暴力と従魔達
「ティグ、ソレイユ達も、いいから下がれ」
俺の一声で、大きく唸っていたサーバル達とティグがぴたりと大人しくなる。
「ねえ、レニスさん。怖かったですか?」
「あ、当たり前だろうが!」
俺の言葉に、ガバリと起き上がった彼女がいきなり俺に殴りかかってくる。
しかし、当たり前のようにアクアとサクラが俺の前に一瞬で飛び出してきて守ってくれる。そしてそのまま彼女の拳を包み込んだ。
「ひっ! 離せ!」
両手をアクアとサクラにそれぞれ肘の辺りまで包み込まれてしまい。ブンブンって感じに必死で手を振り回す彼女は、もう完全にパニック状態だ。
「離していいぞ」
俺が一言そう言うと、一瞬でぺろっと剥がれて床を転がるアクアとサクラ。
「この!」
怒りに任せて床に転がるアクアとサクラを踏もうと足を振り上げて踏み下ろした彼女だったが、一瞬早くアクアとサクラは逃げて、代わりに差し出されたティグの大きな前脚が彼女の足の下になる。
「ひぃ!」
また悲鳴をあげて、後ろ向きにひっくり返って転がるようにして床を這って逃げる彼女。
しかし、ティグが一瞬でそんな彼女の上に覆い被さって横から猫パンチをする。もちろん爪は無しの肉球パンチだ。
上向きになってまともにティグを見上げる形になり、恐怖のあまり声も出ない彼女。
牙を見せつけるように大きく口を開けて一声吠えたティグ。
それからもう一度、恐怖に固まっている彼女を横から爪無し肉球猫パンチで叩いて転がす。
彼女が猫パンチに吹っ飛ばされて転がるのを見て巨大化したサーバル達が嬉々として集まり、彼女でサッカーを始めた。
もちろんこっちも爪無しの肉球パンチ、しかもキックは無しだから安全この上ない。俺なら大喜びで転がされるぞ。
だけど、そんな事も分からない彼女は、もう恐怖のあまり泣き出して涙と鼻水でボロボロの顔になっていて、ただただサーバル達の手によって転がされているだけだ。
「もうご勘弁を!」
その時、ハスフェルが抱いたままだったキツネあらため一号が大きな声でそう叫んで、もがくようにして彼の腕から飛び出して行った。
そしてそのまま床に転がる彼女の上に、まるで守るかのように全身で覆い被さり、こっちを向いて謝るかのように頭を下げて鼻先を床に付けた。
ブルブルと震えながらも彼女を守ろうとするその健気な姿に、俺の怒りがシュルシュルと萎んでいく。
静かになった部屋に、彼女の啜り泣きだけが響く。
「ええと……」
誰も何も言わない無言の時間が重すぎてどうしようかと戸惑っていると、いきなりガバリと起き上がった彼女がなんと一号の横っ腹を下から蹴り上げた。突然の暴力に、避ける事も出来ずに吹っ飛ぶ一号。
「お前が情けないから、私がこんな……ひい!」
大声でいきなりそう叫んだ彼女がもう一度一号を蹴ろうとしたが、即座に飛び出してきて倒れた一号を守るように立ちはだかったティグに真正面から睨みつけられて、悲鳴をあげてまた転がる。
「大丈夫か!」
そう言って俺が駆け寄ったのは、当然、まだ倒れたままの一号の方だ。
「だ、大丈夫です……」
起きあがろうとして果たせず、前脚をもがくように動かしながらのどう聞いても大丈夫じゃないその答えに、俺は無言で手持ちの万能薬を一号のお腹あたりにかけてやった。
「え?」
一号と、俺のする事を見た彼女の両方から同じ驚きの声が上がる。
「レニスさん。この子は貴女を守ろうとしていたんですよ。それを下から蹴り上げるなんて、何を考えているんですか!」
振り返って大声で怒鳴った俺の声は、怒りに震えている。
「はあ? こいつにそんな力も勇気もある訳ないだろうが」
立ち上がりながらの完全に馬鹿にしたようなその言葉に、思わず手が出そうになってグッと拳を握る。
いくらなんでも、それは駄目だ。暴力に暴力を返したらこいつと同じになってしまう。しかも彼女は女性で俺は男だ。腕力で言えば間違いなく俺の方が強いんだから手を出しては駄目だ。
だけど、そんな必死で我慢していた俺の横をつかつかと進み出た姿が見えて、思わず焦って止めようとしたが間に合わなかった。
早足で進み出たリナさんが、何と、いきなり力一杯彼女の頬を叩いたのだ。
ペチンと大きな音が部屋に響く。
そしてもう一人、同じく早足で進み出たマーサさんが、今度は彼女の反対側の頬を力一杯引っ叩いたのだ。
これまた大きな音が静まり返った部屋に響く。
「「この人でなしが!」」
二人の口から、奇しくも同じ言葉が放たれる。並んで拳を握る二人の顔は、怒りで真っ赤になっている。
「なんだと!」
こちらも一気に真っ赤になった暴力テイマーが、二人に向き直り拳を握って殴りにいく。
迎え撃つマーサさんの手にはいつの間にか小ぶりな丸盾があり、殴りかかってきたその拳を平然と丸盾で防いで受け流す。
振り返って今度はリナさんに殴りかかった暴力テイマーだったが、当然のように自分の目の前に風の盾を作り出した彼女にその拳は届かず、逆に風にあおられて吹き飛ばされて床に転がる。
「ご主人!」
回復した一号がまた彼女に駆け寄りその上に覆い被さるようにして立つのを見て、俺はもう泣きそうになった。
どうして自分を理不尽に殴るような、そんな最低の奴を守ろうとするんだ。
そんな奴、守る価値すらないのに。
口元まで出かかった言葉をグッと飲み込む。
だって、たとえどんな酷い主人であろうと、従魔達は自分の主人が大好きなんだ。
だからその主人が攻撃されていれば、例え相手がどれほど強くても自分の命を盾にしてでも守ってしまう。それが従魔なのだ。
「この!」
また一号を蹴ろうとする彼女を見て叫びそうになった時、アクアとサクラが一瞬で跳ね飛んで彼女の足を包み込んだ。
ポヨン。
間抜けな音が響き、スライム越しに蹴られた一号が驚いたように飛び跳ねて後ろに下がる。あれだとダメージはほぼないだろう。
「な……」
アクアとサクラに包まれてしまった下半身を見て、硬直する暴力テイマー。
その直後、駆け寄ってきたティグとソレイユが、二匹がかりで彼女の上に覆い被さった。
「な、何をする……」
二匹に完全に押さえ込まれてしまい、必死でもがくも全く逃げられない彼女。
そのまま駆け寄ってきたサーバル達だけでなく、ほぼ全員の従魔達が彼女を取り囲む。
「じゃあ、もうちょっとやっつけてやりましょうか! 皆、爪出しは禁止よ〜〜!」
「は〜〜〜い!」
笑ったニニの声と元気に応える従魔達の返事が響いた直後、またしても従魔達によるサッカー大会が開かれたのだった。
当然、ボール役は床に転がる暴力テイマー。
時折聞こえる彼女の情けない悲鳴を聞きつつ、俺達はなんとも言えない気分でその様子を見つめていたのだった。