問題行動の原因について
「ちょっ、ちょっと待ってくれ〜〜〜って、ぶふぉ!」
従魔達総出のもふもふの海から上がる、どう聞いても喜んでいるようにしか聞こえないアルクスさんの悲鳴を聞いて、もうずっと笑いが止まらない俺達だったよ。
ちなみに、俺の右肩に座ったシャムエル様も遠慮なく思いっきり大爆笑している。
「は、はあ……いやあ、従魔と遊ぶのは、予想以上に、体力を、使います、ねえ……」
しばらくしてもふもふの海から息を切らせたアルクスさんが起き上がってきたんだけどその顔は笑み崩れているし、鼻水が……。
そして全力疾走した直後のように完全に息が上がっているアルクスさんの口元には、若干涎っぽいものがチラ見している。
まあ、気持ちは分かる。何も知らずにいきなりあのもふもふの海に沈めば、大概の人がああなるだろう。
そしてさっきまでその手に持っていた巨大猫じゃらしはすでに無く、髪もボサボサだし着ていた服も何やら全体に歪んでねじれている。
あれはもう、着ている防具を一旦全部外してから服を着直したほうがいいと思うくらいの歪みっぷりだ。
一つ深呼吸をして息を整えてから改めて自分の体を見たアルクスさんは、遠慮なく吹き出して平然と防具を脱ぎ始めた。
それを見たリナさんとマーサさんが揃って吹き出し、顔を見合わせてから揃って後ろ向きになってくれた。
「ああ、お気遣い感謝します。ではちょっと失礼してっと」
手早く防具を外して行ったアルクスさんは、自分に背中を向けてくれた女性二人に苦笑いしながらそう言って、そのまま豪快に服を脱いでいった。
春とはいえ、まだまだ夜は冷え込む事が多いので、当然だけど服は長袖でしっかり着込んでいる。
上半身全部脱いだアルクスさんは、手拭いっぽい布を取り出してしっかりと汗を拭いてから、改めて脱いだ服を軽く叩いて伸ばしてから着直していった。
おお、さすがは上位冒険者。ドワーフにも負けないくらいの見事な肉体美だぞ。
大急ぎで着替えるアルクスさんを見ながら、密かに感心していた俺だったよ。
「もう大丈夫ですので。お気遣いいただきありがとうございます」
着替えを終えたところで笑ってマーサさんとリナさんに向かってそう言い、防具をこれまた手早く身につけていく。
最後に剣帯をしっかりと締め直せば着直しは完了だ。
身支度を整え終えた彼の横には、まだ興奮して尻尾扇風機状態なロッキーと、その背中には元の大きさに戻ったセキセイインコのチッチとスライムのキャンディがいる。
「ほら、おいで」
笑った彼が両手を広げてそう言うのを聞いて、目を輝かせたロッキーが文字通り頭から彼の胸に飛び込んで行った。
自分の胸に飛び込んできたロッキーをしっかりと受け止めたアルクスさんは、ぎゅって感じに力を込めてロッキーの大きな頭を抱きしめ、そのまま一つ深呼吸をしてからロッキーの頭に顔を埋めたきり動かなくなった。
抱きつかれたロッキーも座った体勢になったまま、尻尾こそパタパタと勢いよく左右に揺れているが動かずにじっとしている。
「今まで寂しい思いをさせて、すまなかった。俺が聞いた話が間違っていたんだな」
しばらくしてようやく手を離したアルクスさんは、顔を上げてごく小さな声でロッキーに向かってそう言ってまたため息を吐いた。
「聞いた話?」
思わず俺がそう呟くと、何故かアルクスさんは慌てたようにこっちを振り返った。
「い、今の俺の声、聞こえましたか?」
めっちゃ驚いた顔でそう聞かれて、小さく吹き出した俺は自分の耳を指で突いた。
「はい、聞こえちゃいました。俺はちょっと普通よりも良い耳しているものでね」
誤魔化すように笑ってそう言うと、アルクスさんは俺を見てからもう一度ため息を吐いた。
「実は、俺が冒険者になってすぐの頃、それこそそっちのムジカ君やシェルタン君達よりもまだ若かった頃なんですが、元テイマーの爺さんとちょっとした縁で知り合いましてね。一時期、その人の家に俺は世話になっていたんですよ。彼の元には焦茶色のやや小柄なオオカミの魔獣と黄色のインコのジェムモンスター、それからスライムが一匹いました。たまに部屋にスライムが掃除に来るくらいで基本的に従魔達はずっと厩舎にいましたから、家の中に連れて入るような事はしませんでしたね」
苦笑いしながらそう言ったアルクスさんは、もう一度そっとロッキーを抱きしめた。
「その時に、彼から聞いた話がその……ケンさんから聞いた話とは全くの真逆だったんですよ。要するに、従魔とはその主人であるテイマーや魔獣使いの所有物であって、ペットとは違う。特に感情もないので、こっちが情を移す必要はない。そして、人は魔獣やジェムモンスターよりも遥かに上位の存在なのだから、無知で馬鹿な従魔を躾けるのが主人であるテイマーや魔獣使いの役目なのだと」
驚く俺を見て、アルクスさんは苦笑いして首を振った。
「その爺さんの飲み仲間だった元冒険者のもう一人の爺さんもテイマーだったらしいんですが、彼も同じ事を言っていましたね。しかもその爺さんは従魔を何も連れていなくて、もう必要ないからと、冒険者を引退する時に従魔を全部手放したのだと言っていました。あの時は特に何も考えずに聞いていましたが、手放したの意味が、放逐したのではなく誰かに譲ったのであって欲しいと本気で思いましたね」
大きなため息と共にそう言われて、俺も本気でそう願ったよ。
成る程。若い頃に元テイマー達からそんな話を聞いていれば、そりゃあ自分がテイマーになった時には、何の疑問も感じずに同じようにするだろう。
ようやく彼の行動の理由が分かって、納得した俺だったよ。
「でも、彼らの考えが間違っていたのだと教えていただきましたからね。これからはもっとこいつらと仲良くなれるように頑張ってみます。まずはあの爺さん達を超えて、あと二匹従魔をテイムして魔獣使いになるのを目標にします」
顔を上げた笑顔のアルクスさんの言葉に、俺達も笑顔で拍手してやったのだった。