それぞれの紋章
「ありがとうございました。よし、紋章を刻むから来てくれるか」
一人だけ冷静に紋章の授与を終えたアルクスさんは、嬉しそうにそう言って部屋の隅にもふ塊になっている従魔達を振り返った。
その呼びかけに、アルクスさんの従魔の子達が嬉々として起き上がって文字通りすっ飛んできて並んだ。
「まずはお前だな」
笑ってスライムのキャンディを見る。
「皆と同じところにお願いしま〜〜す!」
伸び上がって嬉しそうにそう言うキャンディの言葉を通訳してやると、笑顔で頷いたアルクスさんは手袋を外した右手でキャンディの額、と言うか上側をそっと押さえた。
ピカっと光った後に手を離すと、そこには新しいアルクスさんの紋章が綺麗に刻まれていた。
「わあい、紋章もらった〜〜〜!」
飛び跳ねて大喜びするキャンディをもう一度撫でたアルクスさんは、そのまま隣に並んでいた黄色いインコのチッチの胸元にも紋章を刻んでやった。
羽ばたいて大喜びしたチッチは、そのままアルクスさんの右肩に飛んでいき、彼の頭に何度も頬ずりをした後に短い髪の毛を甘噛みし始めた。
「こらこら、毛が抜けると大変だからそれはやめてくれって」
苦笑いしながらそう言いつつも、アルクスさんはとてもいい笑顔だ。
「私も、皆と同じところにお願いします!」
良い子座りになってぐいっと胸元を見せたロッキーの言葉も通訳してやると、笑顔で頷いたアルクスさんはその胸元に手をやって紋章を刻んだ。
「わあい! 紋章もらった!」
これまた大喜びで飛び跳ねるロッキーを見て、アルクスさんも笑顔で何度も頷いていたよ。
その後も、テイムした順番にそれぞれの子達に紋章を刻むアルクスさんを、俺達ももうこれ以上ないくらいの笑顔で見つめ、揃って拍手を贈ったのだった。
「おめでとうございます。魔獣使い!」
笑った俺の言葉に、振り返ったアルクスさんも笑顔で頷く。
「本当にケンさんには感謝しかありません。改めまして、これからもどうかよろしくお願いします」
にっこりと笑って右手を差し出されて、もちろん俺も笑顔でしっかりと手を握り返したよ。
「では、我らは戻らせていただきます。皆様方の益々のご活躍を心よりお祈りいたします」
アルクスさんが紋章を刻んでいる間に、テーブルの上に置かれていたトレーや水晶樹の入った小皿は片付けられていて、笑顔でそう言った神官長が一枚の紙を俺に差し出してきた。
「こちらが今回の出張費用と三名様の紋章付与の代金の明細となります。祭りが終わってからで結構ですので、神殿へ直接おいでいただくか、あるいはギルドの口座からの引き落としも出来ますので、その場合はこれをギルドの窓口へお持ちください。よろしくお願いいたします」
「ああ、了解です」
てっきりこの場で支払うんだと思っていたけど、これはおそらく不正防止の意味もあるのだろう。現場に出る神官にはお金を触らせないってね。
明細を受け取り、一旦収納しておく。
今回の出張費用はお祝いのつもりで俺が支払うので、紋章付与の代金だけ俺が三人から預かって、一緒にまとめて支払えばいいからな。
護衛の人達に付き添われて帰っていく神官様達を玄関先で見送り、部屋に戻って来たところでスライムベッドの上で気絶したままのシェルタン君とレニスさんを見る。
「これ、そろそろ起こしていいよな」
笑いながらそう呟き、そっと両手をそれぞれにスライムベッドに当てて思いっきりゆすってやる。
「おおい、起きろ〜〜〜!」
笑いながらそう言って、さらに力一杯ゆすってやる。
「きゃあ〜〜!」
「うわあ! 何だ?」
さすがに目を覚ましたらしく、二人の悲鳴がこれまた綺麗に重なる。
大爆笑になったのは当然だよな。
「もう、皆が教えてくれなかった意味が分かりました。皆さん、酷いです!」
「そうだそうだ。皆酷いぞ〜〜〜! 特にお前〜〜〜!」
起き上がるなり、笑いながらそう言って怒るふりをするレニスさんと、もう遠慮なく大爆笑しながらムジカ君に飛びかかって首元を掴んで揺さぶるシェルタン君。
「ギャハハ、もうお前の悲鳴、最高だったぞ!」
全くの無抵抗で揺さぶられつつ、笑って手を叩くムジカ君。
顔を見合わせてから、二人はもう一回同時に吹き出して大爆笑になったのだった。
「じゃあ、従魔達が待ち構えているから、どうぞ紋章を刻んでやってください」
ようやく笑いが収まったところで、俺がそう言って二人の背中を軽く叩いていやる。
なにしろ、さっきまでもふ塊にくっついていた二人の従魔達が、二人が目を覚ました途端にキラッキラに目を輝かせてこれまたすっ飛んできたんだからさ。しかもちゃんどどちらの従魔達もテイムされた順番にちゃんと並んでいるんだから、もう準備万端って感じだ。
「あはは、そうだな。じゃあとにかく紋章を刻んじまおう」
笑ったシェルタン君の言葉にレニスさんも笑顔で頷く。
「じゃあ、お前からだな」
「はあい、皆と同じところにお願いしま〜〜す!」
シェルタン君の言葉に、スライムのスイミーが嬉しそうにぐいっと伸び上がる。
通訳するまでもなく、素手の右手をスイミーにぐいっと押し当てるシェルタン君。ピカっと光った後に綺麗に刻まれた彼の新しい紋章を見て、俺達もこれ以上ない笑顔になったのだった。
そして、同じく順番に従魔達に新しい紋章を刻むレニスさん。
紋章を刻んだそれぞれの従魔を抱きしめ、これからもよろしくねと笑顔で泣きながらそう言っている様子を見て、今度は一緒になって涙ぐむ俺達だったよ。