参加申し込みをする
「今年の早駆け祭りは面白い事になりそうだ。いやあ、楽しみだね」
そう呟きながら爺さんが一人、嬉々として走って部屋を出て行き、書類の束を持ってすぐに戻って来た。
「ほれ、これが参加申込書一式だよ。お前さん達も、座って書いてくれ」
爺さんが書類を配って、また別の爺さんがつけペンを出してくれる。
俺達全員の目の前に。それぞれ数枚の書類が置かれた。
「ええと、早駆け祭りについての説明は要らないよね?」
エルさんにさらっと流されそうになって、俺は慌てて手を挙げた。
「はい! 申し訳ありませんが、俺はその辺全く知らないので、出来ればそこんとこから詳しくお願いします!」
別の説明をする気満々だったエルさんが、驚いたように俺を見つめる。
「ああ、すまんエル。そいつは影切り山脈の樹海から外の世界に出て来たばかりでな。正直言って、かなり知識が偏っているんだ。今は俺達が一般常識を教えている最中なんだよ」
苦笑いしたハスフェルがそう言ってくれたので、俺は誤魔化すように笑って頭を下げた。
「影切り山脈の樹海……それなら、その従魔達の質の高さも当然だな。了解したよ。じゃあ先ずは詳しい説明をさせてもらおう。まあ君達は寝ない程度に、そこで大人しく聞いていてくれたまえ」
早駆け祭りについて知らないのは俺だけなので、エルさんは、後ろのハスフェル達にそう言うと、改めて俺の目の前に座り直してくれた。
「ええと、まず、早駆け祭りは、ここではなく旧市街で行われます。旧市街はとても小さく古い街で、街を取り囲む城壁が綺麗な円形を描いているんだ。その城壁の周囲に敷かれた円形の道を使って、春、夏、秋の年三回開催されるのが早駆け祭りだよ」
おお、これはクーヘンから聞いた説明と一緒だな。
頷く俺を見て、エルさんは俺の目の前の書類を指差した。
「一口に早駆け祭りと言っても、二日がかりで行われるお祭りでね。王都からも人が大勢押し掛けるから、そりゃあ賑やかだよ」
「ゴウル川を船で来れば、王都からでも直ぐですもんね」
俺の言葉に、エルさんも嬉しそうに頷いている。
「それで、個人戦以外に君達に是非参加してもらいたいのはこれ。祭り一番の賑わいを見せる人気競技、二日目の午後から行われる最終レースのチーム戦だ。これは二人一組で街の外周を丸ごと三周走って、順位を決めるんだけど、その際にまず個人戦、つまり個人の順位の他に、二人の順位に応じて与えられる合計得点でチームの順位を競うんだ。今年は、ちょっとこれの参加人数が少なくてね、盛り上がりに欠けたらどうしようかと、正直言って困っていたんだよ」
苦笑いするエルさんに、俺とクーヘンは顔を見合わせて首を傾げた。
「ええと、人気競技なのに、どうして参加人数が少ないんですか?」
何気無い質問だったのだが、エルさんだけでなく後ろに座って一緒に話を聞いていた爺さん達まで揃って嫌な顔になった。
「それが馬鹿みたいに強い奴らがいてね、この三年間、合計九回の個人戦一位と二位、それからチーム戦の一位をずっとその二人が独占しているんだよ。過去にも同じく九回続けて勝った奴はいるんだが、十回続けて勝った奴はいない。だけど、あの様子だと今回も間違いなく其奴らが勝つだろうってんで、参加者達が嫌がって他の競技に流れてしまっているんだよ」
「他の競技?」
「そう、最初は外周の一部を使って、短い距離を子供だけで走るんだ。だんだん距離が長くなって、半周、一周、一周半、二周、って具合にね。それの最後が今言ったチーム戦で、これが三周なんだよ。ちなみに、今年の一番参加数が多いのは、二周走るレースだね」
「ええと、無知ですみませんが、その旧市街ってどれくらいなんですか?」
「街の直径が、2リル弱って所だね」
「君に分かりやすく言うと、1.8キロってとこかな」
右肩のシャムエル様の言葉に、俺は頭の中で考えた。
「へえ、って事は一周6キ……リル無いんだ。じゃあ三周で17リル程か。小さいな。そんなの直ぐじゃね?」
「だから、君達の従魔を基準に考えちゃ駄目だよ。普通の馬は、そんな距離を全力で走り続けられないよ」
シャムエル様の言葉に、目の前のエルさんを見ると、同じような事を詳しく説明してくれた。
「まあ普通の馬はそんな長い距離をずっと全力疾走したりは出来ないよ。実際に最初の二周は皆、軽く流して走って順位取りをするんだ、ここで前に出たいからって無茶をすると、最後には疲れて走れなくなる。だけど、あんまり後ろにいると、最後に抜くのは至難の技になるからね。どこまで我慢して、どこで抜くのか、その辺の駆け引きも見せ場の一つなんだよ。それで、最後の周回の残り半周辺りで誰かが仕掛けて一気に加速するんだ。そこからは正真正銘の騎馬を使った駆けっこだよ。言ってみれば、17リル近いだけの距離をずっと走り続けられる持久力と、疲れてくる最後に、一気に加速出来るだけの足の速さも求められる。だから、最後のレースは誰が出ても勝てる競技じゃないんだ」
エルさんの説明に、俺は何度も頷いた。
ああ早く出たい。本当にめっちゃ面白そうじゃん。
「恐らくその強い二人組が乗っているのは、カデリー平原産の良い騎馬なんだと思うよ」
シャムエル様の言葉に隣を見ると、ハスフェルとギイも小さく頷き、エルさんのとクーヘンの為に、今のシャムエル様の言葉をもう一度繰り返した。
「恐らく、その二人組が乗っているのは、カデリー平原産のかなり良質の騎馬なんだろうさ。だが、相手が何であれ、魔獣と恐竜をテイムしている俺達の敵じゃないよ。安心しろエル。其奴らの十連覇は絶対に阻んでやるから安心しろ」
「期待してるよ。私は、絶対君達に賭けるからね!」
……あ、やっぱりあるんだ。
そりゃそうだよな、聞いただけで誰でも絶対考えるよな。順位を予想する賭け事。
納得した俺は、改めて目の前に置かれた申込書に自分の名前を記入した。
「ええと、チームってどう分ける? 二人一組なんだろう?」
俺の言葉に、クーヘンも書いていた手を止めて俺を見上げた。
「確かにどうしましょうかね?私とギイが恐竜で、ケンとハスフェルが魔獣。騎獣の種類で分けるならこうだろうし、逆に魔獣と恐竜で一匹ずつの混合チームでも面白いと思いますね」
「興行的な意見を言わせてもらえるのなら、魔獣同士、恐竜同士の競り合いを観客は絶対に見たいだろうから、出来れば混合チームが良いと思いますよ」
目を輝かせるエルさんの言葉に、俺は堪える間も無く吹き出して、クーヘンを見た。
「じゃあ、どうだい? あの二人は金銀コンビって感じだし、それなら俺達でチームを組むか?」
「師弟コンビですね。ええ、もちろんです。どうかよろしくお願いします」
俺たちは笑顔で手を叩きあった。
「ええと、チーム名? そんなのあるのかよ」
書類を書きながら、俺は思わず呟いた。
クーヘンが縋るような目で俺を見ている。
ええ、俺が考えるのかよ。
「ああ、君達が連れている他の従魔達も、人混みが嫌でないのなら、お祭りの時は一緒に連れて来てもらっても構わないよ。参加選手用のテントが与えられるから、そこにいてもらえるなら許可するよ」
どうしようかと振り返ってニニやタロン、猫族軍団達を見ると、全員揃って良い子座りで声の無いニャーをされた。
おお、これは破壊力抜群じゃん。
草食チームも目をキラキラさせて俺を見ている。
「こいつらも行きたいみたいだな、じゃあチーム名……あ、そりゃあこれだろう」
ニンマリ笑って呟いた俺は、チーム名にそれを書き込みクーヘンに見せた。
それを読んだ彼も、堪える間も無く吹き出した。
「た、確かに、我々にはこれ以上無いぴったりの名前ですね。ええ、良いですね、それで行きましょう」
俺達は、拳を付き合わせて笑い合った。
「じゃあ、これでお願いします」
書きあがった書類をエルさんに渡して、規定の参加料の金貨二枚をそれぞれ払った。
「じゃあ手続きしておくよ。いやあ、これは祭りが楽しみになったな」
書類をまとめて立ち上がったエルさんが出て行こうとするので、俺は思わずその後ろ姿に向かって叫んだ。
「あの! ここの宿泊所って空いてますか? その祭りまでの十五日間、俺達部屋を借りたいんですけど」
振り返ったエルさんは、驚いたように目を瞬いてそれから笑顔になった。
「もちろん。それなら庭付きの部屋があるよ。じゃあその手続きは一階へどうぞ」
態とらしくお辞儀をされて、俺達も笑って立ち上がり、とにかく宿を確保する為にエルさんの後に続き、一階の受付へ向かったのだった。