美味しい差し入れの昼食
帰っていくマーサさんの荷馬車を見送り、部屋に戻った俺達は誰からともなく揃ってため息を吐いた。
「残念、今日は待機か」
「ううん、ちょっと肩透かしを食らった気分だなあ」
ハスフェルとギイの、もの凄〜く残念そうな呟きに全員揃って吹き出したよ。
「まあいい。気分を変えて飲むか」
「そうだな。せっかくいただいた差し入れだし、ちゃんと飲んで感想を伝えないとな」
笑ったハスフェルとギイの言葉に、俺は笑ってその背中を叩いた。
「まだ昼前なのに、いきなり飲もうとするなって。じゃあ、ちょっと早いけど差し入れのクレープで先に昼食を頂くとしようか」
俺の提案に、何故か全員から拍手が起こる。何だよ、そんなに腹が減っていたのか?
笑ってそのままそれぞれ好きな席につき、収納していたさっきの差し入れのカゴを取り出していく。
全部で三つの大きなカゴからは、もう涎が出そうなくらいの良い匂いがしている。
「じゃあ、いただくとするか。ええと、飲み物は一通り出しておくから好きなのをどうぞ」
そう言って、並んだカゴの横にいつものドリンクを色々と取り出して並べておく。
まあほぼ全員が激うまジュースを取っていたんだけどさ。
「へえ、どれも美味しそうだな」
俺以外の全員が肉系クレープに突撃しているので、俺はのんびりとサラダクレープを選んでいる真っ最中だ。
少し考えて、たっぷりのレタスとツナマヨが綺麗に盛り付けられたのと、同じくたっぷりのレタスにポテトサラダと鶏ハムとスライスしたチーズがぎっしりと飾られたのを選び、あとはたっぷりレタスにマヨタマゴがぎっしり入ったのを選んでおいた。
まあ、俺的には先の二つがあれば充分なので、マヨタマゴのクレープはそのままシャムエル様に進呈するよ。
「ご主人、祭壇の準備完了で〜す!」
その時、得意げなアクアの声が聞こえて振り返ると、俺の席の後ろにいつもの簡易祭壇が準備されていた。
「ありがとうな。じゃあせっかくだし、お供えしておくか」
小さく笑って取ってきた分を並べる。
「あ、コーヒーも飲みたいから入れてくるよ。ちょっと待ってくれよな」
祭壇に向かって小さな声でそう言ってから、マイカップにホットコーヒーを入れてくる。
目を輝かせてステップを踏んでいるシャムエル様とカリディアには、もうちょっと踊っていてもらう。レッツカロリー消費だ。
コーヒーの入ったマイカップもクレープを並べたお皿の横に置き、目を閉じて手を合わせる。
「ええと、マーサさんからいただいた差し入れのクレープです。少しですがどうぞ。もしあっちの肉系やスイーツ系が欲しかったら、どうぞ遠慮なく争奪戦に参加してください」
俺が取ったのだけでは物足りないかもしれない。そう思って言ってみたら、いつものように現れた収めの手が、何度も俺を撫でてくれた後に供えたクレープ各種を撫でまくり持ち上げる振りをする。それからジュースとコーヒーも撫でてから持ち上げる振りをして、そのあと一瞬で皆が楽しそうに争奪戦を繰り広げているところへ行って、一緒になって取り合いっこを始めた。
「あはは、まあ楽しそうで何よりだよ」
手だけなのにはしゃいでるのが分かる収めの手を見て笑ってそう呟いた俺は、供えていたのを自分の席に戻してから、まだ踊っているシャムエル様を見た。
「はいどうぞ」
そう言って丸ごとマヨタマゴのクレープを渡してやると、目を輝かせてお礼を言ったシャムエル様は文字通り頭からマヨタマゴに突っ込んでいった。
「相変わらずだねえ」
三倍サイズに膨れた尻尾をこっそりと愛でつつ、カリディアにはいつもの激うまブドウを一粒取り出して渡してやる。
「これもいる?」
はみ出しているレタスを引っ張りながら聞いてやると笑顔で頷かれたので一枚渡してやる。
さあ食べようとしたところで足元を軽く引っ掻かれて驚いて見ると、猫サイズのヤミーが目を輝かせて俺を見上げていた。
「あはは、もしかしてこれが欲しいのか。ほら、少しだけどどうぞ」
一番上にあった鶏ハムを一枚引き剥がして渡してやると、嬉しそうに声の無いニャーをした後、そのまま一口で食べてしまった。
「うん、美味しい! ありがとうねご主人!」
嬉しそうにそう言って膝の上に飛び乗ってきたヤミーは、そのまま器用に俺の膝の上に座って毛繕いを始めた。
「重いぞ〜〜」
笑いながらそう言って軽く膝をゆすってやると、慌てたように前脚で軽く爪を立てた。もちろんほんのちょっとだけだから、痛くも何ともないよ。
「重くないです! じっとしていてください!」
笑いながらそう言い、その後甘えるみたいに俺のお腹に頭を預けて膝の上で丸くなった。
「仕方がないなあ」
手を伸ばしてみっちりとした毛並みを楽しみつつ、俺も自分のクレープを食べ始めた。
「ううん。これは美味しい。レタスはパリパリだし、鶏ハムも美味しい!」
「このマヨタマゴもすっごく美味しいよ!」
俺の呟きに、シャムエル様も大興奮状態でそう言いながらバンバンと尻尾を俺の左手に叩きつけている。いいぞもっとやれ。
「ねえ。あっちのスイーツ系も欲しいです!」
あっという間にマヨタマゴクレープを平らげたシャムエル様が、目を輝かせながらもう一つのカゴを指差す。
「はいはい、じゃあ先に取ってくるから欲しいのを言ってくれよな」
ちょうどポテトサラダと鶏ハムのクレープを食べ終えたところだった俺は、飲んでいたグラスを置いて立ち上がった。ちなみにヤミーは、少し前に満足そうに膝から降りてもふ塊のところへ戻って行ったよ。
最初の争奪戦の結果、肉系は綺麗さっぱり駆逐されていてサラダ系もほぼ無くなっている。でも、さすがに甘物系はまだまだ残っている。
まあ皆が食べ終えたら今度はこっちの争奪戦が始まるんだろうけどさ。
苦笑いして新しいお皿を手にした俺は、カゴの中を覗き込んだ。
「で? どれがいるんだ?」
「えっとね、そのバナナとチョコレートのやつと、イチゴとクリームのやつ。それからこっちのカスタードと生クリームがたっぷりのもお願いします!」
嬉々としてそう言ったシャムエル様に若干呆れつつ、神様の言う事なんだしまあいいかと遠い目になりつつ言われたのを取っていく。
「あ、栗のクレープがある。せっかくだから一ついただくとするか」
モンブランみたいにたっぷりの栗クリームを細く絞ったのを見つけて、せっかくなので一ついただいておく。
後一つサラダクレープを食べた後にこれを食べきる自信は無いが、まあ残ったらきっとシャムエル様が食べてくれるだろう。いざとなったら収納しておくって手もあるからな。
そう考えながら席に戻り、その後はのんびりとツナマヨクレープを食べ、おかわりのコーヒーを飲みながら栗クレープを美味しくいただいたのだった。
ちなみに肉系クレープもどれもかなり美味しかったらしく、全員一致でこれは絶対に買っておかなければ! となったよ。
そして、当然のように食後に差し入れの地ビールの木箱が取り出されて蓋を開けたんだけど、まさかの展開に、もう俺達は揃って涙を流しながら大爆笑する羽目になったのだった。