従魔の価値と存在意義
ぺしぺしぺし……。
ぺしぺしぺし……。
ふみふみふみ……。
ふみふみふみ……。
ふみふみふみ……。
カリカリカリ……。
カリカリカリ……。
つんつんつん……。
チクチクチク……。
こしょこしょこしょ……。
ふんふんふんふん!
ふんふんふんふん!
ふんふんふんふん!
「うん、起きてる……」
いつものモーニングコールに起こされて半ば無意識に返事をしつつ不意に違和感を覚えて目が覚めた俺は、慌てて周りを見た。
目に飛び込んできたのは、笑いを堪えたハスフェル達とリナさん一家とランドルさん達の顔と、もう遠慮なく大笑いしている新人コンビだった。
「あはは、もしかして俺、寝落ちした?」
「もしかしなくても、思いっきり寝落ちしていたぞ」
「もうこのまま放っておこうかと思ったくらいにな」
笑いを堪えたハスフェルとギイの答えに、起き上がった俺も遠慮なく吹き出してその場は大爆笑になった。
笑いを収めて一つ深呼吸をした俺は、ただ一人笑っていなかったアルクスさんを振り返った。
呆然と俺を見つめるアルクスさんを見てゆっくりと立ち上がった俺は、無言で起き上がって俺に頬擦りをしてきたニニを抱き寄せた。
「失礼しました。この子達と一緒だとあまりに気持ちが良くて、つい寝てしまうんですよ」
わざとらしくそう言ってやると、口をパクパクさせたアルクスさんは何か言いかけてやめ、一つ大きなため息を吐いた。
「つまり、魔獣使いなら従魔とくっついて寝るのが当たり前だと、そう仰りたい?」
嫌そうなその言葉に、新人コンビがまた怒った顔になる。
「ええ、そうですよ。言っておきますがこれは魔獣使いもテイマーも関係ありません。従魔がいるのにこれをやらないなんて、絶対に損していますよ」
当然のようにそう言った俺の言葉に、その場にいた全員が揃って大きく頷く。
「俺も、こいつらといつもくっついて寝ているぞ」
「俺もこいつにいつもくっついて寝ているなあ」
ドヤ顔のハスフェルが、シリウスの首元に抱きついてそう言い、彼の背中にレッドクロージャガーのスピカが甘えるように頭突きをする。
ギイも、レッドクロージャガーのベガに抱きついて同じくらいのドヤ顔でそう言っている。
オンハルトの爺さんは、スライム達を自分の頭や肩の上に並べて撫でてやっては笑っているし、アーケル君達もそれぞれ自分の従魔を順番に撫でてくっついて寝る振りを始めた。
当然ランドルさんとボルヴィスさんも、同じように従魔達にくっついて寝る振りをしている。
しばし無言になったアルクスさんは、ゆっくりと自分の従魔である真っ白なオオカミを振り返って見た。
アルクスさんの視線を受けて、良い子座りをしたまま鼻で鳴いたロッキーの尻尾だけがもの凄い勢いで振り回されている。
犬族の尻尾は本当に嘘をつけない。多分、許してもらえるなら今すぐにでも飛びついて行き甘えたいのだろう。
「しかし、汚れている動物にくっついて寝るなんて、俺はごめんですね」
ある意味予想通りの答えに、新人コンビがまた怒りに任せて何か言いかけたので慌てて止める。
「アルクスさんはスライムを連れているんですから、そんな汚れとは無縁でしょうが」
これも当たり前のようにそう言ってやると、これまた驚きに目を見開く。
「スライムが、何をすると?」
思いっきり不審そうな声でそう聞かれて、俺達はわざとらしく呆れて見せる。
「ええ、もしかしてアルクスさん、普段のスライムに何をさせているんですか?」
「何って、ジェムモンスターと戦った後のジェムと素材を集めさせていますよ。当たり前でしょうが」
何を言ってるんだと言わんばかりの答えに、俺はもうこれ以上ないくらいに大きなため息を吐いてみせた。
「うああ、スライムの能力の一割も使っていないなんて、やっぱり損していますよ」
「スライムが、何をすると?」
もう一度同じセリフを言われて、俺ももう一度これ以上ないくらいの大きなため息を吐いてやる。
「テイムされたスライムは知能が上がっていますから、教えてやれば食べていいものといけないものを覚えてくれますよ。例えばこんなふうにね」
そう言って、俺は水筒を取り出して自分の左腕に水をかけた。
当然びしょ濡れになり、床に落ちて大きな水たまりになる。
「な、何を……」
驚くアルクスさんを見て、俺は平然とこう言った。
「ああ、濡れちゃったよ。綺麗にしてくれるか」
「はあい、綺麗にするね〜〜〜!」
ご機嫌で跳ね飛んできたサクラが、一瞬で俺を包んで濡れた腕を綺麗にしてくれる。
当然、濡れた後もなくサラサラだ。
「ここも綺麗にするね〜〜〜!」
次々に跳ね飛んできたスライム達が床に集まり、これまた一瞬で水溜りを綺麗にしてくれた。
もちろん、床には濡れた後なんてかけらも残っていない。
「な、何を……」
俺と床を交互に見て、言葉も無いアルクスさん。
「お分かりいただけましたか? スライム達にかかれば水に濡れた程度ならすぐに綺麗になります。戦った時などの泥汚れだって、食べこぼしだってある程度まで綺麗になりますよ。もちろん食べた食器だって、ちゃんと教えてやればお皿は食べずに汚れだけ取ってくれます。他にも沢山の事をスライム達はしてくれますよ。ちゃんと教えればね」
ちょっと強めの口調でそう言い、側にいたサクラをそっとおにぎりにしてやる。
「それなりの力があるはずなのに、貴方が魔獣使いになれない訳が分かりましたよ。貴方は、魔獣使いにとっての従魔の価値と存在意義を理解していないからだ」
断言する俺の言葉に、アルクスさんが息をのむ。
「従魔の価値と、存在意義……?」
「ええ、そうです。もうこれ以上は言わずにおきます。祭りまでの間、よければここに滞在して俺達と従魔達との関係を見てください。そして、自分の従魔達と向き合ってください。これ以上の指導は、それが終わってからでないと出来ません」
はっきりと断言した俺の言葉に、アルクスさんは無言のまま小さく頷いた。
「分かりました。では、ご迷惑かもしれませんがしばらくご一緒させてください。もう少し、従魔達との事を考えてみます」
消え入りそうな小さな声だったけど、頭を下げたアルクスさんはそう言って一つ深呼吸をした。
そして、顔を上げて自分の従魔達を見てからそっと手を伸ばした。
従魔達を順番に撫でてやるアルクスさんを、俺たちはなんとも言えない気分で見つめていたのだった。
でも、彼は俺の指摘を受けて怒るでもなく嫌がるでもなく、ちゃんと自分の考えと向き合おうとしてくれた。
きっと大丈夫だろう。
撫でられて嬉しそうに尻尾を振る真っ白なオオカミのロッキーの姿を見て、どうか彼と従魔達との関係が上手くいきますようにと、心から願った俺だったよ。