彼らの言い分と生い立ち
「じゃあ、まずは魔獣使いとして知っておいて欲しい事を一通り話すぞ。質問は後で受け付けるから、とにかく聞いてくれるか」
俺の言葉に、真顔のマールとリンピオが揃って頷く。
それを見て頷いた俺は、まずはいつものように一日のテイム数には上限がある事や、主人に捨てられた従魔がどんな悲惨な最後を遂げるのかを詳しく話して聞かせた。
大人しく聞いていた二人は、主人に捨てられた従魔の話になった途端、無意味に体を動かしたり首を振ったりして急に落ち着かなくなった。
まあ、この話はさっきレニスさんからも聞いていたから、自分が放逐したあのフクロウの事を考えていたのだろう。
ちなみに、シャムエル様に一応確認して、既に魔獣使いになっているマールもそれなりに優秀みたいだとのお墨付きはいただいているので、一日のテイムの上限数は十匹程度までにするように言ってあるよ。
一通りのことを話したところで、顔を上げたマールが何か言いたそうに俺を見た。
「ん? どうかしたか?」
まあ、言いたい事の想像はついているけど、ここは知らん顔でそう聞いてやる。
「あの、俺が手放したフクロウを……その、ケンさんが助けてくれたってレニスから聞いたんですけど……その……」
「ああ、あの子ね」
俺が大きなため息を吐いてわざとらしくそう言った途端、またビクって感じに体を震わせて俯く二人。
「気になるか?」
無言で頷く二人を見て、俺はもう一回わざとらしく大きなため息を吐いて見せた。
「じゃあさあ、その話をする前に一つ聞いていいか?」
また無言で頷く二人を見て、真顔になった俺は身を乗り出すようにして質問した。
「どうして、従魔に暴力を振るうんだ?」
「それは……」
「それは、何?」
口籠るマールを見て、俺ははっきりとそう聞いてやった。
「躾です」
ポツリと答えたその言葉に、横で黙って聞いていた全員がほぼ同時に何か言いかけてグッと堪えた。
うん、言いたい事はめっちゃ分かるけど、我慢してくれてありがとうな。
心の中で皆にお礼を言ってから、一つ大きなため息を吐く。
「躾ねえ。一体何をどう躾しているのか、俺に分かるように教えてくれるか?」
若干言い方がキツくなったのは仕方がなかろう。
しばし無言の時間が過ぎる。
俺は黙ったまま睨みつけるように二人を見たまま、彼らが口を開くのを待った。
「だって、それが躾だって……そう言われていたから、それ以外の方法なんて知らないから……」
消えそうな声で答えたマールのその言葉に、皆が息を呑むのが分かった。
「殴るのが、躾?」
無言で頷くマールを見て、俺は今度はさっきまでとは意味の違うため息をこぼした。リンピオは黙ったまま何も言わない
「成る程。つまり、そう言われて二人とも躾をされてきた?」
「そうです……あの……」
俯いたまま動かなくなったマールではなく、今度はリンピオが顔を上げて何か言いかけてまた口をつぐむ。
「言いたい事があるならなんでも聞くから、君達の話を聞かせてくれるか?」
そう言って促してやると、またしばし無言になった後にリンピオが口を開いた。
「俺達、辺境地域で野良で冒険者をしていたんです」
「ああ、噂でそう聞いたよ。ギルドの支部が近くに無かったんだって?」
「表向きはそうなんですけど、実はそうじゃあないんです」
リンピオの言葉に慌てたようにマールが顔を上げたが、何か言いかけてまた俯いてしまった。
その妙な様子に密かに首を傾げてハスフェル達を見ると、彼らも戸惑うように顔を見合わせて困った顔をしていた。
「表向きはそうって事は、裏事情があるわけだな。何?」
はっきり聞いてやると、こちらも大きなため息を吐いたリンピオがマールを見た。
「マールカロ様、話しますよ。よろしいですね?」
何故かフルネームで呼んで敬語でそう言い、無言で頷くマールを見てから真顔で俺を見た。
「実を言うと、マールカロ様はルーシティの街の東側の辺境地域を治める地方貴族の末息子なんです。俺はそこの屋敷に住み込みで騎馬と猟犬の世話をしていた父を手伝っていました。マールカロ様とは同い年だった事もあって、小さな頃からずっと一緒にいました」
予想外の話に、俺も含めて全員の口から驚きの声が上がる。
まさかの貴族出身で、しかも部下の息子と幼馴染。
驚きに声もない俺達を見て、リンピオは困ったように笑って首を振った。
「ですが、お父上であるご当主はなんと言うか……非常に暴力的なお方で、三人いる息子には非常に高圧的な態度を常に取るお方でした。幼かった頃はそうでもなかったのですが、礼儀作法や武術を学び始めた年齢になった途端に態度が一変されて、殴る蹴るは日常茶飯事。ご子息達は三人とも、体にアザが無い場所を探す方が難しいような有様でした。マールカロ様といつも一緒にいた俺も、しょっちゅう殴られていました」
「ええ、それはちょっと……」
「ちなみに、三人兄弟ですが全て母親が違います。親父から聞いた話では、マールカロ様のお母上、前妻、前前妻ともに、全員子供を産んだ後に一年も経たずに実家へ帰ってそれっきりだと。赤ん坊の世話は専任の乳母と執事達が行っていたのだとか」
「それって、つまり……そのお父上の暴力に耐えきれずに、子供を置いて、逃げたって事?」
遠慮がちな俺の言葉に、リンピオが無言で頷く。
「マールカロ様が十三歳になった時、一番上の兄上が突然亡くなられたとお父上から言われました。乗馬の達人だったのに、暴れた馬から落ちて亡くなったんだと言われて……あんな大人しい馬が、そんな事、有り得ないのに……」
「つまり、その父親に、殺された可能性がある?」
はっきりと口にしてやると、これまた揃ってビクって感じに飛び上がる二人。
「その日の夜、もう一人の兄上様がマールカロ様の部屋に来られました。その時、俺はマールカロ様を慰めるために部屋にいたんです。そうしたら、俺達を見て兄上様はこうおっしゃられました。ここにいたらお前達も殺される。生きたければ今すぐに出て行け、と」
「ええ?、それってつまり……もしかして揃って家出した?」
「はい、兄上様は残ってお父上と対決するのだとおっしゃられました。それなら手伝うとマールカロ様が言ったのですが、伯父上様が味方についたから自分は大丈夫だと、兄上様はそうおっしゃり、本当にその夜のうちに俺とマール様を馬に乗せて内密に屋敷から逃してくださったんです。実を言うと俺は親父から、万一の場合には、マールカロ様を連れて屋敷から逃げろと普段から何度も聞かされていました。なので隠してあった荷物と金を持って、とにかく一晩中馬を走らせました。それで、もう大丈夫だろうと思われるくらいまで離れたところで、いくつかの街を周りながら野良で冒険者をしていました。ギルドに登録しなかったのは、万一にも俺達の事が家に知られないようにする為です。マールカロ様の名前をマールにしたのは、そんな訳です」
あまりの予想外である彼らの生い立ちに、もう驚きすぎた俺達は揃って言葉もなく彼らを見つめる事しか出来なかったのだった。