レニスさんの紋章
「よし、描けた!」
レニスさんのちょっと得意そうな呟きを聞いて、側にいたリナさんが彼女の手元を覗き込む。
「ああ、これは可愛いわね。うん、いいと思うから聞いてきなさい」
笑顔でそう言ってレニスさんの背中を軽く叩く。
「は、はい!」
やや緊張しつつそう返事をしたレニスさんは、立ち上がって俺の所へ早足で駆け寄ってきた。
「あの! これでどうでしょうか! 駄目ならおっしゃってください!」
そう言って差し出された紙を見て、俺も笑顔になった。
「ああ、これは確かに可愛いですね。もちろん大丈夫ですよ」
そこに描かれていたのは、四葉のクローバーで、右上の葉に小さく肉球模様が描かれていたのだ。枠線は無く四葉のみ。こういうのもシンプルで良い感じだ。
「あ! お揃いだね!」
背後から覗き込んだすっごく嬉しそうなシェルタン君の声に、レニスさんが驚いて顔を上げる。
「ほら、見てください。俺の紋章です!」
彼が差し出した紙を見て、レニスさんも笑顔になった。
彼の紋章は、やや楕円形の枠の中に肉球マークが描かれていて、そのうちの右上の指が一つだけ四葉のクローバーになっているのだ。
「確かにお揃いですね。私、もしも紋章を授かれる日が来たら、絶対に四葉にしようって決めていたんです」
「ええ、そうなんですね。実は俺もそうだったんですよ! でも、ケンさんのあのマークを見たらこれしか考えられなかったんです!」
「そうですよね。やっぱりあのマークは欲しいですよね! 私もどうしようか必死に考えてこうなったんです!」
目を輝かせて頷き合うシェルタン君とレニスさんの嬉しそうな会話を聞いて、もう俺達全員、優し〜〜い眼差しになっていたのだった。
うん、青春だね。頑張れシェルタン君! 少なくとも脈はあると思うぞ!
その夜は作り置きを持ち寄ったいつもの好きに取るバイキング方式で夕食を済ませ、食後は明日の紋章授与をネタに俺達はのんびりと呑んでいた。
「うああ、いよいよ紋章を授かれるんだ。楽しみだなあ」
ワクワクって感じにそう言って、白ビールの入ったグラスを持つシェルタン君。その横で同じく白ビールのグラスを持ったレニスさんも笑顔で頷いている。
そう。あっという間に、新人コンビもビールくらいはガバガバ飲めるようになっていたよ。
マジで、すぐに酒量でも追い越されそうだ。
「確かに楽しみですね。でも、紋章授与の際に何かあるような事をマール達から聞きましたけど、何があるか知っていますか?」
ビールを一口飲んだレニスさんが苦笑いしながらシェルタン君を見る。
「それ! そうなんですよね! ムジカも知っているのに教えてくれないんですよ! 気になりますよね!」
「シェルタンさんも知らないんですね。ええ、どうして誰も教えてくれないんでしょうか?」
顔を見合わせた二人が、揃ってもう一人の紋章待ちのアルクスさんを見る。
「俺は知っているけど、せっかくだから何があるのかは言わないでおくよ。明日を楽しみにしていると良い」
苦笑いしたアルクスさんの答えに、俺達が一斉に振り返る。
「ええ? アルクスさんは、何があるか知っているんですか?」
俺の質問に、アルクスさんは手にしていたビールをぐいっと飲み干してから頷いた。
「俺が新人の頃に世話になったテイマーの爺さん達から、それこそ飲むたびに聞かされましたよ。先輩魔獣使いが紋章を授かった時の話をね。絶対に冗談だろうと思っていましたが、あれ、冗談じゃあなかったみたいですね」
そう言って右掌に左手の人差し指で真ん中部分をぐいっと押して見せる。
「ああ、確かに話だけ聞けば絶対に冗談だろうと思いますよね」
俺の返事に、頷きつつ吹き出すアルクスさん。
「ええ、気になる〜〜〜!」
「意地悪せずに教えてくださ〜〜い!」
身悶えるシェルタン君とレニスさんの叫びに、俺達全員揃って大爆笑になったのだった。
明日は早めに起きないといけないので適当なところで飲み会はお開きとなり、皆、それぞれの部屋へ新しい従魔達を引き連れて嬉しそうに戻るのを俺達は笑顔で見送ったよ。皆、従魔達と仲良くな!
俺も従魔達を引き連れて屋根裏部屋に戻り、ゆっくりと風呂に入って、その夜はいつものもふもふとむくむくに包まれて休んだのだった。
翌朝、いつもの従魔達総出のモーニングコールに起こされた俺は、眠い目を擦りつつなんとか起き上がり、突撃してくる従魔達を一通り撫でたり揉んだりしてしっかりとスキンシップを楽しんでから、顔を洗いに階段を降りて水場へ向かった。
「ううん、部屋に水場がないのは不自由だと思っていたけど、こうして階段を降りて移動するのも必要な動きって気がしてきたな」
起きてからの、このちょっとした運動のおかげでしっかり目が覚める気がしてきた。
「上に水場を作ってもらおうかと思っていたけど、このままでいいな」
バシャバシャと顔を洗ってサクラに綺麗にしてもらった俺は、小さくそう呟いてスライム達を順番に水槽にフリースローで投げ込んでやった。
屋根裏部屋に戻って手早く身支度を済ませてリビングへ向かうと、もう全員集合していてちょっと笑ったよ。
手早くいつもの朝食メニューを用意していると、呼び鈴が鳴って慌てて玄関に走った。
朝早くから申し訳ありませんと恐縮する神殿のスタッフさんに、朝からこちらこそすみませんと俺も謝り、全員分の紋章を書いた紙をまとめて渡した。もちろん紙の裏にはそれぞれ名前が書いてあるので、誰の紋章かは分かるようにしてある。
「確かに預かりました。では準備が出来次第伺います」
持っていた鞄に紙を入れたその人は、乗ってきていた馬に飛び乗り笑顔で戻って行った。
「じゃあ、まずは食事だな」
振り返った俺の言葉に、一緒に来ていた新人コンビとレニスさんは、揃って笑顔で頷いたのだった。
「ところで、誰から紋章を授けてもらうのか、順番は先に決めておいた方がいいんじゃあないか?」
笑った俺の言葉に三人が揃って無言になり、大急ぎでリビングに戻ってアルクスさんも交えてそれはそれは真剣な顔で相談を始めたのだった。
さて、彼らの紋章授与はどんな風になるんだろうね? ううん、楽しみだよ。