能力の制限?
『なあ、どうだろう。考えを少しは改めてくれたみたいだし、このままアルクスさんを郊外へ連れて行っても大丈夫かな?』
食後のコーヒーを飲みながら、机の上で尻尾のお手入れを始めたシャムエル様にこっそりと念話で聞いてみる。
もちろんトークルーム全開状態なので、ハスフェル達にはこの会話は聞こえているよ。
『ううん、まあ多少は考えを改めてくれたみたいだから、確かに改善の余地はありそうだねえ。だけど、まだちょっと能力に制限がかかっている感じがするねえ』
少し考えたシャムエル様は、念話でそう答えてくれた後に小さなため息を吐いてアルクスさんを見た。
今の彼は、俺と同じく食後のコーヒータイムでランドルさんやボルヴィスさんと顔を寄せて何か話をしている。
『能力に制限って?』
『うん、能力に制限。何て言ったらいいのかなあ。ほら、例えば以前、まだテイマーにもなっていなかった頃のアーケル君には、リナさんの母親として息子にはテイマーになって欲しくない、みたいな制限が掛かっていたって話をしたのを覚えてる?』
『ああ、確かにそんな事言っていたな。あの時は、彼女が魔獣使いとして立ち直った事で制限が外れて、アーケル君も無事にテイマーから魔獣使いになれたんだよな』
『そうそう。アーケル君の場合は母親であるリナさんからの制限、つまりは縁があるとはいえ外部からの制限だったんだ。だけど今のアルクスさんにかかっている制限は、それとはちょっと違うんだよね。彼の場合は、どうやら自分で自分に制限をかけているみたいなんだ』
『はあ? 自分で自分に制限をかけている? でも、彼は魔獣使いになりたいからってここへ来ているんだぞ? それなのに、魔獣使いになれないように自分で自分に制限をかけているって、何だよそれ?』
予想外の答えに、俺は首を傾げてしまった。
それを聞いたハスフェル達も、揃って戸惑うみたいに顔を見合わせている。
『だから謎なんだよね。まあ確実に分かっているのは、今の状態では、彼にはこれ以上のテイムは出来ないって事。とりあえずは、しばらく様子見だねえ』
ため息を吐いたシャムエル様にそう言われて、とりあえず今日のところは郊外へ出るのは諦めた俺だったよ。
『だけどそうなると、もうこれ以上、特に話す事も無いんだよなあ』
結局俺自身が教えてあげられる事なんて、たかがしれている。
一日のテイム数や、テイムされた従魔達がどれくらいご主人を好きかって事、そして、万一ご主人から捨てられた従魔がどんな悲惨な最期を辿るかって事くらいだ。あとはそれに関連した、セーブルやヤミーの過去の話くらいで、これも一応一通りはもう話している。
『他に、教える事って何かあるかな?』
ハスフェル達の意見も聞きたかったので、念話でそう呟いてみる。
『ううん、とりあえず今日のところは、それぞれの従魔とどんなふうに過ごしているかを見せるのが良いんじゃあないか?』
『そうだな。なんなら俺達もそれぞれの従魔との関係を彼に見せてやればいいよな。寛ぐ時に、どれだけくっついているかとか、かな?』
若干自信無さげなハスフェルとギイの答えに、俺も少し考えてから頷く。
『まあ、その辺りから始めるのが妥当かなあ。あ、ここの庭も広いんだから、従魔達と外へ出て一緒に遊んでみるってのもアリかな?』
『ああ、良いんじゃあないか?』
『確かに天気もいいし、良いと思うぞ。がっつり遊んだ後は、それこそ敷布でも敷いて従魔と一緒に昼寝すればいい。従魔と寝るのがどれだけ快適かをまずはあいつに知ってもらわないとな』
『ああ、それはいいな。せっかくだから、一緒に寝た感想を聞いてみたい』
笑ったハスフェルの提案に、ギイも笑いながらうんうんと頷いている。
『じゃあそれで行くか』
内緒の打ち合わせが終わったところで残っていたコーヒーを飲み干した俺は、同じくコーヒーを飲み終えたアルクスさんを見た。
「じゃあ、少し休んだら従魔達と一緒に庭へ出てみませんか。ここの庭も広いですし、従魔達と一緒に遊べますよ」
「従魔と、遊ぶ?」
予想通りの反応に、俺はにっこりと笑って頷いて見せた。
「ええ、遊ぶんです。従魔にとって、ご主人と遊ぶのは大いなる喜びですからね。ロッキーやチッチ、それからキャンディにも、せっかくなんだからご主人と遊ぶ喜びを知ってもらわないといけませんよ。そして、貴方にも従魔と遊ぶ楽しさを知ってもらわないとね」
にんまりと笑ってそう言ってやると、その場にいたアルクスさん以外の全員から拍手を頂いたよ。
特に新人コンビは、もうこれ以上ないくらいの笑顔で、首がもげそうな勢いで頷いていたのだった。
って事で全員の従魔達を引き連れた俺達は、揃って外に出て行った。
マックス達はもうこれ以上ないくらいに大喜びで尻尾扇風機状態になっている。
アルクスさんの隣を歩くロッキーの尻尾も、同じくらいに扇風機状態になっているからあの子も嬉しいのだろう。
「よろしくな」
マックスに小さな声でそう話しかけて、むくむくな首元をそっと撫でてやる。
「はい、もちろんです。ロッキーにもご主人と遊ぶ楽しさと幸せを味わってもらわないとね!」
張り切ったマックスの答えに、犬族軍団の目がキラリと光る。
「あはは、お手柔らかに頼むよ」
庭での遊びがどれくらいの大騒ぎになるのか考えて、ちょっと遠い目になった俺だったよ。