従魔の立ち位置?
「まあ、座ってください。とりあえずコーヒーでも」
リビングにアルクスさんを連れて戻った俺は、慌てたようにそう言ってサクラが入ってくれた鞄からさっきの残りのコーヒーを取り出した。
一応予備のカップはいくつかあるのでそれを出そうとしたんだけど、それを見たアルクスさんは何故か真顔で首を振った。
「どうぞお構いなく。それよりも、早く講義を」
真顔でそう言われてしまい、鞄に突っ込んでカップを取り出した手が止まる。
「あ、そうですか……じゃあ、講義の部屋へ行きましょうか」
まさかコーヒーを断られるとは思わなかったので、咄嗟に反応出来なかった。
「お願いします」
真顔のアルクスさんに促されるようにして、俺達は揃って講義用に準備したあの広い部屋へ向かった。
廊下を歩いている間も、アルクスさんは背筋を伸ばして前を向き、行進するかのように一定の歩調で歩いている。
「ええと……」
どうにも話しかけるタイミングを掴めず、諦めて大人しく廊下を歩いたよ。
「じゃあ、そこに座ってください」
結局一言も話せずに講義用の部屋に到着してしまい、ため息を吐きたくなるのをグッと我慢して出来るだけ笑顔でそう言ってソファーを示した。
案外素直に言われたソファーに座るアルクスさんを俺はとりあえず無言で観察した。
成人男性としてはかなり小柄のようで、多分身長は160センチくらいだろう。ムジカ君よりちょっと大きいくらいだけど、横幅はかなり太めだ。
『なあ、髭は無いけど、もしかしてアルクスさんってドワーフなのか?』
直接聞くのは躊躇われたので、もしかして知っているかと思ってハスフェル達にトークルーム全開でこっそり念話で聞いてみた。
『いや、人間のはずだ。ちなみにその質問は割と頻繁に聞かれるらしく、本人はかなり嫌がっているらしいから、直接聞かずに俺達に質問して正解だよ』
苦笑いするハスフェルの答えに、先にこっちに聞いて正解だったなあと胸を撫で下ろした俺だったよ。
うん、話題作りのつなぎになるかと思ったんだけど容姿についての話題は厳禁だな。
一つため息を吐いた俺は、向かいのソファーに座りかけたのを止めてそのままマックスの横へ行った。
ゆっくりと深呼吸してからアルクスさんを見た。
「改めまして、自己紹介させていただきます。魔獣使いのケンです。どうぞよろしく」
「テイマーのアルクスです。どうぞよろしくお願いします」
座ったままだったが、これ以上ないくらいの真顔でそう言って深々と頭を下げられてしまい、これは入社試験の面接かよ! と言いたくなるくらいの堅苦しい挨拶に、内心で思いっきり突っ込んでからため息を吐きたくなったがグッと堪える。
「ええと、じゃあ俺の従魔達から紹介していきますね。この子が早駆け祭りで一緒に走った、ヘルハウンドの亜種の魔獣のマックスです」
一応これでも早駆け祭りに連覇の覇者だ。これは食いついてくるだろうと思ってにっこり笑ってマックスを紹介したんだけど、何故か凄く不思議そうな顔をされた。
「この子? それはただの魔獣ですよね? 魔獣に、この子、なんて言うのは変ですよ」
当たり前のようにそう聞かれて答えに窮する。
もちろん、マックスは魔獣だ。人とは違う。でも、俺にとっては大切な家族も同様だから、この子、と言うのに違和感は無いし当たり前だ。だけど、どうやらアルクスさんの従魔に対する感覚は俺のそれとは違うみたいだ。
この違和感をどう言ったらいいのか分からず、一瞬言葉が途切れる。
居心地の悪い沈黙を破ったのは、なんとムジカ君とシェルタン君だった。
「アルクスさん、お久し振りです。魔獣使いのムジカです。今の言葉は、魔獣使いとして聞き逃せません」
「アルクスさん、お久し振りです。テイマーのシェルタンです。でも魔獣使いになれるだけの従魔をテイムしましたので、まだ紋章こそいただいていませんが魔獣使いとして発言させてもらいます。俺もムジカと同じ意見です。今の言葉の真意を聞かせていただけますか?」
しかも、二人とも言葉遣いこそ丁寧だけど思いっきり喧嘩腰だ。
「今の言葉の真意? そのままですよ。何か問題ですか?」
明らかに年下であるムジカ君やシェルタン君相手でも丁寧な言葉を崩さないアルクスさんだったけど、どうやら本当に俺が戸惑い、新人コンビが怒っている意味が分かっていないみたいだ。
明らかに怒りを隠さない二人と、何を言ってるんだこいつらって感じのアルクスさんが無言で睨み合い、これまた奇妙な沈黙が落ちる。
ハスフェル達は、そもそも最初から自分達は当てにしないでくれと宣言していた通りにドン引き状態だし、リナさん一家は、全員揃ってどう反応したらいいのか分からずに途方に暮れている感じだ。
ランドルさんとボルヴィスさんは、こちらも困ったように考え込んでいて当てには出来なさそうだ。
そして、彼を連れてきたマーサさんは、そんな彼らを見てこちらも完全にドン引き状態。
「あの……」
誰も当てにできなさそうなので俺が何とかしようと口を開きかけたんだけど、ムジカ君が横目でそんな俺を見て首を振った。そして、ここは自分達に任せろと言わんばかりに胸元を叩いて大きく頷く。
分かったと言う代わりにコクコクと小さく何度も頷くと、ムジカ君はにっこり笑ってからアルクスさんに向き直った。
「冒険者としては貴方の方がはるかに強いし大先輩ですが、俺はこれでも紋章を持つ魔獣使いです。魔獣使いの一人として、今の貴方の言葉には賛同出来ません」
「俺も同じ意見です」
完全に喧嘩腰な二人の言葉に、アルクスさんの眉間に大きな皺がよる。
それを見て、もう俺は本気で逃げ出したくなっていたのだった。
どうしてこうなった? いや、マジでさ!