従魔達のケアと名前
「ほら、これでいいな。じゃあ、あとはよろしく」
お風呂場に行って広い湯船に少しだけ熱湯を注いでから氷を出して湯温調整をした俺は、そっとトカゲを湯船におろしてから待ち構えていたアクア達を振り返った。
湯船のお湯はごく浅くしてあるので、トカゲが溺れるような事はない。
「はあい、じゃあ剥がしますね〜〜!」
アクアとサクラがポヨンと跳ねて湯船に飛び込むと、ニュルンと伸びてトカゲを包み込んだ。
だけど無理に一気に固まった皮を剥がすような事はせず、そっと優しく揉み込むみたいにしては少しずつ剥がしているみたいだ。
そしてハスフェルとギイも従魔達を抱いたまま一緒に風呂場に入ってきていて、床におろしたキツネとウサギには他のスライム達が集まってせっせと毛玉や抜け毛を取ってくれている。
「この子達、抱いて気がついたがかなり痩せているぞ。おそらく食事もろくに食べさせてもらっていないんだろう。何か食わせてやらないとな」
驚いた俺が慌てて手を伸ばすと、毛玉取りをしていたスライム達が一旦離れてくれた。
そっとキツネのお腹の辺りを撫でてやって納得した。軽く撫でただけで肋がゴリゴリと手に当たるって事は、体に肉がほとんどついていないって事だ。
基本的にジェムさえ無事なら自動的に回復するはずのジェムモンスターなのにこれって事は、もうジェム自体がかなり弱っていて、恐らくだけど体を保てるギリギリの状態って事なのだろう。
「うわあ、最低」
さすがにこれはちょっと笑って済ませるレベルを超えている。自分の従魔にここまで痩せるくらいに食事もあげないなんて、これはもう間違いなく虐待だ。
「なあ、お前達のご主人は、食事の用意もしてくれないのか?」
もう一度、しゃがみ込んでキツネにそう話しかけてやる。
「私は、狩りが下手なんです……」
恥ずかしそうなその言葉に、俺はもう堪らなくなった。
キツネはあまり群れを作らないはずだから、確かに狩りが下手なら郊外での狩りはちょっと大変かもしれない。それでも、ここまで痩せるのは異常だ。間違いなく、彼女から食事を与えられた事は無いのだろう。
「ほら。食べていいぞ」
ハスフェルが、従魔用に自分で収納していたらしい鶏肉の塊をお皿に載せてキツネの目の前に置いてくれた。
「い、いいんですか?」
戸惑うようなその言葉に俺達が揃って頷くと、しばし戸惑うように鶏肉を見つめたキツネは大きな口を開けてかぶりついた。
そのまま、必死になって息も継がずに食べる様を見たハスフェルは、何も言わずにもう一枚鶏肉を取り出してそっとお皿の上に並べてくれた。
離れていたスライム達が、また集まってきてキツネの毛皮のお手入れを始める。
尻尾はもう終わったらしく、ふわふわになっているよ。
「ご主人、この子達にも何かあげていいですか〜?」
思わずもふもふの尻尾に手を伸ばしかけた時、湯船から出てきたサクラがそう聞いてきたので慌てて振り返る。
今まさにスライム達による毛皮のお手入れの真っ最中のウサギを触手で示している。
「ああ、もちろんだよ。ええと、何がいいかな?」
しかし、俯いたままじっとしてスライム達にされるがままのウサギは、俺の質問に返事をしない。
「じゃあ、いつもラパン達が食べているのを一通り出してやってくれるか。それで好みを聞いて追加を出してやってくれ。そっちのトカゲにもな」
「はあい、じゃあ色々出しま〜す!」
そう言ったサクラは、大きめのトレーを取り出しそこに少しずつ葉物の野菜や果物、激うまリンゴとブドウ、他にも色々とちょっとずつ取り出して並べた。
別のトレーには干し草も一山取り出して置く。
「ほら、どれでも好きなのを食べていいぞ」
鼻をヒクヒクさせているウサギにそう言ってやると、ウサギは小さく頷いて目の前の干し草を引っ張って齧り始めた。
結局、キツネは五枚の鶏肉を平らげ、ウサギは干し草とキャベツ、それから激うまリンゴを嬉しそうに食べていたよ。
ちなみに脱皮の残りの皮が外れてツヤピカになったトカゲは、アクアが何と昆虫を取り出して与えていた。
生き餌ではないが新鮮な、いわゆる死にたてらしい。
驚いて聞いてみると、これはたまにイグアナコンビやセーブル、それからエリーがおやつに食べているんだって。
成る程。従魔達のお弁当は、思ったよりもかなり充実しているみたいだ。
嬉しそうに昆虫を食べるトカゲもそっと撫でてやり、俺はキツネとウサギを振り返った。
「そろそろ名前を教えてもらえるかな?」
キツネに向かってそっと話しかけてやると、ブルブルって感じに大きく震えたキツネは戸惑うように俺を見た。
「ご主人からは、一と、そう呼ばれています」
驚く俺が何か言うより早く、キツネの隣に来たふわふわで真っ白なウサギが俺を見上げる。
「私は二と呼ばれています」
そして、ウサギの隣に並んだトカゲも俺を見上げる。
「私は三と呼ばれています」
「ええ、数字そのまま?」
いくら何でも、せめてもうちょっと捻りが欲しいと思う俺は間違っているのか?
まあ、従魔はご主人からもらった名前が一生の名前なわけで、本人達が喜んでいれば別に何でもいいんだろうけど……どうにも納得出来ずに言葉を失う俺だったよ。
「ですが、この前早駆け祭りの参加申し込みをした際に何か言われたらしく、最近は一号と呼ばれています」
「私は二号です」
「私は三号です」
ウサギとトカゲも嬉しそうにそう言って俺を見上げたので、俺はいろんな思いのこもったため息を吐いて頷いた。
「そっか。じゃあ俺達もその呼び方をしていいかな?」
「はい、もちろんです。あの、痛かった皮を取っていただきありがとうございます」
トカゲ改め三号がスルスルと俺のすぐ横まで来て嬉しそうにそう言ってくれる。
「ありがとうございます。おかげで体が痒くなくなりました!」
「本当にありがとうございます。あの、お肉もとっても美味しかったです」
キツネ改め一号と、ウサギ改め二号も嬉しそうにそう言ってくれたので、俺達も笑って立ち上がった。
「じゃあ、まずは綺麗になったお前達をご主人に見てもらおうか。それで、ちょっと込み入った話をしようじゃあないか」
にんまりと笑った俺の言葉にハスフェルとギイもにんまり笑って大きく頷く。
ちなみに、俺の従魔達は風呂場には来ていないから恐らくだけど別室にてもう指導が始まっていると思われる。
ハスフェルとギイと顔を見合わせた俺は、三号を腕に乗せ、ハスフェルとギイがまた一号と二号を抱き上げてくれたので、スライム達を引き連れて指導予定にしていた部屋へ向かったのだった。