アーケル君のテイム
「じゃあ皆、もう一回行くわよ〜〜〜!」
「はあい! 行く行く!」
恐らくベリーからなんらかの合図があったのだろう、ご機嫌なニニが顔を上げてそう言うとあちこちから返事が返り、俄然やる気になった猫族軍団がニニとカッツェを先頭に一斉に駆け出して行ってしまった。
「ええと……」
新しくテイムした子達まで行ってしまったものだから、アルクスさんとボルヴィスさん、それからアーケル君が揃って呆気に取られて猫族軍団が走り去っていった方を見ていた。
「どうやら、また何か見つけたみたいですよ。何が来るかは分かりませんが、とりあえず大人しく待っていましょう」
笑った俺がそう言ってやると、目を輝かせたアーケル君がこっちを振り返った。
「って事は! もしかして……もしかします?」
これ以上ないくらいの満面の笑みになったアーケル君が、そう言って乙女の如く胸元で手を握りしめている。
まあ、俺は虎が来るって知っているけど、ここは知らん顔をすべきだよな。
「さあ、何が来るかは分からないけど、従魔達はアーケル君が虎を欲しいって知っているんだから、まあそうなんじゃあないか?」
「ですよね! うわあ、もし本当にそうだったら嬉しいなあ〜〜タイガ〜さん! タイガ〜さん! 見っつかれ見っつかれタイガ〜さん!」
嬉しそうにそう言って笑ったアーケル君は、そのままご機嫌で謎の歌を歌い始めた。
マックスの頭の上で尻尾のお手入れをしていたシャムエル様が、何故か嬉しそうに笑って立ち上がると、その若干調子っ外れな謎の歌に合わせてステップを踏み始める。
「ううん、ちょっと普段と違ってスローペースだから踊りにくいねえ。でもたまにはこういうのも良いよね」
苦笑いしたシャムエル様は、そう言いつつも止まる事なく踊り続けている。
でも、確かに普段の激しいステップとは違い、なんて言うんだろう。すごくゆっくりとした動きでクルクルと回りながら踊っている。
あれは社交ダンスっていうのかな? それともワルツとか? 名前しか知らないので、あくまでイメージです(キリッ)
尻尾を仮想相手にしているのだろう。時折尻尾を伸ばしたりもしながら普段と違ってゆっくりと踊るシャムエル様は、踊りにくいとは言いつつとても楽しそうだ。
「へえ、器用なもんだな。あ、こういうのはどうだ?」
以前時間潰しにネットの配信で見た、中年男性が社交ダンスにハマって大会に出る映画を不意に思い出した俺は、その時の彼がお相手の女性にしていたみたいに、右手を差し出してシャムエル様の小さな手を取り、シャムエル様の頭上に手を引き上げてクルクルと回してやった。
ストーリーもほぼ覚えていないし、なんとなく見ていただけなんだけど、楽しそうにお相手の女性を回しているシーンだけは、なぜか鮮明に覚えていたんだよ。
なんとなくあの時のダンスっぽく歌のタイミングに合わせ手を一旦離し、またタイガ〜さんの歌声に合わせて手を取りクルクルと回してやる。
シャムエル様は小さいから、おもちゃで遊んでいるみたいな気になってきたぞ。
「ケン! これ最高! すごいよ。君だってちゃんと踊れているじゃない!」
何故かご機嫌になったシャムエル様にそう言われて、思わず吹き出した俺だったよ。
「いやいや。俺自身は一歩も動いていないって。俺はシャムエル様を回して遊んでいるだけで〜す」
笑いながらそう言って、また頭上に手を引き上げてクルクルと回してやる。
止め時が分からず、結局ニニ達がデカいタイガーを全員総出で追い込んで来るまで、俺はひたすらシャムエル様をクルクル回し続けていたのだった。
「うわあ、めっちゃデカい!」
「さっきのボルヴィスさんがテイムしたローランより、一回りはデカいんじゃあないか? あんなのテイム出来るのかよ」
新人コンビの怯えたような声を聞きつつ、俺達も揃って呆気に取られていた。
まあ、最大クラスのティグほどではないが、これは確かにデカい。確実に雄と思われる。
「よし! タイガーきた〜〜〜〜!」
そして歓喜の声を上げるアーケル君。
しかも、今のタイガーは追い込まれはしているもののまだ確保には至っておらず、猫族軍団と急遽応援に入った狼軍団に取り囲まれているだけだ。
隙間なく周囲を取り囲む従魔達を見て、歯を剥き出しにして唸るグリーングラスタイガー。
「じゃあ、丁度いいからもうこのまま確保するか。皆、俺が今から術を発動するから、絶対に飛びかかったりしないでくれよな。この術は巻き込まれるからさ」
グリーンフォックスのコッティーに乗ったままのアーケル君が、そう言って従魔達のすぐ後ろまで進み出る。
まあ当然だけど、彼の前の従魔達は動かない。もし動いたら、間違いなくタイガーはアーケル君に襲いかかるだろうからな。
「では行きます!」
従魔達のすぐ後ろで腰の石付きの短剣を引き抜いたアーケル君は、一つ深呼吸をしてからそう言い短剣を掲げた。
「押さえろ!」
大声でそう叫んだ瞬間、例の過剰重力の術が発動して従魔達の円陣の真ん中で唸っていたタイガーが、ググッと地面に押さえつけられた。
意味がわからないのだろう、小さな目を見開いたタイガーが拘束から逃れようと唸るが、当然空気に押さえつけられた体はぴくりとも動かない。
唸り声がさらに大きくなり、歯を食いしばったアーケル君が握りしめた短剣をグッて感じに少し下に振る。
その瞬間、タイガーはもう完全に地面に押さえつけられた。
しかも、さっきまでは一応四つ足でしゃがんだみたいな体勢だったのに、今は虎の敷物みたいに前後の脚が開いた状態になっている。
あれは明らかに、脚を外に引っ張って無理矢理その体勢を取らせたっぽい
「ええ、凄い。あんな事も出来るんだ」
思わずそう呟くと、ニヤリと笑ったアーケル君がそのままゆっくりとコッティーを進ませた。
無言で左右に分かれてアーケル君を通す従魔達。
コッティーから降りたアーケル君がゆっくりと地面に伸びたタイガーに近寄る。
しばしの無言の見つめ合いのあと、目を閉じたタイガーがゆっくりと喉を鳴らし始めた。
それを聞いて、短剣を下すアーケル君。
この距離なら、術を解かれたタイガーが本気で襲い掛かったら、従魔達が反応する前にアーケル君はひと飲みにされるだろう。
だが、近付いてくるアーケル君を見ても、タイガーは動かずにじっとしたまま喉を鳴らしている。
そのまま大きな頭を右手で押さえつけたアーケル君は、簡単に巨大なタイガーをテイムしてしまった。
名前はレムロス。これも昔の英雄の名前なんだとか。
「はあ、なんとかなったよ。よろしくなレムロス!」
紋章を刻んで名前をつけたところで、大きな安堵のため息を吐いたアーケル君がそう言って巨大なレムロスの首元に飛びつくようにして抱きついた。
「名前を貰えてとても嬉しいです。よろしくお願いしますねご主人」
ティグと変わらないくらいの低い音で喉を鳴らしながら、嬉しそうに目を細めるレムロス。
「いやあ、あの術は何度見ても、やっぱりとんでもないよなあ」
「だな、あれを万一気付かないうちに掛けられたとしたら、どう考えても反撃するのは不可能だよなあ」
腕を組んだハスフェルとギイの呆れたような会話に、見ていた全員が首がもげそうな勢いで揃って頷いていたのだった。