宿泊所の確保と夕食
エルさんと一緒に一階へ戻って来た俺達四人は、それぞれ受付で宿泊所の利用を申し込んで、祭りの期間も含めて二十日分の連泊で部屋を確保した。
「早めに来てもらえたからこんなに連泊で続きの庭付きの部屋を確保出来たけれど、祭り直前だったりすると、正直言って普段は空いている庭付きの部屋でも一部屋確保できたかどうか怪しいよ」
エルさんの言葉に驚いて顔を上げると、ハスフェルも笑って頷いている。
ギルドの宿泊所は聞いてみると街の宿屋よりもかなり安いらしく、一泊銀貨四枚は格安なんだそうだ。
「今回、ケンとクーヘンは、この街のギルドに初めて登録してくれただろう。だから宿代が最長二十日までは半額になるよ」
驚いて聞いてみたところ、レスタムや東アポンでの宿代銀貨一枚も、宿泊所の定額の半額扱いだったらしい……。
ギルドって凄え。めっちゃ冒険者に優しいホワイト団体じゃん。
最後まで付いていてくれたエルさんにお礼を言って、そのまま一旦宿泊所へ向かった。
何故か毎回俺の部屋に全員集合するので、俺はヤカンでお湯を沸かして濃いめの紅茶を入れて、氷で一気に冷やすアイスティーを作ってやった。一応今回は、熱いうちにちょっとだけ砂糖を入れて甘くしてみました。
皆、これも初めてらしく、珍しがって大喜びしていた。まあただ単に、俺が飲みたかっただけなんだけどね。
「それでどうする? 先にその家を売っている人のところへ行ってみるのか? 外はもう真っ暗になっているから、人を訪ねるのなら明日にすべきかな?」
紅茶を飲んでいたクーヘンが、小さく頷いて外を見た。
「そうですね。さすがに夕食時の今から商談をしに家へ行くのは失礼でしょうからね。マーサさんのところへ行くのは明日にします」
「そのマーサさんって、もしかして女性?」
「ええ、もうご高齢のクライン族の女性で、若い頃に冒険者に憧れて郷を出たご主人について来たそうです。ご主人は火の術を使い、マーサさんは水の術を使えたので、二人で、冒険者としてあちこち旅をして暮らしたそうですよ。でも、その当時はクライン族はとても珍しかったらしく、かなり苦労も多かったんだとか。私は郷を出た後、彼女と、今はもう亡くなりましたが、ご主人に、本当に様々な事を教わりました。言ってみれば、私の冒険者としての大先輩ですね」
照れたようにそう言って、クーヘンは紅茶を飲み干した。
「なあ、さっきから気になってたんだけど、あれって何?」
その後俺が夕食の準備をしている時、ちょっと部屋に置いてあるもので、見たことの無い気になったものがあったので聞いてみる事にした。
それは高さが1メートルぐらいで、四十センチ角の縦長の割と大きな四角い直方体で、居間の隅に置かれていたのだ。
前側に横向きに入ったスリットらしきものが並んでいるのだが、何処かが開く様子は無いので、中に何かを入れる箱や引き出しという訳では無さそうだ。
「ああ、それは冷風扇だよ。ちょっと暑いな。動かしてみるか?」
立ち上がったハスフェルが、その箱の後ろへ回り俺を手招きするので見に行ってみると、箱の後ろ側に小さな蓋が付いている。
「水場に手桶があるから、水を汲んできてくれるか」
ハスフェルにそう言われて俺が振り返ると、その手桶に水を汲んだギイが笑ってそれを差し出してくれた。
「ちょいと暑かったんでね。かけようと思って水を汲みに行ったら、ケンがそんな事言うから驚いたよ。知らなかったのか?」
「ああ、聞いた覚えはあるけど見るのは初めてだな」
底の部分にも開く場所があり、そこを見ると小さな割ったジェムが入っていた。
「オレンジジャンパーのジェムか、まあそれなら保つかな?」
そう呟いて蓋を閉めると、先ほどの横にある蓋を開いてその中に水を入れ始めたのだ。
ギイが持って来てくれた手桶には注ぎ口が付いていて、恐らくこの冷風扇用の水差しなのだろう。
「じゃあ、つけるぞ」
ハスフェルが箱の向きを変えて、俺の方を向けてくれた。
「おお、冷たい風が来るじゃんか、凄え!」
先ほどの、前側のスリット部分から、ひんやりとした風が吹き出して来たのだ。まあ。クーラーの風ほど冷たい訳では無いが、確かにひんやりとした気持ちの良い風が吹いてくる。
「さっき入れた水が、この中にある風を起こすファンの羽根を濡らしているんだ。水が蒸発する時に、温度が下がる仕組みさ」
確か、電気屋で見た事ある。それと全く同じだ。
「へえそうか、こんな仕組みがあれば夏の室内も涼しいよな」
感心して涼しい風を受けながら、作り置きで手早く夕食の支度をした。
そう、今日の夕食は俺の夏のお気に入り、薄切り豚肉の冷しゃぶサラダだ。
生食用のトマトも見つかった事だし、彩りもバッチリだよ。
大きなお椀に、きれいに洗ってちぎったレタスなどの葉物を敷き詰めておく。
ドレッシングはマヨネーズとお酢の代わりの白ワイン、それからケチャップ少々といつもの混合調味料、黒胡椒も砕いて入れて、全部まとめてしっかり混ぜる。
そこに、以前作っておいた茹でた豚肉を大量投入。混ぜ合わせてドレッシングをまぶしたら、さっきの野菜の入ったお椀に山盛りにしてやった。
パンは、フランスパンもどきとロールパンもどきを簡易オーブンで軽く焼き、野菜スープは人数分を取り分けて温める。
最後に生食用のトマトをざく切りにして、豚肉の上に散らせば完成だ。
「はい、お待たせ。肉に味がついてるから、野菜と一緒に食ってくれよな」
そう言って並べてやったが、三人ともお椀を受け取ったまま呆然としている。
「こっちがスープな」
温まったスープとパンを並べてやると、ようやく顔を上げたハスフェルが、感心したように俺を見て何度も頷いている。
「何だ? どうしたんだよ?」
「いや、白ワインでドレッシングを作るだけだと言っていたのに、思った以上に手の込んだ美味そうなのが出て来たからさ。ケンがいてくれてよかったなと思って感動していたんだよ」
今度は俺が驚きに目を見開く。
「はあ? 何を大げさな。そんな大した事はしてないぞ」
笑った三人が、ハスフェルが出してくれていたワインで俺に向かって乾杯している。
まあ、皆が嬉しそうで、俺も嬉しいよ。
それぞれ手を合わせた後、豚しゃぶサラダを食べはじめる。それを見て俺も自分の分を食べ始めた。
うん、思ったよりドレッシングの味がしっかり付いてて、自分で作って言うのも何だが美味しいな、これ。
「トマトとケチャップが手に入ったからな、じゃあ明日の朝はBLTサンドにするか」
嬉々として豚しゃぶサラダを食べていた三人が、俺の呟きに不思議そうにこっちを向いた。
「BLTサンド?何だそれは」
ハスフェルの言葉に、俺は自分のお椀に入ったトマトを指差した。
「ええと、ベーコンとレタスとトマトを使ったサンドイッチだよ。あれ、結構好きなんだよ」
「このサラダもいいが、それも食いたい!」
「待てって。それは明日の朝飯の話だよ!」
笑ってそう言ってやると、ハスフェルとギイは楽しみにしていると満面の笑みになっている。
「ケンが作ってくれる料理は、本当にどれも本当に美味しいです」
クーヘンにまで改めてそんな事を言われてしまい、俺はちょっと恥ずかしかったよ。
学生時代の定食屋とトンカツ屋のバイトの時に、仕込みを手伝ったりもしていたから、ある程度の事は出来るけど、料理を本格的に習った訳では無いからかなり自己流だ。
「まあ、大したものは出来ないけど、不味いより美味しい方がいいもんな。あ、好みじゃないのがあれば、遠慮無く言ってくれよな」
俺の言葉に、三人はもう一度揃ってワインを上げて乾杯してくれた。
「料理上手なケンに乾杯!」
俺も笑って自分のワインで乾杯した。
「愉快な仲間達に乾杯!」
笑いながらそう言ってやると、俺のその言葉にクーヘンが大喜びで大笑いして、不思議そうなハスフェルとギイを見て、俺達二人はまた大笑いした。
その日は一旦解散にして、汚れた食器をサクラに手伝ってもらって綺麗にして片付けていてふと思った。
二十日も宿を取ったんだから、今度時間のある時に、貰ったレシピの、あのローストビーフにチャレンジしてみても良いかもな。