意外な展開?
「おう、なんだ。戻ってたのか」
開いた扉の向こうから意外に優しい声が聞こえて、俺達は揃ってオンハルトの爺さんの膝の上に置かれた大きなお皿を覗き込んだ。
さっきから姿が見えないからどうしたのかと思っていたら、どうやらシャムエル様が彼女と一緒に行ってくれているらしく、明らかにシャムエル様の視界と思しき肩の上からの視界がお皿の上に広がっている。
「ええ、やっと戻って来たわ」
どうやら部屋に入ったところで立ち止まっているらしく、見えている広い部屋の奥に置かれたソファーに俺をガン睨みしていた魔獣使いであるマールが座っていて、部屋の真ん中に置かれた大きなテーブルの横に置かれた豪華な椅子にもう一人のリンピオって野郎が座っていた。
かなり広いからここも良い部屋みたいだ。
二人の周りに従魔はいないので、恐らくだけど従魔達は全員厩舎に預けているのだと思われた。
「おいおい、そんな臭いのを部屋に連れてくるなよ……って、へえ。またずいぶんと増えているじゃあないか」
椅子に座って何か書いていたリンピオが、顔を上げてレニスさんを見て驚いたようにそう言って立ち上がった。
「へえ、確かにずいぶんと増えているじゃあないか。しかもその紋章……」
真顔になったマールも、そう言いながら立ち上がって二人が並んで早足でレニスさんに駆け寄ってきた。
一瞬下がりかけた彼女が、ぐっと踏みとどまるのを感じて俺達も思わず拳を握って息を飲んだ。
「ええ! ちょっと待てよ! この紋章って事は、お前、あいつからこの紋章を貰ったのか? すっげえ!」
レニスさんの従魔達を見たマールが、凄い勢いでレニスさんの顔を覗き込んできた。しかも何故か満面の笑みだ。
「え、ええ……ケンさんは思っていたよりもずっと良い方だったわ。ケンさんと仲間の皆さんに色々と教えてもらって、これだけの子達をテイム出来て、魔獣使いの紋章も授けてもらった。私、貴方達の考えが間違っていた事を思い知ったわ。従魔に暴力を振るうのは絶対に間違っている」
若干上擦った声ではあったが、はっきりと断言する彼女の言葉にマールとリンピオは無言で顔を見合わせた。
「じゃあ、あいつから何を聞いたのか教えろよ。一言一句漏らさずにな!」
「ええ、もちろんよ」
真剣な声でそういったレニスさんは、ゆっくりと歩いて部屋に入り、さっきリンピオが座っていたテーブルを挟んだ反対側にも置かれていた豪華な椅子に座った。
当然のように、一号をはじめ彼女の従魔達が守るかのように彼女の左右の足元に座る。鳥達の姿は見えないけど、時々羽ばたく音が聞こえるのでオオワシの八号とハクトウワシの九号は、彼女の肩か背中辺りに留まっているのだろう。
一つ深呼吸をしたレニスさんは、そこでまず自分の新しい従魔達を一匹ずつ彼らに紹介していった。
二匹並んだスライムを見たマールとリンピオは、嫌そうな顔こそしていたが特に何もせずに黙って聞いていたよ。
従魔達の紹介が終わったところで、彼女はスライムの有効性を力説して、案外素直におとなしく聞いていた彼らの目の前で、実際にスライムベッドを作って見せていた。
スライムベッドに飛び込んでポヨンポヨンと気持ちよさそうに飛び跳ねる彼女を見て驚きに目を見開いていた二人だったけど、その目が案外キラッキラに輝いているのが見えて、もう途中から俺達は笑いそうになるのを必死になって堪えていた。
『なあ、一応確認だけど、これって一方通行なんだよな? 俺達の声って向こうには届かないよな?』
一応念話で確認して、笑ったオンハルトの爺さんが頷くのを見てから俺はもう遠慮なく思いっきり吹き出したよ。
それを見て、我慢していたらしいハスフェル達だけでなくリナさん達やランドルさん達、新人コンビも揃って吹き出し全員揃って大爆笑になった。
「なんだよ、こいつら。実は、俺達の、ファン、なんじゃね?」
笑いに引き攣りつつ、なんとかそう言ってまた吹き出す。
何しろ、笑ったレニスさんが貴方達もどうぞって言った途端、二人は目を輝かせてスライムベッドに飛び込んで来たんだからさ。
「だよな。あれは、絶対に、ファン、の、目、だ」
「俺も、スライム、ベッドや、スライム、トラン、ポリンに、乗りたい! って、顔に、書いて、ある、よな」
ハスフェルとギイもそう言いながら、呼吸困難を起こすレベルで笑い転げている。
「なんだよ。要するに、単なるツンデレの乱暴者だったのかよ」
なんとか必死になって息を整えた俺の呟きに、またハスフェル達が吹き出している。
ツンデレ、間違い無くこっちの世界にはない言葉だと思ったけど、案外意味が通じたみたいだ。
スライムベッドの意外な寝心地の良さに驚いている二人を見て、起き上がったレニスさんはそこから俺が説明したご主人に捨てられた従魔がどんな悲惨な最後を辿るのかを話していた。
最初のうちはスライムベッドに寝転がったまま話を聞いていた二人だったけど、途中からは起き上がってスライムベッドに座ったままで、彼女が話すのを黙って聞いていたよ。
「じゃあ、あのフクロウは……」
ごく小さなその呟きに、一瞬口籠ったレニスさんは、大きなため息を吐いてみせた。
「大丈夫よ。あの子はケンさんが助けてくださったわ」
詳しい事は言わずにただそれだけを伝える。
「そうか。助けてくれたのか……そりゃあ良かった。後で、礼を言わないとな……」
マールが俯いたままぽつりとそう呟く。
「なあ、俺達、どうすればいいと思う? 最初は絶対にあいつに勝つんだって、そう思ってここへ来たんだけどさあ。冷静になって考えれば、俺達が連れている従魔全部合わせても、今のお前の連れている新しい従魔まで合わせたとしても、ケン一人が連れている従魔だけにも絶対に勝てないよな」
意外な言葉に俺達が目を見開いていると、大きなため息を吐いたマールは泣きそうな顔でレニスさんを見た。
意外なその言葉にレニスさんも驚いたみたいで、ええと、とごく小さな呟きが聞こえて俺達も驚いて顔を見合わせたのだった。
ええ、なんか意外な展開になってきたぞ? 実は、乱暴者だったけど案外素直な良い奴だったりする?