水の術の練習?
「そうそう。そんな感じで一気に力を放出するのではなく、細い筒を通して出すみたいに少しずつ水を出すの。どう? 分かった?」
無事に水場が出来上がったところで、笑顔のリナさんがレニスさんに水の術の扱い方を改めて説明している。
「細い筒を通すみたいにして少しずつ水を出す。そんな事考えた事もなかったです。でも、ちょっとだけ解った気がするので、頑張って練習してみます」
自分の右手を見つめながらのレニスさんの言葉に、ムジカ君とアーケル君もうんうんと頷いている。
「頑張って練習してくださいね。俺は子供の頃に母さんから、これで練習しろって言われてこれくらいの丸太を渡されたんですよね」
笑ったアーケル君がそう言って、30センチくらいの丸い形を手で示してみせる。
「ええ、丸太って……木の丸太ですか?」
不思議そうなレニスさんの言葉に頷いたアーケル君は、少し考えてこの草原から少し離れたところにある林を見た。
「えっと、じゃあ見本を見せますのでちょっと待っていてくださいね」
そう言ったアーケル君は、自分の騎獣であるグリーンフォックスのコッティーに飛び乗ると、そのまま林へ向かって一気に駆け出して行った。
一体何事かと不思議そうにそれを見送った俺達は、林に到着した彼が恐らく何らかの術を使って大きな木を切り倒すのを驚いて見つめていた。
しばし、その場で倒れた木に何かしていたアーケル君は、すぐにまたコッティーに乗って戻ってきた。
「ええと、これを使って練習するんですよ。ほら」
そう言ってアーケル君が収納袋から取り出したのは、今まさに切り倒してきたと思われる直系30センチほどの丸太で、高さは50センチほど。その丸太の中央部分には、縦に直系15センチほどの丸い穴が開けられていたのだ。いわば木の筒状態。
工具を使わずにこれを術で開けたのなら、それはそれで凄い気がする。
まあ、アーケル君の術が凄いのは実際に見て知っているけど、威力の強い術を発動出来るのと、こういった繊細な術を扱えるのかは、また別の能力な気がする。
密かにそんな事を考えて感心しながら見ていると、アーケル君はその筒状の丸太を地面に横向きに置いた。
「この穴に向かって、指先から水を出す練習をするんですよ。上手くいけば穴の壁面に当たらずに向こうへ水が吹き出します。失敗したら水が跳ねて自分がびしょ濡れになるか、もしくは丸太が吹っ飛びます。なので、ここではちょっと危険なのでもう少し離れましょうかね」
笑いながらそう言って、もう一度丸太を収納袋に入れたアーケル君は、リナさんと一緒にレニスさんを水場から少し離れた所へ連れて行った。
何となく、俺達は水場の近くでその様子を黙って見守っている。
「じゃあ一度やってみます」
しばらくアーケル君とリナさんから詳しい説明を受けていたレニスさんは、地面に置いた丸太の横に膝をついてそれはそれは真剣な様子でそう言ってから、人差し指だけを立てて握った右手をそっと丸太の横へ差し出した。
ドカン!
直後に、そうとしか聞こえないもの凄い爆音が聞こえて、見ていた俺達が揃って飛び上がる。
しかもその突然の爆音にマックス達も相当驚いたみたいで、従魔達が全員揃って一メートルくらい飛び上がっていたよ。
「ご、ごめんなさい!」
レニスさんが慌てたようにそう言った直後、アーケル君の吹き出す音が聞こえた。
「いやあ、俺の時より豪快だなあ。でも、これだけの威力があるって事は、制御出来るようになれば相当な術使いになれますよ。大丈夫だから遠慮せずにもっとやりましょう! 街の中と違って、ここなら誰にも迷惑をかけませんから」
どうやらレニスさんが発動した水の術で、勢い余って丸太をどこかへ吹っ飛ばしてしまったらしい。
すぐに別の丸太を取り出すアーケル君と平謝りするレニスさん。
大丈夫だから遠慮なく使えと笑うアーケル君に、レニスさんは遠慮しているみたいだ。
「じゃあ、スライムに丸太を確保して貰えばどうだ?」
「ああ、それは良い考えだね。やってくれるかい?」
俺の提案に笑って頷いたリナさんが、足元に待機していた彼女の従魔であるスライムの四号と五号にそうお願いする。
「はあい! やりま〜〜す!」
「しっかり支えているから、頑張って練習してくださ〜〜い!」
ご機嫌で答えた二匹が、左右から新しい丸太をしっかりと支える。
一応、通訳してあげると彼女は嬉しそうにスライム達を撫でていたよ。
ちなみに、二度目はスライム達が確保してくれたおかげで丸太が吹き飛ぶ事はなかったが、代わりに丸太に当たった水が凄い勢いで周りに飛び散り、レニスさんとリナさんとアーケル君だけでなく、離れたところで見ていた俺達や従魔達までびしょ濡れになってしまって、全員揃って大爆笑になったのだった。
「すみませんすみませんすみません!」
またしても平謝りする彼女に気にしないようにと笑ってそう言った俺達は、それぞれのスライム達に一瞬で濡れた体を綺麗にしてもらい、スライムにそんな事が出来るなんて知らなかったレニスさんを驚かせるのに成功したのだった。
その後、ひとまず練習は終了してそれぞれのテントを立てていく。
レニスさんのスライム達にはアクアとサクラがそれぞれ一緒になり、いつもより少しゆっくりと彼女に貸したテントを立ててくれた。
当たり前のようにスライム達にテントを立ててもらう俺達を見て、もうレニスさんの目はこぼれ落ちるんじゃあないかと心配になるくらいに驚きに見開かれていたのだった。
「大丈夫ですよ。四号と五号もすぐに覚えてくれますからね。きっとこれからの旅は格段に快適になりますから。楽しみにしていてください」
笑った俺の言葉に、あっという間に立ったハスフェルから借りたテントを見て言葉もなく何度も頷いているレニスさんだったよ。
さて、今夜のメニューは何にしようかな?