問題のテイマーとの対面と彼女の従魔達
「さあて、そろそろ時間かな」
何となく窓の外を見ながらの俺の呟きに、あちこちから微妙なため息が聞こえた。
その日、作り置きで少し早めの昼食を済ませた俺達は、どうにも落ち着かない時間を過ごしていた。
さすがに今から飲むのは駄目だと考えたらしいハスフェル達も、今はおかわりのホットコーヒーを飲みながら顔を寄せてコソコソと話をしている。
俺もおかわりのホットコーヒーをブラックで飲みながら、この後の段取りを考えてちょっと遠い目になっていたのだった。
そんな微妙な緊張感漂うリビングに、玄関のチャイムの音が響き渡る。
「来たか、じゃあせっかくなので全員でお出迎えかな?」
にんまりと笑ったハスフェルの言葉に、笑ったアーケルくんと新人コンビの返事が重なる。
実年齢は全く違うんだけど精神年齢がどうやら近かったらしく、草原エルフ三兄弟と新人コンビが何だか妙に意気投合している。
まあ、見かけは似たような年齢に見えるから並んで一緒にいても全く不自然じゃあないんだけどね。
マックス達もやる気満々で、俺達の後をついて来ている。
ううん、更に増えてパワーアップした俺達全員の従魔達を改めて見ると、何というか顔ぶれが凄い。マジで凄すぎるよ。
これ、味方だから平気でいられるけど、万一これが敵に回ったら……冗談抜きで、何もかも放り出して逃げる以外の選択肢が見つからないよ。まあ、もし逃げたとしても追いかけられてフルボッコされる未来しか見えないけどさ。
うん、この子達が味方で良かったと、割と本気で感謝した俺は間違ってないよな?
「はあい、お待ちしてましたよ」
そんな事をのんびりと考えつつそう言って玄関の扉を開くと、そこには何故か疲れた顔のマーサさんとクーヘンがいて、少し離れた後ろに小柄な女性が横を向いて立っていた。
彼女の横には、フラッフィーには敵わないもののなかなか大きな尻尾の焦茶色の毛並みの狐と、真っ白で立ち耳に一本角のホーンラビット、そしてリアルイグアナサイズの緑色の細身のトカゲが並んでいた。
この三匹が彼女の従魔なのだろう。
「はあ、やっと着いた」
ごく小さな声でクーヘンがそう呟き、マーサさんも苦笑いしている。
「ええと、とりあえず入ってください」
「ああ、この子を厩舎に入れたらすぐに戻るから、リビングへ行っていてもらえますか」
俺の言葉に笑顔で頷いたマーサさんが、小型の馬のノワールの手綱を引いて足早に厩舎へ向かって行った。
クーヘンは、自分の騎獣であるイグアナドンのチョコだけを連れて来ているみたいで、見えるところには他の従魔はいないみたいだ。まあスライムは連れてきているかもだけどな。
「レニスです。よろしく」
こっちを見もせずそっぽを向いたままの自己紹介って、どうなんですかねえ。
ボソって感じにそう言ったきり、次の言葉がない。
従魔達も、チラチラこっちを見てはいるが、特に何も言わずにじっとしている。
「魔獣使いのケンです。どうぞよろしく」
一応平然とそう言ったけど、彼女は俺を見もしない。
まあいいや。サクッと切り替えて、俺は横に並んでいる彼女の従魔達を見た。
「はじめまして。ケンだよ。君達の名前を聞いてもいいかい?」
彼女を無視して直接従魔達に話しかけてやると、驚いた従魔達が揃って俺を見る。だけど、他の子達のように返事をするわけでもなく、困ったように俺を見ているだけだ。
「ん? どうした?」
まさか名前をもらっていないなんて事は、さすがにあるまい。そう思っていたんだけど、問題のテイマーであるレニスさんは呆れたように俺を見て鼻で笑った。
「さすがは世界最強の魔獣使い殿は違いますね。従魔に直接話しかけてどうしようと? 人の従魔の言葉が分かるとでも?」
明らかにこっちを煽る気満々なその言葉に、俺はにっこりと笑って三匹の従魔を見た。
「ええそうですよ。俺、こう見えて念話の持ち主でしてね。人の従魔とも普通に話が出来るんですよ。でもこの子達は、貴女に気を遣って何も答えてくれませんでしたけれどね」
驚きに目を見開く彼女を無視して、もう一回従魔達を見る。
戸惑うように俺を見る従魔達の前にしゃがんだ俺は、ゆっくりと驚かせないように手を伸ばしてキツネの頭をそっと撫でた。それから、ホーンラビットとトカゲも順番に撫でてやる。
だけど触って分かった。もっとふわふわなはずのキツネとホーンラビットの毛皮は何だかゴワゴワしていてあちこちに毛玉が見える。
そして、トカゲも脱皮が上手く出来ていないらしく、左の前脚と尻尾の先が黒っぽくなって固くなってしまっている。
あれは、脱皮の際に上手く脱ぎきれなくて古い皮がそのまま硬化している状態だ。放置すれば最悪の場合、指先や尻尾が壊死して落ちる事だってある。
ちなみにうちのイグアナコンビの脱皮は、スライム達がすぐに綺麗にしてくれるからいつでも鱗はツヤピカだよ。
「どうだ? こんな状態でも上手く剥がせるかな?」
アクアとサクラが来てくれたので、俺はトカゲの固くなった前脚をそっと持ち上げて見せてやった。
「そのまま剥がしても何とかなるとは思うけど、かなり固くなっているから、ちょっと危ないね。しっかり濡らして古い皮をふやかしてから剥いであげたほうが痛くないと思うよ」
「キツネさんとウサギさんは抜け毛が溜まって毛玉になっているだけだから、すぐ綺麗に出来るよ〜〜!」
張り切ったサクラの言葉に、他のスライム達まで集まってくる。
「な、何だそのスライムは!」
見慣れないメタルスライム達を見て彼女が思いっきりビビっているけど、そっちは今は無視だ。
「じゃあ、皮をふやかすなら水よりぬるま湯の方がいいな。ほらこっちおいで、古くて痛い皮を剥がしてあげるからな」
立ち上がった俺は、彼女を無視してトカゲにそう話しかけると、手を出してそっとトカゲを抱き上げてやった。
よく見ると、他にも剥がれかけた鱗が張り付いている箇所がいくつもあり、とても痒そうだ。
そのまま無抵抗のトカゲを連れて戻ろうとすると、慌てたように彼女が俺の手首を籠手の上から掴む。
「待て、私の従魔をどこへ連れて行く!」
小柄な女性の割にかなりの握力らしく、ミシミシと不自然な音を立てる籠手を見て、念の為フル装備にしていて正解だったな、なんて思った俺だったよ。
「どこへって? 早く処置しないと、この子の左前脚の指先と尻尾の先は壊死して落ちてしまいますよ。上手く脱皮出来ずに、古い皮が残って固くなっているのが見えませんか? 従魔の健康を管理するのは主人の義務ですよ。従魔達の脱皮の確認や換毛期の抜け毛の処置くらいは、きちんとやってから主人だと言ってください」
突き放すようにそう言って、あとはもう振り返らずに足早にリビングへ戻る。
「ほら、お前達もおいで」
「その酷い毛玉を取ってもらわないとな」
優しい声のハスフェルとギイが、そう言ってキツネとウサギをそっと撫でてから抱き上げてやる。
従魔達は抵抗もせずに大人しく抱かれるがままだ。
全員が彼女を無視して俺達の後に続き、従魔達も当然その後を追ってついてくる。
玄関を入ったところで立ち尽くす彼女の横で、マーサさんとクーヘンがわざとらしく大きなため息を吐き、マーサさんが無言で彼女の背中を叩いてその後に続いた。
促された彼女は無言のまま歩き出したが、その顔は怒りに歪み、歯を食いしばって拳を握っている。
さて、まずは従魔のケアが最優先だけど、これはマジでどこから攻めるべきかねえ?