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新しい家と騒ぎの予感

「あはは。こんなに注目を浴びたのは、生まれて初めて郷を出て人の住む街へ来た時以来だね」

 相変わらずの大注目のなか、マーサさんいわく、いつもの三倍以上の時間が掛かって、ようやく目的の場所に到着した。



 この辺りは、雑貨屋やアクセサリー屋など、ちょっとした小物を売る店があるかと思えば、かなり高価そうな宝飾品を売る店もある、装飾品が中心の比較的女性客の多そうな通りだった。

 目的の建物は、その通りの端に位置していて、その先は小さな円形広場に繋がっていて、また放射状に別の通りへと繋がっているのだ。

 うん、やっぱりどこの道にも四角(よつかど)が全く無い。俺が方向音痴だったら致命的な事になりそうだ。


 ここだと言われたその建物は、正面から見たら普通の四角い建物に見えるが、上から見るとL字型になっているんだそうだ。

 今俺達がいる広い通りに面した部分と、奥の円形広場側の方に建物があって、L字の凹んだ部分が裏側部分で厩舎と裏庭になっているみたいだ。

 隣との建物の間には、門付きの車が通れそうな広さの通路が作られていて、そこから裏庭にある厩舎に行けるらしい。通路部分まで、全部こっち側の敷地になっているらしい。


 そして目的の建物は、外から見る限りしっかりした石造りの三階建てになった、確かにとても大きな建物だった。

 閉鎖されたままの一階の店舗部分は、大きな窓の部分に木製の木戸が立てられていて、今は完全に塞がれてしまっている。



「従魔達は、申し訳ないけど、裏の厩舎の横で待っててもらえるかい」

 マーサさんに言われて建物の横の通路を入って行く。厩舎のある裏に回ると、そこにあったのは、半分朽ちて壊れかけた古い厩舎だった。

「うーん。さすがに、この厩舎の中は危険だね」

 言われた通りにここで待っていてもらうつもりだったが、これはちょっと危険そうだ。

 半分天井が崩れかけた厩舎は、立ち入り禁止の看板を立てた方が良いレベルだよ。

 手前側部分は、広葉樹が数本あるだけの広い庭になっているので、マックス達にはそっちで待っていてもらう事にする。

「じゃあ悪いけど、ここで皆一緒に待っていてくれるか。すぐ戻るからな」

 身軽なファルコは、朽ちた厩舎の柵に留まって身繕いを始めたので、そっと撫でてから五人で鍵を開けた家の中に入った。



「今の裏の厩舎は、去年の夏の嵐で一部が倒壊しちまってね。知り合いの大工が、必要なら新しい厩舎を建ててくれるって話にはなってるんだよ。だから、必要なら連絡するよ」

「ああ、それなら従魔達が快適に過ごせるように作り変えていただいた方が良いので、一度相談させてもらいます」

 猫族の二匹は、小さくなれば家の中でも大丈夫だろうが、イグアノドンのチョコにはここに住むのなら厩舎が必要だろう。

「じゃあ、連絡しておくから詳しい話は直接しておくれ」

「了解です」

 嬉しそうに頷いてそう言ったクーヘンは、まずは入った一階の店舗部分の扉を開けた。



 内側に開いた扉の外側には、もう一枚木製の雨戸みたいなのがあって、それを開くと一気に店内が明るくなった。

 先程外から見た大きな木戸が立ててあった部分は、どうやらお店の扉側だったようで、開いた扉の横には大きな窓と外側からも見えるように作られたショーケースがあって、確かにアクセサリーなんかの細工物を扱うなら良さそうな作りだった。

「表側のショーケースは使えそうですが、それ以外はやはり直さないと無理みたいですね」

 店の中はかなり荒れているので、一から作り直した方が早そうだ。カウンターは取り外されていて床に大穴が空いているし、いくつかある陳列棚っぽいものはひび割れて歪んでいるし、床板には所々隙間が見える。

 うん、人が住まないと家って荒れるって言うもんな。



「その、厩舎を作ってくださる大工の人は、店舗の什器や棚は作ってくれるでしょうかね?」

 ひび割れた陳列棚を見て、少し困ったようにクーヘンがそう尋ねる。

「ああ、リード兄弟のところなら、弟のモルガンが家具職人だからね、棚や什器ぐらい簡単に作ってくれるよ。じゃあ、弟も来てくれるように頼んどいてやるよ」

「お願いします。ああ、それから地下室は、ジェムの倉庫として使う予定ですので。頑丈な棚をお願いします」

「へえ、地下室があるんだ」

 思わずそう言うと、クーヘンは頷いて廊下に出た。

「こっちですよ」

 その時、マーサさんが慌てたようにすっ飛んできた。

「ちょっと待った! お前さん、今なんて言った? ジェムの販売? ええ、ここでジェムを売るつもりなのかい?」

「ええ、ギルドに確認したら、近々店舗での販売なら登録制にはなるそうですが、順次解禁されるみたいですよ。かなり色んなジェムがありますからね。せっかくですから、実用品のジェムと、装飾用の高いジェムも販売するつもりです」

「今、装飾用の大きなジェムがあれば、王都から商人達が血相変えて買い漁って行くだろうね。なんだいあんた。そんなに持っているのかい?」

 呆れたようなその言葉に、俺たちはニンマリと笑った。

 王都から商人が来るのなら、予想通りじゃんか。よしよし。是非ともここに販売拠点を築いてもらおう。


 L字の内側部分が壁沿いに廊下になっていて、真ん中の曲がった部分に階段が作られている作りだ。

 店舗の奥は、言っていたように倉庫として使われていたようで、部屋の一つ一つがかなり大きくてガランとしていた。

 一旦店側の扉を閉めて、それから二階三階と順番に見て行った。

 二階と三階部分が住居として使われていたそうだが、家具の類は全部まとめて売ってしまったらしく、ほとんど何も残っていなかった。

 各階に台所や水場があり、ふた家族でも余裕で住める広さになっている。


 もしかして、ここにクーヘンは一人で住むのか?

 ちょっと心配になるくらいに、広い家だ。


「これなら、兄夫婦が来てくれてもお互いに気にせず暮らせますね」

 部屋を見て嬉しそうにクーヘンが言うので、納得した。

 どうやら、兄夫婦をここへ呼んで一緒に商売をするつもりみたいだ。

「私は、こいつらの食事を兼ねて定期的に狩りに出掛けないといけませんからね。留守の店を見てくれる信頼出来る人は必要です。以前、店をやりたいと言う話をした時に、兄夫婦が言ってくれたんです。是非手伝わせて欲しいと」

 嬉しそうなクーヘンを見て、逆に俺は心配になった、そのお兄さん夫婦って本当に大丈夫なのか? 恐竜のジェムは正直言って、一つでもかなりの値段が付く。留守の間に横流しでもされたら目も当てられないぞ。

 しかし、俺の心配など分かっているかのように、シャムエル様が笑って大きく頷いてくれた。

「大丈夫だよ、彼の兄弟達も皆良い人達だよ」

「そっか、じゃあ安心だな」

 笑ってふかふかの尻尾を突いてやると、俺の指を掴んでご機嫌で笑っていた。



「思っていた以上に綺麗ですね。これなら改築は最低限で済みそうですね」

「とは言っても、それこそ机や椅子だって買わなきゃならないんだから、予算はかなり必要そうだな」

「頭金だけもらえたら、あとは分割で構わないよ」

 マーサさんの言葉に、俺達は顔を見合わせて頷き合った。

 恐竜のジェムがあれだけあれば、どんな家だって即金で買っても余裕でお釣りが来るぞ。

「マーサさん、その事なんですが……」

「なんだい、頭金ぐらいは貯まったからきたんじゃないのか? 青銀貨があるのなら資金はかなり有るって事だろう?」

「いえ、全額即金でお支払い出来ますので、まあちょっとは値引き交渉させて頂きたいなって思っているんですけれどね」

 俺達とは違い、そのクーヘンの言葉を聞いたマーサさんは、またしても固まった。

 数回瞬きをした後、ゆっくりとクーヘンを振り返った。

「お前さん、この家が幾らか知ってて言ってるんだろうね」

「もちろんですよ。まあそれもこれも、ここにいる皆のおかげなんですけれどね」

「そうか、恐竜のジェムを持っているのか」

 納得したようにそう呟くマーサさんに、クーヘンは大きく頷いた。

「そうなんです。私一人では、絶対に狩れないような恐竜のジェムが大量に有るんです。そのお陰で、あっという間に資金が貯まりましたよ」

「なんとね。こりゃあ驚きだ。いやあ本当に長生きはするもんだね」

 何度も頷いてそう言って笑ったマーサさんに続いて、俺たちは一旦一階へ戻った。

「じゃあ、大工のリード兄弟を紹介してやるから、詳しい話は直接すると良いよ。それなら先に、商業ギルドへ行かないとね。紹介してやるから商業ギルドに先に登録だけでも済ませておきな。祭りが始まったら、しばらく新規の受付は嫌がられるからね」

 笑ったマーサさんの言葉に、クーヘンも頷き、じゃあこの後は一緒に商業ギルドへ行こうって話になったのだった。




「それなら、店の木戸を閉めて来ないとね」

 嬉しそうにそう言ったマーサさんが店に入ると、そこには驚いた事に人がいたのだ。

「なんだいあんた達。誰の許可を得て入って来たんだい」

 怒ったようにマーサさんがそう言ったが、勝手に入って来ていた二人の男は平然としている。

「で、ババア。いつになったらこの家の鍵を渡してくれるんだよ」

 驚く俺達を完全に無視して、男達は驚くべき事を言い放ったのだ。

 この家の鍵を寄越せだと?


 どうやら、クーヘンが買う予定のこの家は、他にも希望者がいたらしい。

 しかし、マーサさんの態度を見るに、どうやら良いお客では無いみたいだ。

 無言で顔を見合わせた俺達は、とにかく様子を見る為に、その場は黙ってマーサさんに対応を任せることにしたのだった。

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