同情すべき点と改善すべき点について
「驚いた。貴方達、訳ありだとは聞いていたけど、まさかマールが貴族だったなんてね」
呆れたようなレニスさんの言葉に、顔を上げたマールは困ったように笑っているだけだ。
「ええと、まあ事情はわかったよ。だけどそれって大丈夫なのか? そもそも、その兄上は無事なのか? それに早駆け祭りなんかに出て有名になったら、それこそ実家に知られて大変な事になるんじゃあないのか?」
貴族の情報収集力や繋がりを馬鹿にしてはいけないと思う。
割と本気で心配になってそう言ったんだが、リンピオは顔を上げて笑顔で首を振った。
「ご心配いただきありがとうございます。ですがもう大丈夫です。俺達が家出をしてから二年後くらいだったでしょうか。酒場でとある噂を聞きました」
「とある噂?」
「はい。マールカロ様のご実家の事です。ご当主が代替わりなさったと。前当主はご病気で引退なさり、神殿の施療院に入られたと聞きました」
「それってもしかして……」
恐々と言った俺の言葉に、リンピオがにっこりと笑う。
「その噂を聞いて、我々は内密にご実家の兄上様と連絡を取りました。詳しくは話せませんが、貴族の間では様々な暗号を使った連絡方法がありますので」
「そこは全然話さなくて大丈夫だよ! ってか、そんなの聞きたくないって。で、どうなったんだ?」
慌ててそう言い、話の先を促す。
「予想通りでした。兄上様が無事に爵位と屋敷を引き継いでご当主となられていました。お父上がご病気だったのも本当のようで、まあ施療院の方々は少々対応に手こずっておられるようでしたが、病状に関しては、正直に申し上げて回復の見込みはないと、あとはもう時が解決してくれるだろうとの事です」
「父上については俺も思うところがないわけじゃあないけど、それならもう、どうでもいいと思ったんです」
ここで、マールが小さな声でそう言いまた俯いてしまう。
「それで、もうこそこそ隠れる必要が無くなったので、せっかくだからハンプールへ行って早駆け祭りをみようかと話をしていたら、その……」
「突然、俺がテイマーになったんです。元々、家にあった物語なんかを読んでいて魔獣使いになりたいって考えていたから、その本にはテイムの様子なんかもあったから、思いつきでやってみたらイグアナのジェムモンスターをテイム出来たんです」
「ああ、テイムの仕方は本で読んで知っていたのか。成る程。貴族だとそんな知り方もあるのか」
本気で感心してそう呟くと、ハスフェル達も苦笑いしていたよ。
「だけど、俺はその……動物なんて飼った事もないし、リンピオが普段の世話をしてくれるっていうから、次にフクロウのジェムモンスターをテイムして、俺が乗っている鹿の魔獣をテイムしました」
「ええと、君達の従魔は厩舎にいるのかな?」
「ええ、そうです」
頷くマールを見て、俺は密かなため息を吐いた。
確かに、これは辛い過去なんだろう。俺達が考えている以上に、貴族って色々あるみたいだしな。
だけど、それと従魔に暴力を振るうのは別問題だと思う。
そもそも騎馬や猟犬の世話をしていたのなら、動物が主人に懐くのくらいわかりそうなものなのに。結局リンピオも従魔達に暴力を振るっていたんだよな……あれ? もしかして暴力を振るっていたのって……。
そこでふと思いついてリンピオを見る。
「なあ、ちょっと確認なんだけど、従魔に暴力を振るっていたのってマールだけ? それとも……君も?」
遠慮がちな俺の質問に、マールがまたビクって感じに体を震わせる。
「私は、従魔に暴力を振るうような事はしません。普段の世話は私がしています。でもマールカロ様は何か気に入らない事やすぐに命じた事が出来なかった時などは、申し上げたようにこれが躾だと言って、従魔を叩いたり蹴ったりする事がまあ、その……」
「暴力を振るうのはしょっちゅうだったわね。そんな彼を見て、それでいいんだと思って私も従魔に暴力を振るっていたんだもの」
いいよどむリンピオを見て、レニスさんがバッサリと叩き切ってくれた。
「暴力が駄目だって事は理解してくれたか?」
ため息を一つ吐いた俺の言葉に、俯いたままのマールが小さく頷く。
「じゃあ、従魔達とどうやって触れ合えばいいのか分かるか?」
レニスさんの時の事を思い出して、あえてはっきりとそう聞いてやると、俯いたままのマールは黙ったまま首を振った。
「だって、それ以外にどうしたらいいのかなんて、俺、知らないです……」
消えそうなその呟きは、よく聞こえる俺の耳にはっきりと聞こえた。
「よし、じゃあ従魔達との触れ合い方を一から教えてあげるから、今から厩舎へ行こうか」
にっこり笑って立ち上がると、二人が驚いたように目を見開いて俺を見た。
「ほら立って。いいから行こう。ええと、皆も行くよな?」
振り返ると、もう全員が満面の笑みで立ち上がっていたのを見て、小さく吹き出した俺はもふ塊になっている従魔達を見た。
「ほら、厩舎へ行くからとにかく皆小さくなってくれるか」
一応、初めてここに泊まった時と違って、今では従魔を連れてホテルに入ってもいい事になってはいるんだけど、一応他のお客様への配慮もあるので、連れて入る時には出来る限り小さくなってもらって抱き上げたり肩や背中に乗せたりして移動しているんだよな。
まあ、最低何匹かは中型犬サイズくらいになって、背中に他の子達を乗せたりはしてもらっているんだけどさ。
心得ている従魔達がそそくさと準備をするのを見て、俺達もテーブルの上を簡単に片付けてから部屋を出て行ったのだった。
さて、この不器用な彼らに従魔達と触れ合う事の楽しさと喜び、そして幸せってのがどういうものなのかを実感してもらわないとな!