暴力野郎達の事
「そろそろ来るかな」
廊下を歩く足音が微かに聞こえてきたところで、ハスフェルが扉の方へ歩いていきながら小さくそう呟く。
その直後、ノックの音がして答えたハスフェルがゆっくりと扉を開いた。
「ほら、入って」
リナさんがそう言って俯いたままの彼女の腕を引く。
「はい……」
消え入りそうなくらいの小さな声でそう答えた彼女が俯いたまま部屋に入って来る。
しかし、数歩部屋に入ったところで立ち止まってしまう。
「ご主人!」
しかし、俯いたままの彼女が何かいうよりも早く、待ち構えていた一号と二号と三号が、目を輝かせて彼女に飛びついていった。
とは言っても、マックス達のように飛びかかって押し倒すわけではなく、直前でキキーって音がしそうな勢いで止まって、足元に並んだのだ。トカゲの三号は、そのまま隣のウサギの二号の背中にスルスルと這い上がって頭の上にちょこんと収まった。なんとも可愛らしい。
だけど、彼女は動こうとしない。いや、動けないのかもしれない。
「何をしてるの。ほら、貴女の従魔達が待ってるわよ」
リナさんの優しい声に、彼女がグッと拳を握るのが見えて俺は密かに焦った。
もしかして、また従魔に暴力を振おうものなら、今度こそ俺達の従魔がぶち切れそうだ。いや、俺がブチ切れるのが早いかな?
咄嗟にそんな事を考えて身構えてしまう。
見るとハスフェル達も軽く身構えていたから、考えている事は同じなのだろう。
「ほら、何してるの」
笑ったリナさんが彼女の背中を軽く押すと、そのまま彼女はゆっくりと両手を広げて一号に抱きついた。
ずるずると膝をつき、床に座り込んだ彼女は、無言のままぎゅっと一号にしがみついている。
大人しく抱きしめられたままの一号だったけど、ふさふさの尻尾がパタパタと左右に勢いよく振られているのを見て、俺達も笑顔になる。
「ああ、一号だけずるいです! 私も〜〜〜!」
「ご主人、私もお願いします!」
「レニスさん。二号と三号が自分達も抱きしめて欲しいって言ってますよ」
せっかくなので通訳してやると、驚いたように彼女が顔を上げて俺を見た。
その目が真っ赤になっているのを見て、俺は笑顔で頷いてやった。
「おいで……」
二号と三号がいる側の右手だけをそっと広げた彼女の声を聞いて、二匹が一緒に飛び込んでいく。
両手でそれぞれ一号と二号を抱きしめ、腕に上がってきた三号に泣きながらそっと頬擦りする彼女を見て、俺達は顔を見合わせて揃って笑顔で頷き合った。
もう大丈夫だろう。
従魔達を抱きしめたまま啜り泣きはじめた彼女が落ち着くまで、俺達は何も言わずにそのままじっと待っていたのだった。
「あの、色々と大変失礼をしました。改めてお詫びします」
しばらくしてようやく落ち着いたらしい彼女は、従魔達を離して立ち上がると、俺達に向かってそう言いながら深々と頭を下げた。
「分かってもらえたようで安心しました。これからは従魔達と仲良くしてくださいね、もう、暴力は駄目ですよ」
笑った俺の言葉に、小さく頷く彼女。
「今なら分かります。リンピオ達が間違っていたんだって……」
遠慮がちな彼女の言葉に、俺は思わずハスフェル達を見た。
『なあ、この際だから、彼女にあの暴力野郎達の事を聞いてもいいよな?』
一応、トークルーム全開でそう話しかける。
『ああ、確かにいいと思うぞ』
『確かに、今なら聞いてみるのはアリだと思うぞ』
ハスフェルとギイが揃ってそう言ってくれたので、俺は改めて彼女に向き直った。
「ええと、ちょっと質問してもいいでしょうか?」
「はい、何でしょうか?」
甘えてくる従魔達を交互に撫でてやりながら、彼女が驚いたように俺を見る。
「その。暴力野郎のマールとリンピオについてです。そもそも貴女はどこで彼らと知り合ったんですか?」
確か彼らは辺境で野良の冒険者をしていて、早駆け祭りに参加したくてハンプールに来たんだって聞いた。だとしたら、彼女はどこで彼らと知り合ったんだ?
「ああ、私も元は野良で冒険者をしていたんです。少し前に森で弱って動けなくなっていたこの子を見つけて、興味本位でやってみたらテイム出来たんです。私の村に、元テイマーの爺さんがいて、子供の頃に何度かテイムの話を聞いた事があったので……」
そう言ってキツネの一号の頭を撫でる。
「ああ、元テイマーの方からテイムの仕方を習ったんですね」
「習ったというか……昔話で、頭を押さえつけて俺の従魔になれと言ったら出来ると聞いていたので、その通りにしたら出来たんです」
成る程。キツネの一号は、なんらかの肉食獣とかに襲われてなんとか逃げたものの、ジェムによる回復が間に合わずに弱りきって行き倒れていたところを彼女にテイムされたわけか。
「その後、この子が確保してくれて後の二匹をテイムしました。マールやリンピオ達と出会ったのはその頃ですね。その時には彼らはもうあの従魔達を連れていて、魔獣使いになっていましたね」
「魔獣使い……って、あれ? 彼はフクロウを手放して従魔の数が四匹になってるけど、それでも魔獣使いのままなのか?」
ふと思いついてそう呟く。
「ああ、一度魔獣使いになって紋章を手に入れれば、従魔の数が減っても紋章は消えませんよ。私がそうだったでしょう?」
笑ったリナさんの言葉に納得する。確かに、従魔が死ぬ事だってあるだろうから、従魔の数が減っても紋章は消えないわけか。
「ちなみにマールは、リンピオに譲った黒いオオカミの他に黒い鹿とライオン、それからクロヒョウ、フクロウは手放しましたが、それ以外に黒のイグアナをテイムしていますよ」
レニスさんの説明に頷く。イグアナは小さくなっていたので見えなかったのだろう。
それにしても、彼の従魔はどれも黒。
まあ、ネージュは焦茶だったけど、もしかしたら黒い色に何かこだわりがあるのかもしれない。
ううん、これは厨二病の匂いがプンプンするぞ。
そんな事を不意に思いついてしまいなんだか可笑しくなってきて、ちょっと笑うのを堪えるのに苦労した俺だったよ。