じゃあ顔洗って俺の部屋に集合な』
『りょうか〜い』
笑った声が聞こえてからトークルームが閉じる気配がする。
「さてと、それじゃあ俺も顔洗ってこよう」
立ち上がって思いっきり伸びをしてからそう呟き、まずは顔を洗う為に洗面所に向かった。
いつものように顔を洗ってサクラに綺麗にしてもらってから、サクラを水槽の中へ放り込んでやる。
それから、次々に跳ね飛んでくるスライム達を捕まえては水槽に放り込み、全員放り込んだところで水遊び大好きチームと場所を交代してやる。
一応ホテルの洗面所は、壁も床も全面タイル張りになっていて少々水をこぼしても大丈夫な造りなので、従魔達も心置きなく水遊びが出来るみたいだ。
もちろん終わったら綺麗にしてくれるので問題なし。
大はしゃぎな子達を見て和んでから部屋に戻り、手早く身支度を整える。
タイミングよく、終わったところでノックの音がした。
「はあい、おはよう」
一応、扉に付いている小さな覗き窓から外を確認して扉を開けてやる。
「おはよう。一応、朝食のデリバリーを頼んでおいたからな」
部屋に入ってきたハスフェルにそう言われて、一瞬驚いたけど笑って頷く。
「そっか、ありがとうな。じゃあ届くのを待つとしようか」
部屋に戻り、とりあえずホットコーヒーとミルク、それから新人コンビ達用のお砂糖も用意しておく。
「おはようございます!」
「おはようございま〜す!」
次々にやってくるリナさん達やランドルさん達、新人さん達と挨拶を交わし、のんびりとコーヒーを飲んでいたところに、これまた大量の朝食メニューが届いた。
うん、タマゴサンドに始まりサンドイッチ各種やコーンスープやサラダなんかはいいとしても、分厚い肉がガッツリ三段に挟まれた俺の手のひらよりも大きいハンバーガーや、子供の腕くらいありそうな超太いソーセージが挟まれた巨大ホットドッグは、どう見ても朝食メニューじゃあないと思う。
それ以外にも、何故かステーキや巨大ハンバーグなんかも大量にあって、割と本気で遠い目になった俺だったよ。
シャムエル様〜〜〜! やっぱりこの世界の人達の食べる量は絶対に初期設定を間違っていると思うぞ。
割と本気で脳内でそう突っ込みつつ、まあ別にいいかとも思いそれ以上考えるのは放棄したよ。うん、全部まとめて明後日の方向へ蹴り飛ばしておこう。
苦笑いして、とりあえずタマゴサンドと野菜サンド、それから鶏ハムを散らしたサラダがあったのでそれをもらい、もう一杯ホットコーヒーを用意してから席についた。
「ええと、今日から早駆け祭り本番です。まあ今日は俺達もレース見学するだけだけどね。忙しいとは思うけど、もしよかったら明日の五周戦、見に来てくれると嬉しいです」
毎回来るのは難しいと言っていたから、もしかしたら駄目かもしれないけど、せっかくなのでそう言ってから手を合わせて目を閉じる。
いつもの収めの手が俺の頭を撫でてくれる感触に笑顔になる。
ゆっくりと目を開けると、収めの手がサンドイッチを撫でてお皿ごと持ち上げているところだった。
俺の視線に気がついたみたいで、収めの手がこっちに向かって手を振った後、謝るみたいに手を合わせてからコーヒーを撫でて消えていった。
「あれは、駄目だって意味かな? まあ、残念だけど仕方がないか。神様でも、なんでも自由に出来るわけじゃあないんだな」
苦笑いしながらそう呟き、困ったように笑いながらうんうんと頷くシャムエル様の前にいつものタマゴサンドを小皿に載せてから置いてやった。
うん、とりあえず食おう。