今日の予定とマーサさん
「おはようございます! ああ、お待たせして申し訳ない! すぐに出しますね!」
従魔達を引き連れてリビングにしている部屋に入ったところで、もう部屋には俺以外の全員が揃っているのを見た俺は、慌てて謝りながらサクラが入っている鞄を持ち直した。
「おはようございます。俺達が勝手に朝早くからここで集まって盛り上がっていただけなんで、どうかお気になさらず」
苦笑いしたボルヴィスさんの言葉に、リナさん一家とランドルさんとアルクスさんが同じく苦笑いしながら何度も頷いている。
ちなみにハスフェル達も似たような感じだ。
「へ? 早朝からって、何かあったんですか?」
適当にいつもの朝食メニューを取り出しながらそう尋ねると、何故か全員揃ってドヤ顔になる。
「そりゃあ今日来るであろう、例の暴力テイマーへの対応について話をしていたんですよ。どんな奴が来ても、がっつり対応しますから、俺達に万事お任せください!」
満面の笑みのアーケル君が胸を張ってそんな頼もしい事を言ってくれるんだけど、聞けば聞くほど不安になるのは俺の気のせいじゃあないよな。
俺的には、平穏無事な講義を望みま〜〜す!
まあ、実際のところどうなるかはご本人次第のところが大きいので、俺はもう早くも諦めの境地だ。
だけど、万一なんらかの問題点があれば皆が全力で助けてくれるであろう事は分かったので、ここは信頼してお任せしておくよ。
笑って頷き合った俺達は、いつもの朝食をそれぞれ好きにガッツリと食べ、食後はそのまま何となくリビングでダラダラして過ごした。
玄関のチャイムが鳴ったのは、そろそろ退屈になってきた頃だった。
「じゃあ全員揃ってお出迎えと行きますか!」
やる気満々なアーケル君の言葉に皆もそりゃあ張り切って立ち上がる。
だけどごめんよ。シャムエル様によると今日は問題のテイマーは来ないらしいんだけど、さすがに今それをここで言うのはちょっと違う気がするので、俺も素直に彼らの後に続いた。
「おはようございます」
扉を開けたそこに待っていたのは、差し入れと思しき大きなカゴを抱えたマーサさんと、その後ろにある大きな荷馬車だけだった。
「おはようございます。あれ? 問題のテイマーは?」
一応、代表して俺がそう尋ねると、苦笑いしたマーサさんが持っていたカゴを俺に渡しながら首を振った。
「どうやら彼女がここに来るのは明日になるみたいですね。一応ギルドに伝言を残してくれていたんですが、それによると今日までリンピオ達と一緒に郊外へ狩りに行っているみたいです。ですので、ケンさん達も今日はゆっくりお休みしていてください。これは差し入れです。少しですがどうぞ」
差し出されたカゴからは、すでに甘い香りが漂っている。
「最近、クーヘンの店の横の円形広場に出店しているクレープ屋さんで買ってきました。甘めのものがこっちで、もう一つはサラダ系やお肉がたっぷり入っていますので、ハスフェルさん達でも喜んでいただけると思いますよ」
笑顔でそう言って、背後の荷馬車からさっきの倍以上あるカゴを後二つ渡してくれた。
まあ、この人数だからな。と納得して有り難く全部受け取ったよ。
「気に入ったのがあればいつでも買ってきますので、遠慮なく言ってくださいね。それから、こっちは最近生産が開始されたハンプール産の地ビールです。商業ギルドマスターから届けて欲しいと言われて持ってきましたよ。なんでもこれは全て早駆け祭りの限定ラベルらしいので、そっちも楽しんでくださいね。申し訳ありませんが、私にはちょっと重すぎるので、どなたかお運びいただけますか」
にっこりと笑ったマーサさんが背後に停めていた荷馬車を示す。
そこには、どう見てもハスフェル達でないと持てそうにないくらいにデカい木箱が全部で十個積み上がっていた。
「地ビールですか。それはちょっと嬉しいですね。ありがとうございます。では遠慮なくいただきます」
にっこりと笑ったハスフェルとギイがいそいそと荷馬車に駆け寄り、当然のように置かれていた木箱を全部まとめて収納した。
「ああ、ハスフェルさん達は大容量の収納の能力持ちでしたね」
一瞬驚いたように目を見開いたマーサさんだったが、納得したようにそう言って笑顔で頷いた。
「では、私はこれで戻らせていただきます。明日の時間ですが、ちょっとまだ予定が分からないので、分かり次第こちらへ連絡用の人を寄越しますね」
電話も携帯も、無線機すら無いこの世界では、伝言しようと思ったら誰かがここまで来てくれないと駄目なんだよな。
だけど、それを専門の仕事にしている人達も各ギルドや大手の商会なんかでは普通に何人もいるらしいから、そこはお任せして大丈夫らしい。
「ありがとうございます。では、お手数ですが、そっちの手配はよろしくお願いします」
そう言った直後にふと気がついた。
よく考えてみたらクーヘンはともかく、マーサさんは完全にこのテイマー達の新人教育に関してはボランティアだよな。
彼女の仕事は不動産の売買であって、ギルドの職員でもなければ魔獣使いでもないんだから、ここまで動いてもらうのって実際の不動産売買の業務に支障をきたしていたりしないだろうか?
不意に気づいたその事実に、なんだか申し訳なくなって謝ろうとした瞬間、何故か俺を見たマーサさんはもうこれ以上ないくらいに、にっこりととても良い笑顔になった。
笑顔なのに、俺のあらぬところがヒュンってなったのは何故? ねえ、マジで何故なんですか?
「実は今年から、私は商業ギルドの、クーヘンは冒険者ギルドの相談役の役職をいただいているんですよ。ですのでこれも職務のうちなんです。どうかお気になさらず」
あなたはエスパーですか!
完全に思考を読まれているのに気づいて誤魔化すように笑いつつ、脳内で思いっきり突っ込む。
だけどまあ、マーサさんと俺では、乗り越えてきた修羅場の数もそのレベルも違い過ぎて、のほほんとなんとなく生きてきた俺とでは、そもそも人として勝負にもならないんだろうな。
そんな事を考えて、割と本気で遠い目になった俺だったよ。
まあいいや、ここは人生の先輩にお任せしておこう!
脱線しかけた思考を全部まとめてふん縛って、明後日の方向へ力一杯蹴り飛ばしておいた俺だったよ。
さあ、明日に備えてゆっくりしますか!