肉食の従魔達
俺達三人が、指導予定にしていたソファーしか置いていないだだっ広い部屋に入って行くと、そこには従魔達を含めて全員集合していた。
そして、分かってはいたんだけど実際のその光景を見て、割と本気でドン引きした俺だったよ。
何しろ、巨大な肉の塊が床に置かれた金属製のトレーの上に山積みになっていて、全員巨大化した肉食の従魔達がご機嫌でお食事の真っ最中だったのだ。
一応、いわゆるお弁当じゃあなくて、普通の牛肉の塊とハイランドチキンの塊だったのがせめてもの救いだ。
リアルスプラッタだったら、ここで俺は気絶して一発退場だって。
ちなみにこの部屋には絨毯の類は一切なく、大理石みたいなマーブル模様の石の床になっているから食べかけの肉が床に落ちても汚れる心配はない。
とはいえ、肉食の従魔達が鋭い牙を隠そうともせずにバクバクと大きな肉を齧り取って食べる姿は、俺が見ても割と本気で怖い。
暴力テイマーのレニスは、知らん顔をしてソファーに座っているものの、来た時よりも明らかに顔面が蒼白になっている。
そして、そんな彼女から思いっきり離れた部屋の反対側に集まって座り、知らん顔で話をしているリナさん一家とランドルさん達。
マーサさんとクーヘンは、困ったような顔をしつつそんな彼らと一緒にいる。
「ほら、見てくれよ。綺麗になったぞ」
俺がそう言って抱いていたトカゲ改め三号を見せてやると、振り返ったリナさん達が全員揃って目を見開く。
「うわあ、ツヤピカになりましたね。これは綺麗!」
リナさんがそう言って三号に手を伸ばす。
三号がちらっと俺を見たので笑顔で頷いてやると、三号は差し出されたリナさんの手にするりと乗った。
「綺麗になって良かったわね。ねえ、私もトカゲの従魔が欲しいと思っていたの。世話もしてくれないようなご主人はやめて、私の子にならない?」
にっこり笑ったリナさんの言葉に、ここまで素知らぬ顔を通していた暴力テイマーが驚いたように振り返る。
「えっと……」
困ったようにリナさんを見た三号は、その後に自分の主人を見る。
さっきまでと違って一気に顔を真っ赤にした暴力テイマーは、拳を握って自分の従魔のトカゲを見た。
「じ、自分の主人よりも人の世話になるのを選ぶような従魔はいらん! 好きにしろ!」
吐き捨てるような言葉に、三号が泣きそうな顔になる。
「ご、ご主人……そんな……」
飛び出しそうになった三号を、リナさんが両手でそっと包んで止める。
「大丈夫だから、私達に任せて。何があっても守ってあげるから」
ごく小さな声でそう話しかけるリナさんを、驚いたように見上げる三号。
「じゃあ、俺はこの子が欲しいな」
次に笑ってそう言ったのは、ウサギ改め二号を抱いているギイだ。
「ふわふわで真っ白。可愛い事この上もない。なあ、俺の子にならないか?」
「えっと……」
同じように焦って自分のご主人を見る二号。
「好きにすればいい! だが、お前は駄目だ。私は早駆け祭りに出るんだからな!」
何か言われる前に、ハスフェルが抱いているキツネの一号を見てそう言った暴力テイマーは、いきなり立ち上がるとハスフェルのところへ走っていき、キツネの前脚を掴んで引っ張った。
「来い! 帰るぞ!」
しかし、その瞬間にハスフェルは軽く後ろに下がってキツネの脚を掴んでいた彼女の手をごく軽く触った。
何をしたのかはわからないが、その瞬間に彼女は弾かれたように手を離して下がった。
「な、何を……」
右手を押さえて、呆然とそう言ってハスフェルを見上げる。こうしてみると彼女とハスフェルの身長差は相当なものだ。
「返せ!」
しかし、いきなりそう叫んだ彼女は拳を握ってハスフェルに殴りかかった。
キツネを抱いたまま、また一歩だけ下がるハスフェル。空を切る拳。
「返せ! 返せ! 返せ!」
怒りに顔を真っ赤にしてハスフェルに何度も殴りかかるが、平然と最低限の動きだけで避けるハスフェルにその拳はかすりもしない。
だけど、右だけでなく左の拳も握って左右から殴りかかる彼女は、拳闘士か? ってくらいの凄い勢いだ。
腰に剣は装備しているけど、もしかしたら彼女は拳で戦うタイプなのかも。
俺だったら間違いなくフルボッコされていそうな速さだよ。
誰も何も言わずにそんな二人を黙って見ている。
すると、食事をしていた従魔達の中から巨大化したサーバル達が一斉にこっちへ跳ね飛んできた。一瞬で暴力テイマーを取り囲む従魔達。
「な、な……」
驚きに目を見開いた彼女は、ぐっと口を引き結ぶと今度は従魔に殴りかかった。
ちなみに、真正面にいたソレイユに殴りかかったんだけど、ソレイユは平然とその拳を避けると大きく口を開けて彼女の拳に噛みつきにいった。
「ひっ!」
慌てて拳を下げ、後ろに下がる。もちろんソレイユはとてもゆっくりした動きだから本気じゃあないのは見て分かるよ。
「貴様、従魔の分際で人間に危害を加える気か!」
だがそんな判断さえつかない彼女は、震える拳を握りしめて大きな声で怒鳴るだけだ。
そして彼女を取り囲んだサーバル達は、それぞれに大きく唸り、牙を剥き出しにしていて下がる様子はない。
ちなみにお食事を終えたばかりなので、若干剥き出しの牙に赤いものが張り付いていたり、口の周りが赤いのはご愛嬌だ。
うん、たまには処理済みのお肉でも血が出る事はあるからな。
その時、サーバル達の背後からゆっくりと進み出てきたのは、最大サイズに巨大化したティグ。低く唸りながら鼻に皺を寄せて俺の指よりも遥かに大きな牙を剥き出しにする。
真正面からあれをされたら、俺でもビビるぞ。
当然、絶句してブルブルと震え出す彼女。
フンフンフン!
俯いて、顔の前に拳を上げている彼女に近付いたティグが、彼女の首元へ鼻を寄せて思いっきり匂いを嗅ぐ。
「ひっ!」
さっきよりもさらに震えた彼女は、そのまま膝から崩れ落ちて地面に這いつくばる。
「た、助けて……」
ガタガタと震えて床に突っ伏す彼女の口から、情けない程の小さな声が聞こえたのはその時だった。