従魔達の名前
「では、ご案内いたしますので、どうぞこちらへ!」
一通りのスキンシップを終え、ブラッシングしてくれたスタッフさん達に笑顔でお礼を言った俺達は、あの偉いスタッフさんの言葉に揃って振り返った。
マールとリンピオは、ずっと呆然と立ち尽くしたままで、彼らの従魔も厩舎から出てこようとしない。
それを見てため息を吐いた俺は、マックスの首元を軽く叩いてから黙って真っ黒な従魔達の元へ向かった。
一応、広く区切られた厩舎の一角に真っ黒な子達が集まっていて、近付いてきた俺を見て何故か逃げるように下がってくっ付き合い、ひと塊になってしまった。
「ええと、魔獣使いのケンだよ。君達の名前を教えてくれるかい?」
まるで怯えるかのように固まったまま動こうとしない真っ黒な従魔達に向かって、出来るだけ優しい声でそう話しかけてやった。
だけど、声をかけた瞬間にまるで電気が通ったかのように一斉にビクって飛び上がった従魔達は、すぐにまた塊になってしまって俺の呼びかけに答えようとしない。
「ええと、大丈夫だからさ。とりあえず名前を教えてもらえるかな?」
もう一度、これまた出来るだけ優しい声でゆっくりと話しかけてやる。
ここから見る限り、手入れはされているみたいで大型犬サイズになっている真っ黒なオオカミの毛並みは艶々だし、立派な角を持つ真っ黒な鹿の従魔もツヤピカに見える。
彼らの足元にいる猫サイズの鬣を持つライオンやツヤピカのしなやかな体のクロヒョウも、うずくまったままで無反応だ。
それから、確かに鹿の背中に黒いイグアナがいてちょっと俺のテンションが上がったよ。
「おお、黒のイグアナって格好良い!」
すると、俺の呟きが聞こえたらしい俺の従魔のイグアナのプリクルとウイップが、慌てたようにこっちに向かって走ってきて俺の足元にこれでもかとばかりに頬擦りして自己主張を始めた。
「あはは、もちろんお前達も最高に可愛いぞ〜〜」
笑って交互に撫でてやってからそっと二匹を抱き上げてやった。
今のこの子達は尻尾の先まで入れても50センチくらいになっているから、二匹を抱き上げても大した大きさじゃあない。
「ほら、俺の従魔のイグアナ達だよ。こっちがプリクルで、こっちがウイップだよ」
鹿の背の上にいた真っ黒なイグアナがこっちを見ていたので、そっと二匹を見えるように少しかかげるみたいにして差し出しながら紹介してやる。
「ちょっとお話ししてきてもいいですか?」
「名前くらいは聞いてきますね」
揃って振り返った二匹がそう言ってくれたので、笑顔で頷いてそっと地面に下ろしてやる。
もう一度俺を見てうんうんと頷いた二匹は、そのままするすると真っ黒な従魔達のところへ行き、鹿の背から降りてきてくれた黒いイグアナと顔を寄せて何やら話し始めた。
こっちまで声は聞こえて来ないけど、黒いイグアナだけでなく他の子達も顔を寄せているので話を聞いてくれているみたいだ。
そのまま、じっと待つことしばし……。
「大丈夫ですよ。我らのご主人は本当に素敵な方なんです!」
「貴方達のご主人も、心を入れ替えてくれたみたいですから安心してください!」
得意げなプリクルとウイップの声が不意に大きく聞こえて、ちょっとぼんやりしていた俺は慌てて真っ黒な子達を見た。
全員が、二匹の言葉を聞いて戸惑うように俺を見てから離れたところにまだ立ったままのマールとリンピオを見る。怯えていると言ってもいいその様子に、俺は一つ深呼吸をしてからゆっくりと真っ黒な子達に近寄って行った。
「魔獣使いのケンだよ。改めてよろしく。よければ名前を教えてもらえるかな?」
近くまで行ってゆっくりとしゃがんで、まずは二匹と話をしていたイグアナに話しかけてやる。
「はじめまして、魔獣使いのケン様。私の名前はクロです」
大人しく答える真っ黒なイグアナ。
「そっか、よろしくな、クロ」
ネーミングが安直とか言ってはいけない。まあ、初めての従魔だったって言っていたから、見た目の印象そのままでつけたんだろう。
「じゃあ、次は君の名前を聞いてもいいかな。魔獣使いのケンだよ」
ゆっくりと立ち上がって、側にいたマールの騎獣である立派な角を持った鹿に話しかけた。
「魔獣使いのケン様、私の名前は……アントラです」
軽く頭を下げたその答えに思わず笑顔になる。
確か、アントラって鹿の角って意味の言葉だよな。
「そうか、よろしくな、アントラ。ええと、じゃあ君達の名前を聞いてもいいかな?」
アントラをそっと撫でてやってから、反対側の足元にいた立派な鬣を持つ猫サイズの黒いライオンと、その隣にいたもう一匹の黒猫に見えるクロヒョウにも俺はもう一度しゃがんでから話しかけた。
「魔獣使いのケン様、私の名前はメインです」
黒いライオンが、俺を見てそう答える。
「魔獣使いのケン様、私の名前はパオです」
「そっか、メインとパオだな。よろしくな」
そう言って、こちらも交互にそっと撫でてやる。
「ええと、最後だな。魔獣使いのケンだよ。君の名前を聞いてもいいかな?」
リンピオの騎獣の黒いオオカミにもそう言って話しかけてやる。
「魔獣使いのケン様、私の名前はタバサです」
この子は可愛い声だったので、どうやら雌みたいだ。
「そっか、タバサだな。よろしく」
これもそっと手を伸ばして撫でてやると、嬉しそうに目を細めて大人しく撫でられるままだ。
「じゃあ、スタッフさんが待ってくれているから一緒に行こうか。今から君達のご主人に、従魔と触れ合う幸せを思い知らせてやるから手伝ってくれるかい? 君達だって、ご主人に殴られたり叩かれたりするよりも、撫でられたり抱きしめられたりする方が嬉しいだろう?」
小さな声でそう言ってやると、これまた揃ってビクって感じに飛び上がった真っ黒な子達は、キラッキラに目を輝かせて何度も頷いた。
「うん、任せて。ちゃんとしてあげるからさ」
立ち上がった俺は、笑ってそう言い、お手柄なイグアナ達をもう一度抱き上げてから振り返った。
「どうやら話がまとまったみたいだな。じゃあ行こうか」
何も言わずに待ってくれていたハスフェルが笑顔でそう言い、笑顔のスタッフさん達総出で見送られて俺達は従魔達を引き連れて用意してくれたのだという部屋に向かったのだった。
さて、どうなるんでしょうかね?