店の開店準備と今後の予定
人通りをかき分けて、なんとかさっきの建物に戻った俺達は、追い付いてきたリード兄弟と一緒に、また裏庭に従魔達を待たせておいて建物の中に入っていった。
「じゃあ先ずは店の設計からだな。装飾品って事は、売る予定のものは小さいんだよな」
大きなノートを手にしたリードと名乗った髭の男性の言葉に、クーヘンは頷いて店を見渡した。
「ここにはカウンターをお願いします。窓側のショーケースはそのまま使えそうですから、追加で棚を増やしましょう。後は、こっちにもう一列展示用の棚が欲しいですね」
どうやらクーヘンには、頭の中にかなり具体的に店の形があるらしく、もう一人のゲイルと名乗った髭の無い方の男性と一緒に、長さをメジャーのようなもので測り始めた。
ちなみに、髭のリードさんが兄なんだって。
「じゃあ、カウンターの後ろ側に、装飾用のジェムを置けば良いんじゃないか」
広い店の真ん中やや奥側部分に大きくカウンターを作るのなら、その奥側はそのままだとお客は入れない。それなら大きな棚を作って、ジェムを飾って見えるようにすれば良いと思ったからだ。
「いえ、装飾用のジェムは個別に商談しますから、せいぜい出すとしても展示用に一つか二つ程度ですね。カウンターの後ろには、一般用の安いジェムの在庫を置こうと思っています」
「成る程ね。それならここの壁にメニューボードを作って、今ある販売用のジェムの在庫と価格、それから装飾用のジェムも、名前と価格だけ書いて展示しておけば良いんじゃないか」
イメージは、ファストフード店やセルフのカフェのメニューボードだ。それなら、カウンターで注文を聞いて後ろの棚から在庫を出せば良いんだから、現物をお客の手の届くところに並べるよりも、保安の面でも安全度は増すだろう。
「それは良い考えですね。出来ますか?」
俺の考えに手を打ったクーヘンが、リード兄弟を振り返る。
「確かに、それなら在庫や価格が変動しても書き直せば済むな。そりゃあ良い考えだ」
そこからカウンター周りを中心に一気に話が進み、装飾品の展示用の什器のサイズも決まった。これを元に、事務所に戻ったら正式な図面を引いてもらい、それを見ながら改めてもう一度確認する事になった。
「何だか、今日だけで一気に話が進んだね」
嬉しそうにマーサさんがそう言い、床に置いたノートに何やら詳しく書き込んでいた二人も嬉しそうに頷いている。
「早速準備に入るよ。後、裏庭の厩舎も決めてしまおう。ちなみに予算はどれくらい掛けられるんだ? 材料調達の都合があるんで、出来れば早めに決めてもらいたいんだけどな」
リードさんの言葉に振り返ったクーヘンは、真顔で店を見回した。
「工事に関しては私は素人です。逆にお聞きしたいんですが、貴方なら、まず今話した店の改装に、具体的にどれくらい必要だと思いますか?」
「床も張り直さなくちゃならない。天井は大丈夫だが、壁の一部もやり直しが必要だ。かなり大掛かりな工事になるからな……出来れば金貨千枚は最低でも欲しい」
その言葉に、俺は小さく頷いた。
これだけの店の改装費用に一千万。まあ、床や壁まで修繕が必要な事を考えたら、これはかなり控えめな金額提示だと思うぞ。
クーヘンを横目で見ると、俺の視線に気付いた彼は、分かっていると言うかのように小さく頷いてリードさんを見た。
「金貨三千枚までは店の改装に使って頂いて構いません」
思わず口笛を吹くリードさん。まあ当然だろう。自分が提示した金額の三倍言われたら、そりゃあ喜ぶよな。
「二階と三階の住居部分は見た所問題無いようですが、壁が汚れていたり、階段の手すりにぐらつきが見られました。それらの修繕費用と、後、地下室にもジェムの在庫を置く為の棚を作って欲しいんです。店と家の改修費用と厩舎の制作費を併せて、全部で金貨五千枚迄は払えます。どうか良い物をお願いします」
自信ありげにそう言ったクーヘンを見て、リード兄弟は無言で唾を飲んだ。
「本当に? 良いんだな」
「お願いします」
「よっしゃ! それだけ出してもらえるんなら、心行くまで腕を振るえるってもんだ。約束しよう。俺達の全力で以って、ここを最高の店にしてやるよ」
突き出された拳をぶつけ合い。満面の笑みになるリードさんとゲイルさんとクーヘンだった。
クーヘンには言ってある。
俺達三人、それぞれ金貨にして一万枚ずつは最低でも絶対に出せるから、気がすむまで話し合って良いものを作ってもらえってね。
もちろん、予算が足りなければ、俺達三人はそれ以上でも出す気満々だけどね。
その後、裏庭に出て厩舎の造りについても詳しい相談をして、希望を聞きつつ具体的な大きさや作りも決めて行った。
普段の厩舎には、まずチョコが住む事になる。お兄さんの家族が来れば、荷馬車を引く為の馬を購入する予定との事なので、相談の結果、従魔用の厩舎と馬用の厩舎は真ん中を水場にして左右に分ける事になった。
従魔用の厩舎は広めにお願いした。だって、俺達が来た時の為の厩舎も必要だもんな。
持ってきたものをまとめて、事務所へ帰る二人を見送って、店の戸締りをした俺達は裏庭へ戻って来た。
「そう言えば思ったんだけど、イグアノドンやラプトルって、馬と一緒にしても大丈夫なのか?」
「もちろん、テイムしていない状態のラプトルなら、馬ははっきり言って完全に獲物だな。イグアノドンは草食だが馬とは威圧感の桁が違う。もしも地下迷宮に連れて入れば、馬はそれらを見ただけでパニックを起こして逃げ出すだろう。だけど、テイムした時点で恐竜達の知能も高くなっているし、少なくともそう言った無駄な威圧感は無くなっているから、他の馬達と一緒にしても大丈夫だよ。まあ、例えばラプトルがその気になって周りの馬を威嚇したりすれば話は別だけどな」
ハスフェルの説明に、俺は納得して彼を見た。
「なら大丈夫だな。だって、もしも側にいるだけで他の馬が怖がって逃げるようなら、そもそもレースに出られないんじゃないかって思ったもんだからさ」
俺の言葉に、ハスフェルとギイが笑って顔の前で手を振っている。
「大丈夫だよ。街中を歩いていても、俺達の従魔を見て馬が逃げるような事は無かっただろう?」
「確かにそうだな。じゃあ安心だな」
ホッと一安心した俺は、側に来たマックスを撫でてやる。
「明日には、お前らの狩りに行かないとな。腹減っただろう?」
「そうだな。船に乗ってからそのままだからな」
ギイも、嬉しそうに擦り寄って来たラプトルのデネブを撫でている。
「そうですね。出来ればそろそろ狩りに行きたいですね」
マックスの言葉に、背後にいるニニ達猫族軍団も揃って頷いている。
「じゃあ、明日は朝からギルドに顔を出して頼んでいた青銀貨を受け取ったら、マーサさんにそれを渡してから出掛けるか」
ハスフェルの言葉に、クーヘンとマーサさんも頷いている。
青銀貨を渡しておけば、仮契約成立になるらしいから、これでもう、あの馬鹿どもはこの家には手出し出来なくなるんだって。それなら安心だな。
「ってか、この辺りって狩りの出来る場所ってあるのか?」
これだけ人の多い地域なら、近くに狩り場があるのか心配になった。
「ああ、カルーシュ山岳地帯の麓の辺りには、良い狩り場がいくつも有るから心配いらんよ。時間があるなら、俺達も一緒にジェムモンスター狩りをしても良いな」
「それなら良い所があるから案内するよ!」
右肩のシャムエル様もそう言うので、明日は狩りに出掛ける事になった。
「クーヘンはどうする? 一緒に行けるか?駄目なら従魔達だけ一緒に連れて行ってやるよ」
しかし、クーヘンは嬉しそうに顔を上げた。
「私も行きます。狩り場の確認もしておかないといけませんからね」
「じゃあ、この辺りのいくつかある地脈の吹き出し口も教えてやるから覚えておくと良い」
「是非お願いします。今後の事を考えれば、定期的なジェムの確保も必要ですからね」
クーヘンの言葉に、ハスフェルとギイはニンマリと笑った。
「心配しなくても、俺たちが定期的にジェムを届けてやるよ」
俺もそれを聞いて笑顔で頷く。
そうだよな。定期的な補充は必要だもんな。よしよし、これで少しは手持ちのジェムを減らせるぞ。
「あんた達、一体何者だい?」
驚いたようなマーサさんの言葉に、苦笑いした俺達は誤魔化すように笑い合った。
「まあ何者でも構わないよ。クーヘンの事、これからもよろしく頼むよ」
マーサさんの改まった言葉に、俺達は揃って大きく頷くのだった。