おはよう
翌朝、いつものように従魔達総出で起こされた俺は、眠い目を擦りつつアーケルくん達が用意してくれた豪快に水が噴き上がっている水場で顔を洗った。
もちろん、俺が使ったのは水際ギリギリのところへ向かって斜めに地面に突き刺した棒から噴き出す水の方だ。
「ご主人綺麗にするね〜〜〜!」
顔を洗って顔をあげたところで、いつものように張り切ったサクラの声が聞こえた直後、一瞬だけサクラに全身を包まれてすぐに解放される。
もうこれだけで汗ばんでいた体も着ていた服も、ちょっと伸びていた髭も綺麗さっぱり無くなってサラサラになっているんだから、本当にいつもながらびっくりだよな。もう俺、スライム無しの生活なんて考えられないよ。
「いつもありがとうな。ほら、いっておいで」
まずはサクラを捕まえて両手でモミモミしたあと、笑いながらそう言って噴水目掛けて放り込んでやる。
「きゃ〜〜大変〜〜〜」
どう聞いても嬉しそう以外に聞こえない悲鳴をあげたサクラが、豪快に噴水に吹き上げられている。
「ご主人、アクアもお願いしま〜〜す!」
「アルファも〜〜〜!」
「おう、よし来い!」
次々に跳ね飛んでくるスライム達を、順番に捕まえては噴水目掛けて放り込んでやる。
ちなみに今回は、キャッチボールくらいの緩い力の入れ具合で投げてみたよ。さすがにあの数のスライム達全員を全力投球したら、俺の右肩が死ぬからね。
「おはよう。おお、なかなか楽しそうだな」
その時、ハスフェルとギイもテントから出てきてそう言いながら大きく伸びをした。
彼らのまわりにも、同じように放り投げてもらいたそうなスライム達がテニスボールサイズくらいになって待ち構えている。
「おはよう。今日もいい天気みたいだな」
笑って返事をして少し下がる。
まずは斜めになった棒から吹き出す水で顔を洗った二人も、同じように跳ね飛んでくるスライム達を受け止めては噴水目掛けて放り込んでいる。
さすがにあっちは俺と違って、プロ野球のピッチャーかって言いたくなるくらいの猛スピードだったけどな。
単なる好奇心だけど、あれって時速何キロくらい出ているんだろう?
オンハルトの爺さんもテントから出てきて顔を洗った後にスライム達を放り込んでいたから、もう噴水はスライムだらけでなかなかにカラフルな事になっている。
ちなみに今は、雪スライム達は全員他の子達とそれぞれくっついて隠れているので、見える範囲で遊んでいるのはレインボースライムなどの定番カラーの子達やメタルスライム達だけだ。
もちろん金色合成やクリスタル合成もしないように厳命してあるから、ちゃんと心得ているスライム達は、皆仲良く噴水に吹き上げられて遊んでいる。
それを見て我慢出来なくなったらしい犬族軍団とお空部隊、それからイグアナ達が一斉に水場へ突っ込んでいって、もう水場は飛沫だらけになって大変な状態だ。
慌てて逃げ出した俺達だったよ。さすがに朝から全身ずぶ濡れは勘弁して欲しい。
そのあと、起きてきたリナさん一家やランドルさん達とも挨拶を交わし、さらに増えた水遊びチームを見て和んでいるとき、ふと気がついてアルクスさんのテントを見た。
「あれ? アルクスさんは、まだ起きてないのかな?」
もしかして、俺みたいに朝が苦手なタイプなのかもしれない。
アルクスさんに嬉しい親近感を覚えつつランドルさんを見た。
「ええと……アルクスさんって、俺みたいに朝が苦手なタイプ?」
だけどランドルさんとボルヴィスさんは、揃って顔を見合わせてから首を振った。
「いや、特にそういった事はなかったと思いますよ」
「じゃあ、どうして起きて来ないんだ?」
ランドルさんの答えに揃って首を傾げる。
「あ、もしかして……」
ふと思いついた可能性にニンマリした俺は、そのままそっとテントに近づき外から声をかける。
「おはようございます。もう皆起きてますよ〜〜」
そう言いながら、ごく軽くテントを揺らしてやると、屋根に溜まっていた水滴が転がり落ちていくのがとても綺麗だ。
「おはようございます」
予想通りに絶対に寝起きではないくらいにしっかりとした声が返り、閉じていたテントの垂れ幕が巻き上げられる。
「おはようございます。従魔達と一緒に寝たご感想は?」
まあ、あの笑顔と揃ってドヤ顔になっているロッキー達を見れば答えは分かりきっているんだけど、あえてそう尋ねてやる。
「ええ、もう最高の夜を過ごさせていただきました。今までの過去の自分を全力で殴り飛ばしてやりたい気分です。どうして今までこれを知らなかったのか……」
わざとらしくそう言って首を振ったアルクスさんは、笑いを堪えた顔で俺を見上げた。
「ケンさんには本当に心から感謝します。無知な私を、これからもどうかよろしくお願いします」
真面目なアルクスさんらしい感謝の言葉に、思わず笑顔になる。
「もちろんです。改めてこちらこそ、よろしくお願いします。俺はこう言っては何ですがかなり知識が偏っている自覚があるので、上位冒険者で経験豊富なアルクスさんに、俺の方こそ教えてもらう事は多そうです」
「俺ごときがケンさんに何か教えられるとは思いませんが、もし何かお困りの事や、分からない事があればいつでも頼ってください。全力でお力添えしますよ。ああ、もちろん早駆け祭りでは容赦しませんのでそこは申し訳ない」
ドヤ顔でそう言われて思わず吹き出す。
「もちろん、そっちでの遠慮は無用ですよ。じゃあ、俺の三連覇を止めてみせてください」
「ええ、当然そのつもりですよ。では、顔を洗ってきます」
ニンマリと笑い合った俺達は、互いの拳をぶつけ合ってお互いの健闘を祈ったのだった。
打ち解けてみれば、苦手なタイプかもってちょっと思っていたアルクスさんも案外根は良い人だったよ。
こうなると、逆に何があってハスフェルとギイはあんなにアルクスさんを苦手扱いしていたんだろう?
聞いてみたいような、絶対聞いてはいけないような……。
水場へ向かうアルクスさんの後ろ姿を見送りながら、そんな事を考えていた俺だったよ。