春野菜と地ビールのラベル
「うわあ、岩豚の脂で炒めた野菜が激うまになってるぞ。なんだこれ」
岩豚の肉と一緒に適当に取ってきた春野菜の新キャベツと新玉ねぎが、そりゃあもうびっくりするくらい美味しくなっているのに気が付いた俺は、思わず周りを見回した。
今のところ、ほぼ全員が肉に集中している為、まだ野菜を取っているのは俺くらいだ。
「よし、これは今のうちに絶対に確保しておくべきだな」
それを見てにんまりと笑った俺は、もう一枚新しいお皿を手に取り野菜コーナーに突撃して、激うまな春野菜を色々とガッツリと確保したのだった。
ちなみにこれは、岩豚を焼いてくれているバーベキュー台の端っこに溜まった脂を見てそこに俺が自分で入れた分だ。もちろん、取り終えた後には新しい野菜もがっつり追加しておいたよ。
「ええ、肉を取らずに野菜なんか取ってる〜〜」
不意に俺の右肩に現れたシャムエル様が、不思議そうに野菜が山盛りになった俺のお皿を覗き込んでいる。
「ふふふ、岩豚の脂で焼いた春野菜の美味しさを思い知るがいい」
笑って席に戻りつつ、新キャベツの大きめのを一枚渡してやる。
「私はお肉がいいんだけど、まあ、貰ったものはなんであれ美味しくいただくよ! では、いっただっきま〜〜〜す!」
若干不服そうにそう言いつつも、いつものいただきますを叫んだシャムエル様が手にした新キャベツを一口齧る。
「ええ〜〜なにこれ! めっちゃ美味しい! キャベツなのに甘いってなに?」
目を見開いてそう言ったシャムエル様は、あっという間に新キャベツを平らげてしまった
「春限定の柔らかい新キャベツだからな。ちなみに、この新玉ねぎも激うまだぞ〜〜」
笑いながら、輪っかになった大きめの新玉ねぎも渡してやる。
「ふおお〜〜〜なにこれなにこれ! これも美味しい!」
一口齧った途端、そう叫んだシャムエル様はもの凄い勢いで新玉ねぎを齧り始めた。
それを見て、バーベキュー台の担当をランドルさんとボルヴィスさんと交代したところだったハスフェルとギイが慌てたように野菜を取りに来る。笑った俺は急いで追加の野菜も山盛りに取り出して並べておいたよ。
よしよし、肉食っていいから野菜も食え!
「ふわあ、お肉も野菜も地ビールも、どれも最高に美味しいねえ。ゲップ」
俺の皿からだけでなく、ハスフェル達のお皿からも好きに色々と貰っていたシャムエル様が、食べていた岩豚の肉を平らげてご機嫌でそう言って小さくゲップをする。
慌てたように口を押さえるのを見て、俺は笑って横からそのほっぺたを突っついてやった。
「聞こえたぞ〜〜〜お行儀悪いんですけど〜〜」
「気のせいです! ねえ、それより黒ビールが飲みたいです!」
振り返って何故かドヤ顔でそう言ったシャムエル様は、空っぽになったショットグラスを見せながら俺の腕をぺしぺしと叩いた。
「はいはい、黒ビールだな。さて、これは誰だ〜〜〜? うわあ、また俺が出た!」
ドヤ顔でこっちを見ている俺より絶対に男前なラベルの俺を見て思わずそう叫ぶと、あちこちから笑いが起こる。
そうなんだよ。今回のバーベキューでは、新人コンビとレニスさんが飲み物を担当してくれていて、俺が用意した氷がぎっしりと入った大きな木桶に、例の地ビールをラベルが見えないようにして大量に冷やしてくれているんだよ。
なので、俺達がそれを取る時にはラベルは見えていないのに、何故か自分のラベルの地ビールを引く人が続出しているんだよな。
ちなみに、俺が自分のラベルの地ビールを取るのはもう五回目だ。
「どうして毎回自分のを取るんですか! ちゃんとバラバラに分けて入れているのに〜〜〜!」
大笑いするシェルタン君とムジカ君の横では、追加の地ビールの瓶を持ったレニスさんも何度も頷きながら口を開けて大笑いしている。
「別に、自分のを狙って取っているわけじゃあないんだけどなあ。と言うか、出来れば自分のラベルは見たくないよ」
大きなため息を吐きつつそう言うと、何故か新人さん達だけでなく、全員揃って大爆笑になった。
「だけどまあ、中は一緒だ。ビールに罪はないよな!」
ちょっとドヤ顔で自分のラベルを見せてやりながらそう言い、俺も遠慮なく一緒になって大爆笑したよ。
とりあえず白ビールと黒ビールの冷えたのを一本ずつ取って席に戻る。ちなみに、白ビールのラベルはハスフェルだったよ。
「はい、好きなだけどうぞ」
黒ビールの栓を抜き、先にシャムエル様のショットグラスに入れてやる。
ちょっとだけこぼれたのは、スライム達が即座に綺麗にしてくれた。
一応、お皿やグラスからこぼれた分は食べていいって約束になっているので、テーブルの周りではスライム達がワクワクしながら待っているんだよな。
最初の頃はちょっとプレッシャーに感じていたけど、最近ではもう全然気にしなくなったよ。まあ、なんでも慣れるんだよな。
そんな感じで皆もう好きなだけガッツリ食べて飲み、後半はもう俺は完全に脱落して春キャベツを時折齧りながらのんびりと冷えた地ビールを楽しんでいたのだった。
いやあ、それにしても皆、見事な食べっぷりだねえ……。