今のご主人って?
「ああ、いかんいかん。マックスに抱きついているとついいろんな事がどうでもよくなる」
苦笑いしてそう呟いた俺は、一つ大きなため息を吐いてマックスから顔を上げた。
膝の上に留まったネージュは、そんな俺を見て目を細めてクルルと甘えるみたいに鳴いた。
「そうだよ。マール正解。この子があの時のフクロウだよ。朝目が覚めたら、部屋にいた焦茶色だったフクロウの羽色が真っ白に変わっていたんだ。俺も冗談抜きで本気で驚いたんだからさ」
笑った俺がそう言ってやると、目を見開いたマールとリンピオが揃ってこう叫んだ。
「ま、まさか創造神様の交換!」ってね。
「おう、そのまさかの創造神様の交換だよ。正真正銘本物のな」
なにしろご本人直々の変化だからね。
笑った俺がそう言ってネージュを撫でてやると、ネージュは甘えるみたいに俺の指を甘噛みしてから指先に何度も頬擦りをしてくれた。
「ああ、もうお前はなんて可愛いんだ〜〜〜」
その遠慮がちな甘え方に悶絶した俺は、両手でネージュを捕まえておにぎりにしてやった。
「そ、そんな事……」
「有り得ないって……」
俺に遠慮なく甘えるネージュを見たマールとリンピオは、呆然とそう呟いたきり絶句してしまった。
「有り得なくないよ。目の前で起こった現実だよ。紋章も消えていたから、改めて俺がテイムしたんだ。何か問題があるかい?」
あえてそう言ってマールを見ると、彼は目を閉じて小さく首を振った。
「問題なんてありません。あるわけがない。あの……アルが幸せそうで……よかったです」
消えそうな声でそう言って、また俯いてしまう。
あまりにも大人しいその様子に、俺もどうにも自分のペースが掴めない。
ううん、初対面の時の俺を親の仇かってくらいの怒り顔でガン見していた時の印象が凄すぎたんだけど、こうして改めて見ていると、なんというか普通の若者って感じがする。
まあ、少々考えなしな部分はあるみたいだけど、一応、それは若さ故って思っておこう。俺だって十代の頃は……。
そこである事をふと思いついて、いい機会なので聞いて見る事にした。
「なあ、ちょっと質問だけど、いいか?」
ちょっと改まった俺の言葉に、二人が慌てたように顔を上げて俺を見る。
「はい、何ですか?」
リンピオがそう言って俺を見る。
「いや、ちょっと単なる疑問なんだけどさ、二人って同い年だって言っていたけど、二人って今幾つなんだ?」
これで、俺より年上とか言われたらどうしよう。
一瞬そんな事を考えて笑いそうになったんだけど、二人は無言で顔を見合わせてから揃って俺を見て口を開いた。
「十八歳です」
おうマジで十代だったよ。
「おう、若いねえ。そっか。じゃあまだまだ人生これからだな。大丈夫だよ。どんな失敗だって、生きてさえいればやり直せるって」
笑ってそう言って、横にいたマックスに手を伸ばして撫でてやる。
「じゃあ、まずは従魔達との触れ合い方講習だな。ほら、立って」
そう言いながら立ち上がると、マールとリンピオも慌てたように立ち上がった。
皆も立ち上がってそれぞれのスライム達が元の大きさに戻ってあちこちに転がる。
「ええと、その前に一つ言っておくな。魔獣使いじゃない人に従魔を渡すのって、貸す時と譲る時があるんだ。ちょっと待ってくれよな」
俺はそう言って、少し離れたところに座っていたオオカミのタバサを見た。
「タバサ、ほら、おいで」
俺の呼びかけに一瞬驚いたみたいにビクってなったタバサだったけど、俺が笑顔で手招きしてやると、嬉しそうにワンと吠えて駆け寄ってきた。
「なあタバサ、ちょっと聞いていいか?」
「はい、なんでしょうか?」
大人しく良い子座りになったタバサに話しかけると、何事かと言わんばかりに首を傾げながらそう言って俺を見る。
「今のお前のご主人って、誰なんだ? マール? それともリンピオ?」
「リンピオです。前のご主人から、この子に乗ればいいって言って譲られましたから」
嬉しそうにそう答えるタバサを笑って撫でてやる。
「そっか、お前の今のご主人はリンピオなんだな。じゃあリンピオとくっつくやり方を覚えないとな」
笑ってそう言い振り返ると、予想通りに真顔の二人が俺を見ていた。
ちなみに、マックス達が揃ってドヤ顔になっているので、タバサはマックス達からご主人への甘え方を聞いているみたいだ。
「リンピオにこの子をマールが渡した時点で、譲渡は完了している。つまり、この子にとってマールは自分をテイムして名前をくれた前のご主人で、今のご主人はリンピオなんだ。紋章に変化が無いのは、リンピオが魔獣使いでは無いからだよ。ちなみに、魔獣使い同士で従魔のやり取りをすると、ほら、こんな風に紋章が混ざるんだぞ」
俺がそう言うと、ミニヨンとカリーノが先を争うようにして俺のところへ駆け寄ってきた。
「ほら、この紋章を見てみるといい。この子達は最初に俺の紋章を刻んでいたから、譲った相手のランドルさんとリナさんの紋章が混ざったものだよ」
俺の説明に、驚いた二人が慌てたようにミニヨンとカリーノの紋章を覗き込む。
心得ている二匹が、彼らが見やすいようにぐっと胸元を突き出すみたいにしてくれる。
「うわあ、本当だ……」
「すごい、確かに紋章が混ざってる……」
感心したような彼らの呟きを聞いて、笑った俺はハスフェル達を見た。
「譲った相手が魔獣使いの場合は、こんな風に互いの紋章が混ざった新しい紋章が刻まれる。それと違って、譲った相手が魔獣使いやテイマーでは無かった場合は、前のご主人の紋章が刻まれたままになる。だけど従魔達はちゃんと今のご主人が誰かを認識しているよ。ちなみに、タバサはちゃんとリンピオが今の自分のご主人だって認識しているぞ。それなのに当の本人が借りたつもりになっているとか、タバサが可哀想だからやめてやってくれ」
驚くリンピオに、俺は笑顔でそっとタバサを押しやるようにして彼の側へ行かせてやった。
「俺が、お前のご主人? マールではなく?」
一声ワンと吠えた直後に、もの凄い勢いで尻尾が振り回される。
「そ、そっか……嬉しいよ。ありがとうな」
苦笑いしたリンピオがそう言って少し恥ずかしそうにしつつも手を伸ばしてタバサを撫でてやると、我慢出来なくなったらしいタバサがリンピオの胸元に突撃していって、不意打ちを喰らった彼が仰向けに転ぶ。
「危ないから助けるね〜〜」
気の抜けたアクアの声が聞こえた直後、一瞬で広がったアクアが転んだ彼をしっかりと受け止めてくれた。
呆気に取られて呆然としているリンピオを見て吹き出した俺は、もう一回タバサの背中を叩いて押しやってやった。
「ほら、行ってこい! 遠慮なく甘えていいぞ! 思いっきり舐め回してやれ!」
それを聞いてワンと吠えてリンピオに飛びかかっていくタバサ。
リンピオの驚く悲鳴とその後に笑い声が聞こえて、それから大はしゃぎになったタバサに舐めまわされたリンピオの笑いながらの悲鳴と助けを求める声まで聞こえて、見ていた俺達は揃って吹き出したのだった。
よし、まずは第一段階クリアーだな!