アルクスさんの紋章
「到着〜〜〜!」
別荘へと続く坂道を駆け上がったところで、俺はそう叫んで思いっきり伸びをした。
「はあ、やっと大仕事が片付いたな。じゃあ今夜はゆっくり風呂に入ろうっと!」
嬉しそうにそう言った後、大きな別荘を見上げて固まっている新人コンビとレニスさんを振り返る。
ボルヴィスさんはここを知っているから平然としているけど、アルクスさんも彼らと同じくらいに驚いて別荘を見上げているよ。
とにかく全員を中へ招き入れ、新人コンビとレニスさん、それからアルクスさんにはそれぞれ好きな部屋を選んでもらう。
と言っても、余りの豪華さに恐縮する彼らを説得するのに、割と地味に時間を取られて密かに笑っちゃったのは内緒だ。
でもまあ、気持ちは分かる。
確かに俺も誰かにここへいきなり連れてこられて、構わないから好きな部屋に泊まっていいって言われたら、間違いなくドン引きすると思うからな。
一応アーケル君達が説得してくれたみたいで、リナさん夫婦の隣の部屋をレニスさんが、アーケル君達三兄弟が泊まっている隣の部屋をムジカ君とシェルタン君が一緒に使う事にしたみたいだ。
しかもその部屋はまだ家具が入っていなくて、ソファーとテーブルしか置いていなかったらしいんだけど、逆にその方が落ち着くし、ベッドはスライム達が作ってくれるのでそのままでいいですと、家具の追加を提案した俺に二人が揃って力説していた。
うん。思いっきりその気持ちは分かるので、もし何か困った事があればいつでも言ってくれと念押ししてそのまま使ってもらう事になった。
そんなこんなで時間を取られていると、ギイが戻ってきたので、全員揃ってリビングへ移動する。
「頼んできたぞ。今日はちょっと時間が無いらしいので、明日の午前中に来てくれるそうだ。それで、明日の朝一番に神殿の人が、準備の為に紋章を受け取りに来てくれるそうだから、今日中に各自の紋章を書いた紙を用意しておくように念押しされたぞ」
その言葉に真顔になるアルクスさんとレニスさん。シェルタン君はもう考えてあるから余裕だな。
「ううん、紋章か。さて、どうするかな」
小さくそう呟いたアルクスさんは、無言でハスフェル達が連れている従魔に刻まれた俺の紋章をガン見する。
レニスさんも無言のまま考え込んでいるが、視線は床に好き勝手に転がるスライム達に刻まれた俺の紋章に釘付けだ。
しばらくして、アルクスさんは手持ちの収納袋から紙とペンを取り出して何やら真剣な顔で描き始めた。
レニスさんは、困ったようにその様子を見ている。
もしかしたら大きめの紙は持っていないのかもしれない。
「ええと、使い……」
俺の手持ちの紙を取り出そうとした時、にっこり笑ったリナさんが、手持ちの収納袋からさっと大きめの紙を取り出してレニスさんに渡した。ううん、出遅れた!
「あ、ありがとうございます。ではお借りします……」
しかし、椅子に座ってペンを手にしたものの、レニスさんは無言のまま固まっている。
「あ、こうしよう!」
ごく小さな声でそう呟き、こちらも真剣な様子で何かを描き始めた。
しばし無言のままそんな二人を見つめる俺達。
「よし、これでいこう」
先に顔を上げたのはアルクスさんで、真顔で自分が描いたそれを何度も見てから何故か俺を見た。
「あの、ケンさんの紋章を使わせていただいてもかまわないでしょうか?」
恐る恐ると言った感じに差し出された紙に描かれていたのは、四角いマス目の中に縦横三個ずつに市松模様に区切られた背景とその真ん中あたりにやや小さめに描かれた肉球模様だった。
だけど、その肉球模様の指の部分にちょっと尖った爪が出ている。
「もちろんです。爪が付くと一気にワイルドな感じになりますねえ」
笑った俺の言葉に、安堵したようなため息を吐くアルクスさん。
「よかった。ケンさんなら笑って許してくださるだろうとは思っていましたが、勝手に使われて万一気分を害されたらどうしようかと、実はちょっと怖かったんです」
苦笑いするその言葉に、俺は笑って首を振る。
「とんでもないです。俺の紋章を引き継いでくださる方がまた増えて嬉しいですよ。頑張ってもっと従魔を増やしてくださいね」
「ありがとうございます。ケンさんの事は、勝手に師匠だと思っております。改めまして、よろしくお願いします。ああ、もちろん早駆け祭りでは遠慮はしませんからね」
にんまりと笑うその言葉に、俺はもう笑うしかない。
「それは当然です。俺の三連覇、阻んで見せてくださいね」
一応二連覇の覇者なんだからこれくらいは言ってもいいよな?
などと考えていてちょっと遠い目になる。
思いっきり三連覇のハードルが爆上がりしている気がするんだけど、俺の気のせいじゃあないよな?