彼女の提案と今後の予定
「あの、本当にありがとうございました!」
「すっごく美味しかったです!」
「楽しかったです。ありがとうございました!」
たっぷりさくらんぼ狩りとイチゴ狩りを楽しんでくれたみたいで、新人コンビとレニスさんはそりゃあもうそろって満面の笑みでお礼を言ってくれた。
「これに関しては、俺は何もしていないからなあ。お礼を言うなら、ここを管理してくれているドワーフさん達だな。あとでマーサさんの事務所にでも、お礼を伝えておくよ」
別に俺自身が何かしているわけではないので、正直言ってお礼を言われても困るんだけど、まあ一応ここは俺の名義の別荘だから、彼らがお礼を言うなら俺になんだよな。
苦笑いしつつそんな事を考えながら、こちらも大満足なリナさん達と合流して別荘へ戻った。
「あの、私、ちょっと街へ戻ってきます。美味しい食事と素敵なお部屋を貸していただき、ありがとうございました」
なんとなく夕食には早かったので、そのままリビングに集合してダラダラしようと思っていたら、リビングに入ったところで、突然レニスさんが真剣な顔でそう言って俺達に向かって深々と頭を下げた。
「ええ、街へ戻るって事は、あいつらの所へ……だよね?」
突然の言葉に驚いた俺がそう言うと、顔を上げたレニスさんは困ったように笑いつつ頷く。
「彼らに新しい子達と私の紋章を見せて、従魔達の扱いについては彼らが間違っているんだって、話をしてきます。それで、以前少し話したように今後彼らとは距離を置きます。素直に話を聞いてくれるかどうかは分かりませんが……もう怖くありません。何があってもこの子達が私を守ってくれますから」
彼女の紋章を刻んだ従魔達を順番に優しく撫でる彼女を見て、シェルタン君が何か言いかけてグッと我慢するのが見えた。そりゃあ心配だろう。もちろん、俺達だって心配だよ。
「まあ、確かに話し合いは必要だろうけど、その、余計なお節介かも知れないけど、一人で行くのはやめた方が良くないか?」
「ご心配いただきありがとうございます。大丈夫です」
にっこり笑ってそう言われてしまい、何と言ったらいいのか分からずに困っていると、ぐっと拳を握ったシェルタン君が悔しそうにしつつも頷いた。
「確かに、あいつらとは一度ちゃんと話をした方がいいとは思う。でも、やっぱり心配だよ。ついて行ってやるから……」
「駄目です。もしも暴力沙汰にでもなったら最悪早駆け祭りに出られなくなりますよ。私は大丈夫だから、シェルタンは信じて待っていて」
「レニー……」
真剣な様子で顔を見合わせる二人を、俺達は違う意味で目を見張って見つめていた。
『おいおい、いつの間に呼び捨てと愛称で呼び合う仲になったんだ?』
『やっぱり、あれか。あ〜んってやつか!』
『やっぱりそうか〜〜〜!』
『いやあ、青春だねえ』
二人の仲の進展の速さに、恋愛経験皆無な俺はもう笑うしかない。
でもまあ、シェルタン君が尻に敷かれる未来がちょっと見えた気がしたね。
「確かに必要かもしれないけど、話をするにしても今から行くのはやめて戻るのは明日にした方がいい。この時間ならもう飲んでいる可能性もあるしさ」
夕食にはまだ早いがそろそろ日が暮れ始めている頃合いだから、あえてそう言って止める。
「あ、確かにそうですね……多分、そろそろ飲んでいると思いますので……」
「じゃあ、今夜はここに泊まって、明日行ってみればいい。俺達はさすがに同行するのは無理があるけど、シェルタン君やムジカ君なら一緒に戻ってもそこまでの騒ぎにはならないと思うけど……どう思います?」
いまいちこの世界の常識に疎い俺は、そう言ってランドルさん達を見る。
「た、確かにケンさん達が行くのは絶対に駄目でしょうが、シェルタン君達なら、あるいは……」
ランドルさんが腕を組んで考えながらそう呟く。
しかし、真顔になったボルヴィスさんとアルクスさんが揃って首を振った。
「いや、彼女も含めて迂闊に一人で街へ戻るのはやめた方がいい。間違いなく街の人達に見つかって大騒ぎになるぞ」
真顔の二人に揃ってそう言われて、俺はハスフェルと顔を見合わせた。
「ううん、そうなると……じゃあもうこのまま全員揃って堂々と街へ戻ってホテルハンプールへ行くか。確か祭りの七日前からホテルの上層階は早駆け祭りの参加者達に開放されているから、俺達の部屋もあるはずだ。あいつらも恐らくそっちへ行っているだろうから、安全を考えるとホテルで話をするのがいいんじゃあないか?」
ハスフェルの提案に、全員が確かに! って感じに頷く。
ううん、ギリギリまでここにいて毎日風呂に入るつもりだった俺的にはちょっと悲しいけど、確かに彼女の安全を考えるとそれが一番いい気がする。
「じゃあ、今夜はここに泊まって、明日午前中に戻ってみるか? それとも、午後からゆっくり戻るべきかな?」
ホテルのチェックインの時間って、こっちの世界でもあるのかなあ? なんてのんびり考えつつそう提案してみる。
「戻るなら明日の午前中だな。それなら今からマーサさんの事務所までひとっ走りして行って、明日の朝に俺達全員揃ってホテルへ向かうと連絡しておけばいい。そうすれば部屋の準備もしておいてくれるだろうからな」
笑ったギイがそう言ってくれたので、それで行く事になった。
言い出しっぺのギイが事務所まで伝言しに行ってくれる事になり、デネブに乗って走っていく彼を玄関まで出て行って全員で見送ったよ。
ううん、いよいよ暴力野郎達との直接対決かな?
どうなるかは……神のみぞ知る? いや、神様はマックスの頭の上で尻尾のお手入れに余念がないから、この件では当てにならなさそうだよ。
はあ、平穏無事な異世界生活はいつになったら手に入るんだろうなあ?
この先にあるであろうあんな事やこんな事を考えて、遠い目になる俺だったよ。