食事タイム!
「わあ、こんなにたくさんあったら、どれを取ろうか迷ってしまいますね」
渡したお皿を手にして並んだ料理を見たレニスさんは、嬉しそうに笑って小さな声でそう呟いている。
見ていると、どうやら本当に迷っているみたいで、あちこちの料理を見ては感心したように何度もそう呟いては少し考えてまた別の料理を見ているだけで、手にしたお皿はほぼ空のままだ。
「遠慮なく取ってくれて良いですよ。もしもどれにしようか迷うなら、気になるのを少しずつ色々取って、食べてみて気に入ったのをもう一回取るのがおすすめですよ。それなら、もし口に合わない味のものがあっても、一口くらいなら食べられるでしょう?」
もしかして、こういった料理の取り方をした事がないのかもと思って一応そう説明しておく。
「ああ、ありがとうございます。そうですね。じゃあそうさせてもらいます」
顔を上げて俺を見たレニスさんは、笑顔でそう言ってから本当にちょっとずつ料理を取り始めた。
「あの、これが絶品と名高い冬の岩豚のトンカツです。揚げ物がお嫌いじゃあなければ、これは是非食べてみてくださいね」
「ええ、岩豚って……あの?」
どうやら岩豚自体は知っていたみたいで、山盛りになった岩豚トンカツを見てレニスさんが無言になっている。
まあそうだよな。世間では冬の岩豚なんて、一生に一度食べられれば最高だって言われるらしいからな。ま、ここでは普通にメニューで出ているんだけどさ。
「ケンさんの言う通りです。これは本当に美味しいので、超おすすめです!」
何故かドヤ顔のシェルタン君の言葉に、笑顔で頷いたレニスさんがやや小さめの岩豚トンカツを一切れ取る。
「ほら、こっちのハイランドチキンの唐揚げも絶品ですよ」
笑ったリナさんが、自分が取っていた唐揚げの山を示しながらそう教えている。
「こっちはハイランドチキンの唐揚げですか。ううん、なんと言うか……材料費がいくらかかっているのか考えたら、ちょっと取るのが怖くなります」
そう言って苦笑いするレニスさんに、俺は笑って首を振る。
「大丈夫ですよ。ここで使っている野生肉は、どれも従魔達が狩ってきてくれたものなんです。なので俺が出したのは、ギルドで捌いてもらって肉を食べられるように下処理してもらう為の代金だけで、実質、肉は無料なんですよね。しかもまだまだ大量にあるので、在庫を減らすのを手伝ってください」
「ええ、これを従魔達が? そ、それは凄いですね」
テントの隅でもふ塊になっている従魔達を見たレニスさんは、驚いたようにそう言ってからもう一回料理を見回した。
「だから遠慮なく食べてくださいね。ああ、この肉巻きおにぎりも美味しいですよ」
俺が取った肉巻きおにぎりを示してそう言うと、頷いた彼女は少し考えてから一つだけ取った。
「あ、このコーンスープも絶品なので、是非!」
何故かシェルタン君がそう言って、コーンスープを勧めている。バイゼンのスープ専門の屋台でたくさん購入したあれは、確かに美味しいからな。
シェルタン君の言葉に笑顔で頷き、素直に勧められたコーンスープを用意してあったお椀に取るレニスさん。そして何故かそれを見て得意そうなシェルタン君と、シェルタン君の言葉にあの屋台を俺に教えたアーケル君が二人揃ってドヤ顔になっていて、吹き出しそうになるのを必死で我慢した俺だったよ。
「私、少食なのでもうこれで充分です。後は白ビールを一本いただきます。これ、さっきも思ったんですが冷やしてあるんですね。ビールを冷やすのは初めて見ました」
俺より少ない量の料理を取ったお皿を自分の席に置いたレニスさんは、氷をたっぷり入れた木桶に例の地ビールの瓶がぎっしり突っ込まれているのを見て苦笑いしながらそう言っている。
「ええ、俺が好きなんで冷やしてもらっているんですよ。冷えたビールって美味しいですよ。飲んだ事が無ければ是非飲んでみてください。ぬるいのが良ければ、そっちの在庫からどうぞ」
こっちの世界では、ビールやワインを冷やして飲む習慣は無いので、彼女が驚くのは当然だろう。一応、ぬるいのもあるのでそう言っておく。
「皆さん、冷えたビールを飲まれるんですね。じゃあ私も、せっかくですから冷えたのを頂きます」
そう言って、少し考えて手前側のを一本取った。
「あ、ケンさんが出ましたよ。なかなか男前ですね」
笑ったレニスさんがそう言ってラベルを俺に見せる。
「恥ずかしいから、あまりまじまじ見ないでください」
割と本気でそうお願いすると、何故かハスフェル達が大爆笑していたよ。
「ううん、美味しい!」
岩豚トンカツを一口食べたレニスさんが、目を見開いて少し大きな声でそう言って慌てて口を押さえる。
「本当に、これは美味しいよなあ」
「確かに〜〜マジでケンさんと別れた後、いつもの携帯食に戻れるかなあ」
しみじみとしたムジカ君とシェルタン君の呟きに、俺だけでなくリナさん一家が驚いて彼らを見る。
「ええ? せっかく時間遅延の収納袋を買ったんだから、貴方達も街の屋台で色々と買っておけば良いでしょう? 私達も、もう非常時以外は携帯食なんて食べたくないわよ」
「ええ? あれは傷みやすい薬草なんかの素材を入れておくのにと思っていたんですけど……?」
「間違いなくやる気も出るし体調も整うから、美味しいものを郊外で食べるのは超おすすめよ。祭りが終われば、皆で一緒に屋台巡りをしに行きましょう。おすすめの屋台を教えてあげるわ」
「「よろしくお願いします!」」
笑ったリナさんの言葉に新人コンビが笑顔で頷き、レニスさんは驚いてそんな彼らを見ているだけで何も言わない。
「ああそうだ。レニスさんって、収納袋は持っていますか?」
ふと思いついてそう尋ねてみる。
「はい、旅に収納袋は必須ですよね。今使っているこれは収納力五十倍です。あと一つ同じ五十倍を予備で持っています。時間遅延の収納袋は、さすがに私では手が出ませんでしたね。装備を充実させるのが優先でしたから」
確かに彼女の防具はかなりしっかりしている良いもののようだ。女性だし、軽くて防御力の高い防具は必須なのだろう。
よし、あとで街へ戻ったらまたギルドの支部へ行って、彼女にも時間遅延の収納袋を身内販売してあげよう。ソロになるのなら、手持ちの収納袋の充実は必須だろうからな。
我ながらお人好しだよなあと密かに感心しつつ、俺も岩豚トンカツを一切れ口に入れたのだった。
うん、自分で作っておいて言うのもなんだが、やっぱり岩豚トンカツは美味しいよな。