夕食準備!
「ええと、ちょっと在庫が減ってるし、まだ時間も早いから揚げ物でも作るか」
テントの中に入った俺が小さくそう呟いた直後、ソフトボールサイズで地面に転がっていたスライム達が、一斉に跳ね飛んで俺の周りに集まってきた。
「お手伝いしま〜〜す!」
張り切ったその声に笑った俺は、一瞬でサクラが入ってくれた鞄から、まずはいつもの椅子と机を取り出す。もちろん設置はスライム達がやってくれたよ。
それから並べた机の上に、大きな岩豚の肉の塊とハイランドチキンの巨大なもも肉をいくつも取り出した。今の人数だと相当量を用意しないと駄目だからな。
「じゃあ、俺が食べたいから岩豚トンカツとハイランドチキンの唐揚げにしよう。ええと、まずはいつも通りにこっちがトンカツ用で、こっちは唐揚げ用に切ってくれるか。俺は味付けをした後は揚げる準備をするからな」
「はあい、じゃあ切りま〜〜す!」
空いているバットも全部出し、まずは張り切っているスライム達に肉を切ってもらう。
「な、何をしているんですか……?」
巨大な岩豚の肉の塊やハイランドチキンのもも肉の塊を合体してから飲み込んだスライム達を見て、レニスさんがドン引きしている。
「今から夕食用の岩豚トンカツとハイランドチキンのもも肉で唐揚げを作ります。スライム達がどれくらい役に立つのか、まあ、そこで見ていてください」
そう言ってにんまりと笑った俺は、アクアが寄越してくれた岩豚トンカツ用の肉にせっせとスパイスをふりかけ始めた。
「ケン、すまないがその前にここに氷を頼むよ」
ギイが、そう言いながらいつものお酒を冷やす用の大きな木桶を持って来てくれたので、大急ぎでがっつり大量の氷を入れておく。
「それから、こっちに飲む用の氷も頼むよ。在庫がかなり減っているからな」
そしてその横に業務用のアイスピッチャーも並べたので、笑って頷いた俺は、そっちには完全に透明な飲み物用の氷をこれまた大量に作っておいたよ。
山盛りになった完全に透明な氷を見て、レニスさんだけでなくアルクスさん達や新人コンビも揃って感心していたよ。えっへん!
「じゃあ、作っていくか」
心得たスライム達がトンカツチームと唐揚げチームに分かれて、あっという間に揚げ物の下準備を始めている。
切ってから俺が味付けした肉に小麦粉をふるい、溶き卵にくぐらせてから用意した生パン粉をまぶしていく。出来上がったそれを、空のバットに綺麗に並べていく。
一口サイズに切ったハイランドチキンのもも肉は、深めのボウルに俺が用意しおろしニンニクとおろし生姜と塩胡椒、お酒と醤油と味醂、それからちょっぴりごま油も入れた特製だれにまとめて漬け込んでおく。
今までいろんな味で唐揚げを作って来たけど、最近の唐揚げの味付けはほぼこれ一択になっているよ。
こっちはこっそりスライム達に時間経過をお願いしてから、片栗粉をまぶしておいて貰えば下準備は終了だ。
見事なまでの流れ作業で、あっという間に下準備を終えたスライム達を見て、もうレニスさんは驚きすぎて完全に固まっている。
「すげえ、以前サンドイッチを作るのは見せてもらったけど、揚げ物準備も出来るんだ」
「すっげえ。しかもめっちゃ手慣れてるし」
新人コンビも揚げ物の準備をするスライム達を見て、ひたすら感心していた。
「ええ、どうやったらあんな事が出来るんですか……スライムなんて、役立たずだと思っていたのに……」
呆然としつつ小さくそう呟くレニスさんに、皆、苦笑いしている。
「スライムは役立たずなんかではありませんよ。俺達も、あそこまでではありませんが、日常的にさまざまな部分でスライムには助けられていますよ。スライムベッドなんてその際たるものですね。さっきのように水に濡れてもすぐに綺麗にしてくれますし、教えれば食べていいものと駄目なものをちゃんと見分けてくれますから、部屋の掃除やゴミの処理だってしてくれますし、食べた後の食器の後片付けだってしてくれますよ」
笑ったハスフェルの言葉を無言のままじっと聞いているレニスさん。
「ただし、火とスライムの相性は最悪なので、火を使う事は俺が全部やっています。それから味付けも加減が分からないらしいので、そこも俺が全部やっていますね。でもそれ以外の、切ったり粉をまぶしたり混ぜたりするような事は、もうほぼスライム達が全部やってくれますよ」
温まった油にせっせと岩豚トンカツを入れながら、俺も横からそう説明する。
別のフライパンには、唐揚げもガンガン入れていくよ。
「ケンさん、お手伝いします。それ、焦げないように時々ひっくり返して、いつも食べているくらいの良い色になったら、そっちのカゴに取り出せばいいんですよね?」
アーケル君がそう言って来てくれたので、少し考えて岩豚トンカツをお任せしておく。唐揚げは二度揚げしないといけないからな。
「トンカツを入れる時は、こんな風にフライパンの縁に沿って入れると油が跳ねないからな。でも、肉を焼いている時みたいに、揚げている最中に急に油が跳ねる事もあるからやけどには気をつけて」
「了解っす」
菜箸ではなく金属製のトングを手にしたアーケル君が、せっせとまだ色の薄いトンカツをひっくり返してくれる。
「よろしく。何か分からなかったらいつでも聞いてくれよな」
「了解っす」
もう一度そう言ったアーケル君は、笑って俺と手を叩き合ってからもう一回岩豚トンカツをひっくり返した。
そうして俺達が揚げ物の準備をしている間に、ハスフェルとギイが新人コンビと一緒に飲み物の準備をしてくれている。そして手の空いたランドルさん達やリナさん達は、空いた机の上に、手持ちの中から揚げ物のお供になりそうなおかずやおにぎり、パンなんかをせっせと取り出して並べてくれている。アルクスさんとボルヴィスさんも、取り出した料理をお皿に取ったり並べたりするのを手伝ってくれている。
「あ、あの……何か、お手伝いする事はありますか?」
何をしたらいいのか分からないらしい困ったようなレニスさんのその言葉に、俺は笑って首を振った。
「気にせず、今は座ってスライム達のする事を見ていてください」
今はもう下準備を終えたスライム達は、汚れたバットやトレー、ボウルなどを手分けしてせっせと綺麗にしてくれている真っ最中だ。
いつもならもっと早く終わるんだけど、やっているところをレニスさんに見せる為にいつもよりも全体の作業スピードがかなりゆっくりめだ。
笑顔でお礼を言ったレニスさんは、自分で取り出した折りたたみ式の椅子に座り直して、目の前の机の上でスライム達が片付けをするのを目を輝かせて見つめていたのだった。




